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獣耳男子と恋人契約  作者: 花宵
第7章 すれ違う歯車
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10、念願のモフモフが目の前に居るのに……

 始業式の日の朝、コハクと仲直りして頑張って作ったストラップを渡して、それを彼は嬉しそうに受け取ってくれて、あの時は確かに気持ちは通じあっていた。

 どこから、私たちの歯車には歪みが生じて上手く噛み合わなくなってしまったのか。

 カナちゃんが転校して来て、私とコハクの間で小さな想いのすれ違いが積み重なって、きっと徐々に歪んでいったのだろう。

 三人で一緒に行動していた時、私が楽しいと思っている傍らで、コハクはカナちゃんが一緒に居るから私が喜んでいると思っていたのだろうか。

 コハクの手を取らず、独りで帰ったあの日感じた嫌な予感はもしかすると、私への最終警告だったのかもしれない。

 あの日彼の背中を追いかけていれば、きちんと想いをもっと伝えていれば、コハクは今も私の隣で笑っていてくれたのだろうか。

 最後に見たコハクの悲しそうな笑顔を思い出すと、涙があふれて止まらない。

 彼の気持ちに気づけなかった鈍感で能天気な自分の愚かさが、悔しくて堪らなかった。


「おいおい、勝手に泣くなよ。それだと苛めがいねぇだろ」

「だっ……て、コハクに、もう、会えないなんて……っ」


 決壊したダムのように流れ続ける涙を止めることなど出来なかった。


「チッ、しゃあねぇな」


 裏人格のコハクは舌打ちすると、眩い光を放って人間の姿に戻った。


「桜、泣かないで。僕は君の泣き顔じゃなくて、笑顔が見たいよ」


 目の前には困ったように微笑むコハクが居て、私の頬にそっと手を伸ばすと、彼は優しく涙を拭ってくれた。


「コハク……ッ! 私、ごめんなさい!」


 泣きじゃくる私の頭を、彼は安心させるように笑顔でポンポンと優しく撫でた後、そっと抱き寄せた。


「大丈夫だから、今は少しだけ……このままで居させて。君の温もりを、感じていたいんだ」


 そう言ってコハクは、私が泣き止むまで背中を優しく撫でてくれた。


「桜……落ち着いた?」


 窺うように優しく耳元に囁かれた声に、「コハクの真似、上手すぎるよ……」と思わず悪態をつく。

 本物のコハクじゃないと分かっているのに、あまりにも彼の演技がそっくり過ぎて、腕から離れられなかった自分に、思わず乾いた笑いがもれた。


 裏人格のコハクは私からそっと離れると、 眩い光を放って本当の姿へと戻る。ふかふかのソファーに優雅に腰かけて足を組むと、静かに口を開いた。


「化かすのは、俺の本分だからな。さっきのは、別に意地悪で言ったわけじゃない。あいつは本当に限界だったんだ……だから、今無理に起こしても負担になるだけだ。その意味で無理だと言った」


 彼の言葉に少しだけ希望の光が見えた気がした。

 それを確かめるように、私は彼の瞳を見つめてゆっくりと尋ねた。


「じゃあ……もう二度と、コハクに会えないわけじゃないの?」

「どうしても会いたいってんなら、お前が自分で目覚ざめさせろ。あいつは今、俺が作り出した幻術空間で、嫌な記憶を封じ永遠と繰り返される幸せな夢の中をさまよっている。術はコハクが異変に気付き、外の世界に出たいと強く望んだ時、解けるようになっている。だから、そこから引っ張り出せるくらい、お前がアイツに想いを伝え続ければ、そのうち目覚めるだろう」


 コハクは今、どんな夢を見ているのだろうか。

 彼の夢の中に、私は存在しているのだろうか……今は、そんな図々しい願望を抱いている暇ではない。


「貴方に私の気持ちを伝え続ければ、コハクにも伝わるの?」


 私の言葉に彼はそっと首を左右に振った。


「隔離されたあいつの人格に今、俺の意識は伝わらない。つまり、俺にどれだけ言葉で誤解だとわめこうが、愛を囁こうが無駄ってわけ。あいつに気持ちを伝えたいなら、心で強く念じて呼び掛ければ、そのうち届くかもな……まぁ、生半可なものじゃ気付かれないだろうけど」


私は目を閉じて心で強くコハクに呼び掛けた。


『コハク、起きて……貴方の気持ちに気付かなくてごめんなさい。でも、私が心から愛しているのは貴方だけなの。もっとこれから色々楽しい思い出を一緒に作っていきたいよ。だからお願い、偽物の夢に騙されないで。帰ってきて、コハク……』


 しかし、返ってきたのは「ちなみにそれ、俺にも聞こえるから」と裏人格のコハクがクククと喉で笑う声だけだった。


「え……」


 コハクへの気持ちがだだ漏れ状態でも、そうしなければ彼には届かない。

 しかし、 何だこの公開告白をしたかのような恥ずかしさは……ッ!


