6、王子vs貴公子
カナちゃんとは告白されて以来、微妙に気まずくてまともに話せてなかった。
でも先日の事で、長年胸の奥に引っかかっていたわだかまりみたいな物がとれて前より打ち解けられた気がする。
私は幼馴染みとして、友達として彼の事は好きだ。英語で言うなら、ラブではなくライクの方。
出来るなら、コハクともいがみ合わずに仲良くして欲しいけど、それを今のカナちゃんに求めるのは……凄く残酷な事だと思う。
分かってはいるが、このままだとろくにご飯も喉を通る気がしない。
「なんで西園寺君がここに居るのかな?」
不機嫌そうにカナちゃんをジト目で見るコハクに、「ええやん、転校してきたばかりで友達おらんねん。仲良うしてや」とカナちゃんはニコニコと人当たりの良い笑顔で答える。
たったそれだけの会話で、私はその場の体感温度が軽く五度ぐらい下がった気がした。
「その割にはいつも人に囲まれてるみたいだけど?」
「お互い様やん。気持ち分かるやろ? 察してや」
「僕は桜と二人で食べたいんだけど」
「皆で食べたが飯はうまいねんで。桜もそう思うやろ?」
突然カナちゃんに話を振られ「え、あ、うん。そうだね」と思わず肯定すると──
「桜……」
コハクが捨てられた子犬のような眼差しでこちらを見てくる。
「違うよ、コハク! 私もコハクと二人で居たいんだよ!」
慌ててフォローすると──
「桜……」
今度はカナちゃんが捨てられた子犬のような眼差しで私を見てくる。
「大丈夫、カナちゃん! 私たちほら、幼馴染みでしょ! 一緒に食べようよ」
お願いだからそんな眼差しを向けないでくれ。私はその哀しそうな瞳を見ると、放っておけない質なんだ。
「桜は優しいから君に気を遣っているだけだよ」
「俺にはお前に気ぃ遣って無理してるように見えるけどな」
左側にコハク、右側にはカナちゃんがそれぞれ私の隣に座っていて、目の前で両者がバチバチと火花を散らしている。
……胃に穴が開きそうだ。
そもそも、これが始まりではなかった。
朝、コハクと一緒に登校している途中、カナちゃんに会った。
クッキーを助けるために無理をしてカナちゃんは足を痛めている。
歩くのが少し辛そうに見えて、私が彼の元に駆け寄って肩を貸した事でコハクの機嫌は悪くなった。
事情を説明すると──
「じゃあ僕が西園寺君を支えてあげるから、桜はこっち」
コハクは右肩をカナちゃんに貸して、左手で私と手を繋いで歩き出した。
「コハク君、肩貸してくれるんはありがたいんやけど、桜がええ」
「残念だね、桜に触れていいのは僕だけだよ。歩くの辛いなら僕が肩貸してあげるからいつでもいいなよ」
頬をピクピクさせながら、かろうじてまだ笑顔を作っているカナちゃんのお願いを、コハクは何とも涼しげな顔で却下する。
「それはどうもおおきにな。じゃあ遠慮なくっ!」
そう言い終わるなり、カナちゃんはコハクの肩に、思いっきり力を込めて手をおいた。
一瞬ガクっと体勢を崩しそうになるも、コハクは体勢を立て直し、「そんな事したって僕は桜の手、離したりしないよ?」と余裕のある目つきでカナちゃんを見て喉で笑う。
「ひょろ長いわりには中々力あんねんな」
「君こそ小さいわりには中々やるね」
お互い不敵な笑みを浮かべながらも、バチバチと火花を散らして睨み合う二人。
このままでは遅刻しかねない。
なので私はコハクからそっと手を離し、「二人とも、早くしないと置いていくからね」と言い残して前を歩いてきた。
あの時は、何だかんだ言いつつもコハクはカナちゃんにきちんと肩を貸して、二人で喧嘩しながらも教室まで時間内にたどり着いた。
しかし今は昼休みで、ご飯を食べ始めたばかりだ。少なくとも、これを食べ終わるまではここを動けない。
「何で君は僕の桜にベタベタとまとわりつくの?」
「大事な幼馴染みが、悪い獣の毒牙にかからんよう守っとるだけや」
