7、カミングアウト
撮影の休憩中、コハクが目を丸くして尋ねてきた。
「桜と西園寺君って昔からずっとそんな感じなの?」
「そんな感じってどういう意味?」
意味が分からず首を傾けると、コハクが分かりやすく説明してくれた。
「いや、君達の会話聞いてると漫才してるみたいで面白いなって思って」
そう言って、何かを思い出したかのようにコハクが可笑しそうに笑う。
彼の目には私達の事がそんな風にうつってたのか。
「基本俺がボケると、桜はすかさずツッコんでくるしな。ボケにボケで重ねてくる事もあるけど、その辺はノリで臨機応変にな」
「即席でそんな事出来るなんて、本当に仲がいいんだね」
カナちゃんの言葉に、コハクは少し寂しそうに笑った。
「昔は俺、桜しか友達おらんかったしな」
「え、そうなの?」
信じられないと言わんばかりに目を見開いたコハクに、カナちゃんは苦笑いして答える。
「これはここだけの話やで。小三の終わりにこっち引っ越してんやけど、それまでずっと俺、女のフリしとったし」
もしかするとカナちゃんの昔を知っている人は、こっちにはそう多くはないのかもしれない。
そんな秘密をコハクに話したと言う事は、カナちゃんは彼の事を少しは見直してくれたのだろうか。
「カナちゃん、昔は『浪花のエンジェル』って商店街で呼ばれてて、町内一の美少女だったんだよ。今じゃこんなんだけど」
衝撃のカミングアウトにコハクが驚かないようにフォローをいれる。
「ちょ、桜! こんなんはないやろ、こんなんは!」
「ごめん、ごめん。でも最初に声かけられた時、名前言われなかったら絶対気付かなかったよ。てっきり、立派なニューハーフになってるかと思ってたから」
「おま……俺の事、そんな風におもてたんか……何気にすごいショックなんやけど」
すると、カナちゃんにダメージを与えてしまったようだ。
「見た目が男でも女でもカナちゃんはカナちゃんだよ! ね、コハクもそう思うよね?」
あれから一言も発していないコハクを不安に思い同意を促してみると、「いや、僕は西園寺君が女装したとこを見た事ないからなんとも……と言うか見たくもないけど……」とコハクは苦笑いしてカナちゃんを一瞥した後、そっと彼から顔を背けた。
「コハッ君、目ぇ逸らしながらいわんといてくれる?……言うとくけど俺、男には興味あらへんからな。変な誤解せんといてくれる?」
カナちゃんのその言葉が思い出したくない黒歴史を呼び覚ますのに拍車をかけたようで、
「……ちょっと気持ち悪いから顔洗ってくる」
「……あかん、俺も洗ってくる」
青ざめた顔をしてその場を去っていく二人を、私は静かに頷いて見送った。
手持ちぶさたな私は撮った写真を眺めていた。
画面に写るコハクは優しく笑っていて、その顔を見ているだけで胸がポカポカと温かい気持ちになる。
そこらの雑誌の表紙を飾るモデルより、何十倍も格好いいと思うのは身内びいきだろうか。
コハクと出会えて、本当に毎日が楽しい。
こんな日がずっと続けばいいな。
綺麗な秋晴れの空を見上げて、これからの未来にそっと思いを馳せた。
その後、二人の頑張りのおかげで無事に全ての撮影が終了した。
「コハッ君、お疲れ様。よう俺の指導に耐えたな。中々見込みあんで」
「悔しいけど、君の言う通りにした方が撮影は捗ったからね」
そう言って二人は笑いあってハイタッチを交わす。
リストにはないけれど、私はそれを写真に撮った。
疲労感は拭えないけれど、お互いの頑張りを素直に称えあう、今までで一番いい表情をした二人の自然な姿がそこには収まっている。
最初は喧嘩ばかりで上手くいくか不安だったけど、いつのまにか親睦を深めたコハクとカナちゃんを目前に、この時の私は幸せな気持ちであふれていた。
こうして、無事文化祭に必要な写真を全部撮り終える事が出来た。
翌日、笹山さんにデータを渡すと、かなり喜んでくれて「絶対立派なパンフレット作るから」と物凄く意気込んでいた。
去年の文化祭は、空気のような扱いで正直苦痛で仕方がなかった。
でも今年は、クラスの皆とも少しずつ打ち解ける事が出来て、楽しい文化祭になりそうだと心弾ませていた。