5、スペシャルブレンドでいざ勝負!
ドリンクバーの前に立ち考える。
コハクに変なものを飲ませたくない……しかしここでブレンドを変えるとフェアじゃない。
悩んだあげく、私が導き出した答えは……フルコース。
全ドリンクを少量ずつ頂きながら完成したグロテスクな液体。
どうせ身体の中では混ざるもの、少しぐらい順番が逆でも大丈夫だろう。
席に戻り二人の前にそれを置く。
「桜、タイトルは?」
真剣な瞳で尋ねてきたカナちゃんに「フルコース」と笑顔で答えると、途端に顔を青ざめさせた。
「コハッ君、止めるなら……今のうちやで?」
「愚問だよ、勝負しようか。負けた方は勝った方の言うこと何でも一つきくってのはどう?」
コハクは余裕の笑みを浮かべて勝負を持ちかけた。
「ええで、後で泣いて謝ったかて取り消しはなしやからな。桜、合図たのむ」
コハクの言った条件が気に入ったのか、カナちゃんはさっきまでとは打って変わって元気になった。
「じゃあカウントするよ。スタートって言い終わったら始まりだから。準備は大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「こっちもええで」
簡単にルールを説明し両者が了承したのを確認して、私はカウントに入った。
「じゃあ、いくよ。三、二、一……スタート!」
私の合図を皮切りに、カナちゃんが一気にグラスを傾けて、グロテスクな液体を飲み干していくのに対し、コハクは同じペースを保って飲み進めている。
そのせいか、苦しそうに顔を歪めたカナちゃんに対し、コハクは顔色ひとつ変えずに飲んでいる。
このままいけばカナちゃんが勝ちそうだが、オーバーペースを続けたせいか彼はグラスから口を離してむせこんでしまった。
その間もコハクは同じペースで飲み進めて、両者のグラスの残量はほぼ同じ所まできた。
慌てて再びグラスを煽ったカナちゃんと、ペースを崩さず飲み続けたコハクの勝負の行方は──
「西園寺君。僕と席、代わってもらえる?」
「え、そんな事でええん? じゃあ」
ニコニコと笑顔でお願いするコハクに、そう言ってカナちゃんは嬉しそうに席を立つ。
そんなカナちゃんに、コハクは笑顔のまま手で待ったをかけて一言。
「違うよ、教室の席だよ」
カナちゃんは、これでもかと目を見開いた後、「……鬼、悪魔、鬼畜!」と悔しそうに叫んでいた。
「男に二言はないよね?」
「チッ、今だけやからな。すぐに取り戻したんで」
両者の間で不穏な空気が流れていた。
コハクも外が眺められる窓側の席がよかったのか。
後ろにコハクが来てくれるのは嬉しい……しかし、その時あることを思い出して私は尋ねた。
「カナちゃん、目が悪いって言ってたよね?」
「あ、ああ。そういえばそんな事も言うとったな」
やはり、カナちゃんは目が悪いから前の席がいいんだ。
席も近くなれば、もっと二人の親睦が深まるに違いない。
「じゃあ、私の席と代わってあげるよ」
「桜……」
「コハクは席、後ろの方でしょ? カナちゃん目が悪いのに後ろは可哀想だよ」
私の言葉にコハクは悲しそうにこちらを見てガクッと項垂れてしまった。
「コハッ君、残念やったな。桜、優しいからな」
嬉しそうに笑うカナちゃんを見て、やはり前の席がよかったのだと確信した。
しかし、コハクのうなだれ具合には心が痛む。
「コハクとは席が遠くても、心はいつも一緒だよ。ね?」
そう言って机の下でコハクの手に自分の手をそっと重ねると、なんとか彼は笑顔を取り戻してくれた。
「そこ、二人の世界に入らんといてくれます?」
ジト目でこちらを見るカナちゃんに「ごめんごめん」と謝りつつ、私達はお昼を済ませた。
いつのまにかカナちゃんは、コハクの事をコハッ君と呼んでるし、最初より仲良くなった二人の関係を嬉しく感じていた。