「当たり前だろう、元々その力も俺の領分なんだから。ちなみに、お前をさっき動けなくしたのも俺の妖術だ……何故、逃げる?」

「いや、だって……」


 目の前の不敵に笑う男を前に働いた防衛反応だよ、とは口がさけても言えない。


「逃げても無駄だと教えてやっただろう。それとも、さっきの続きでもして欲しいのか?」


 その妖艶な眼差しだけで、男も女も関係なく虜にしそうな色気を放つ彼の言葉に、背筋にゾクリと悪寒が走った私は慌てて否定した。


「止めて、逃げないから」

「そうか、良い心構えだ。さて、お前の服も乾いただろうから着替えて来い。帰るぞ」

「あ、うん……ありがとう」


 変に身構えた緊張が解け、私はほっと安堵のため息をもらした。

 それから着替えを済ませリビングに戻ったものの、裏人格のコハクの姿が見当たらない。

 辺りをキョロキョロ見渡すと、「そんなに熱心に何を探しているのだ?」と声は聞こえるけど、姿が見えず首を傾げると「下を見ろ」と謎のお告げが。

 お告げに従い下を見ると、ハムスターサイズの小さな白狐がちょこんと座っていた。

 小さなモフモフがつぶらな瞳でこちらを見ていて……か、可愛すぎる!

 両手で大事にすくいあげると、「帰るぞ」と言って、彼は私の腕をつたって肩の上に乗った。


「え、貴方……その姿で付いてくるの?」

「不服か? それと、俺の事はシロと呼べ」

「シロ……シロちゃんって、私が昔呼んでた名前だ」

「覚えてたのか」

「うん、でも……あの時より一段と小さい気がするけど、好きなサイズに変えれるの?」

「ああ、重いとお前の負担になるだろう」


 なるほど、私の肩に乗って行くって事なのか。

 妖怪って中々便利な事が出来るのだと、私は変な所で感心させられた。

 それから肩にシロを乗せて家まで帰ったものの、玄関の前まで来ても彼は私の肩から下りようとしない。


「入らないのか?」

「え、中まで付いてくるの?」

「不服か? 案ずるな、飽きたら帰る」


 シロの存在がバレるかとヒヤヒヤしたけど、人形と勘違いされ「コハク君にもらったの? 大事にしなさいね」と、母と姉にニヤニヤされただけで全然怪しまれなかった。

 しかし、クッキーが何かを感じ取ったのかシロを見てしきりにワンワンと吠えている。

 大丈夫だよと頭を撫でて抱っこすると、クッキーはシロの匂いをクンクンとかいて急に大人しくなった。

 「中々聡明な判断だ」というシロの楽しそうな呟きに、流石に声を出されてはバレてしまうと慌てて私は部屋に入った。


「疲れた、寝る」


 部屋に入るなり私の肩からベットに飛び下りたシロは、丸くなってそのまま寝てしまった。

 なんというか、かなりドSの気まぐれな自由人だなというのが私のシロに対する印象だった。

 怒ったかと思えば急に優しくなったり、人をからかって遊んできたり、彼とどう接したらいいのか、私はよく分からないでいた。

 もし拒絶して嫌われてしまい、どこか遠くへ行かれてしまってはコハクに会えなくなる。

 かといって彼の行動を全て受け入れてしまうのも、コハクを裏切っているようで心苦しい。

 しかし、元々彼もコハクの一部であってコハクと一緒に居たいと思うなら、きちんと向き合わなければならない存在には違いない。

 思考が絡み合う糸のように複雑過ぎて解けない私は、そっとベットの上に視線を向けた。


 改めて見ると、小さな寝息を立てて眠る姿は可愛いらしい小さな白狐にしか見えず、この姿ならものすごく仲良くできそうな気がするのにと、勝手に都合の良い方に傾く思考を一喝。

 学校もあるわけだし、ずっとこのままの姿で生活するのは無理だ。

 しかし、コハクとこんな事になってしまって念願だった白狐姿をお目にかかれるとは、なんたる皮肉だろうかと思わずため息がもれた。

 あの極上のモフモフを本能の赴くままに思いっきり愛でる事も出来ず、蛇の生殺し状態のような現状から逃げるべく私はリビングへ足を運んだ。


 夕食とお風呂を済ませ部屋に戻ると、よっぽど疲れているのかシロは未だにすやすやと眠っている。

 そっと撫でてみるが全く起きる気配がない。

 心の中でコハクに強く呼びかけても何の反応も見られず、結局私が寝る時間になってもシロはずっと眠り続けていた。

 どこで寝ようかと考えたが、片隅でちょこんと眠るシロに害は感じられず、広々とベッドは空いているためいつも通り寝る事にした。

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