「それって君の事じゃないの?」
「何言うてねん、お前の事や! 俺は認めてへんからな、お前が桜の彼氏やなんて」
「別に君の許可は要らないでしょ。勝手な言いがかりは止めてもらえる?」
ガルルルルと獣の唸り声が聞こえてきそうなくらい、両者は威嚇しあっている。
片方を立てれば片方が傷つく。
関係は違えど、どちらも私にとっては大切な人だと再認識した今、出来れば傷付いて欲しくない。
カナちゃんの気持ちに応えられない部分があるのは仕方ないが、全てを頭からノーだと言ってしまっては友人関係すらままならない。
かといって何でもいいよと言ってしまえば、コハクに申し訳ない。
そもそも、どうしてカナちゃんがここまでコハクを毛嫌いするのか……そういえば、カナちゃんのコハクに対する誤解をまだ解いてなかった。
カナちゃんの中でのコハクの印象はきっと、遊び人に近い。
その誤解が解ければ少なくとも、ここまでいがみ合う事はないはずだ。
だが、きっと言葉だけでは伝わらない。
今言葉で説明しても、カナちゃんは私が騙されてるだけだと余計に躍起になって逆効果だろうから。
コハクの人となりを彼が自分の目で見て、そうではないと気付き私たちの関係を認めてくれたら理想的なんだけどな……
どうしたものかと頭を捻らせていると、カナちゃんのスマホがピコンと鳴った。
それを確認した彼は、画面を見てニヤリと口角を上げた。
「コハク君、俺と勝負せぇへか?」
顔を上げたカナちゃんは、口元に笑みをたたえてコハクに挑発的な視線を送る。
「勝負?」
「ここの学園祭、中々おもろいことやってるみたいやね。学園内のええ男を決める大会『プリンスコンテスト』これで一位獲った方が、桜の隣には相応しいと思わへんか?」
「そんなの興味ないよ」
鼻で軽くあしらうコハクに、「ええんか? お前出らんなら俺、簡単に優勝すんで?」と、カナちゃんはわざと大袈裟に驚いてみせた。
「勝手に優勝でも何でもしたらいいじゃない」
もう勝手にしてくれと言わんばかりにコハクは小さなため息をつく。
「優勝者には商品として、好きな女からあっついキスとペアの一日旅行券がもらえんのやで」
その言葉にコハクはピクリと眉をひそめた。
この学園で一番の盛り上がりを見せる聖蘭祭。
二日に分けて行われ、初日はクラス対抗で演劇やライブなどパフォーマンスで競うステージ部門か、展示や模擬店など集客で競うサービス部門のどちらかに参加しなければならない。
優勝したクラスには、全員に食堂の一ヶ月無料券が配付されるためどのクラスも結構本気で取り組んでいる。
しかし、本当の目玉は二日目に行われる学園内の姫と王子を決めるプリンセスコンテストと、プリンスコンテストだ。
学園の顔として新入生用のパンフレットに載るため、学園側もかなり力をいれて開催する。
容姿の美しさは勿論のこと、勉強やスポーツが出来るか、人望や思いやりはあるかなど、様々な観点からチェックされ一番相応しい男女がそれぞれ選ばれる。
優勝商品として、男女それぞれに好きな相手からキスとその相手と行けるペアの一日旅行券がもらえる。
指定された相手に拒否権はなく、絶対にそれを執行しなければならない。
それが、このイベント最大の肝であり、人気を博している理由だろう。
今まで全く無縁だったため、すっかり忘れていた。
「勿論俺は、そこで桜を指名する。コハク君はその様子を、観客席からただ黙って傍観してたらええ」
煽るようにカナちゃんが不敵に笑うと、とうとうコハクの闘志に火を灯してしまったらしい。
「そうはさせない。その大会、僕も出るよ」
そう言って、コハクは射ぬくような鋭い視線をカナちゃんに向けた。
「ええ返事や。当日、楽しみにしとんで」
してやったりと言わんばかりに満面の笑みを残して、カナちゃんは「ほなまた~」とヒラヒラと手を振って屋上を出て行った。