3、誰よりも君が好き
学園からの帰り道、コハクに手を引かれながら無言で歩いていた。
カナちゃんの事を先に話せてなかったのが気まずくて、口を開きかけてはまた閉じてを繰り返す。
コハクも何か考えているのか、口を一文字に閉じて少し難しい顔をしている。
何から話すべきか……鞄を握る手に力が入り、その時ジャラっという音がした。
その音で、コハクのために頑張って作ったビーズストラップをまだ渡せていない事に気がついた。
「あの、桜……」
「あの、コハク……」
その時見事に声が重なり、お互いパッと横を向くと目があって思わず笑みがこぼれた。
「どうしたの? 桜」
優しく尋ねてくるコハクに「あのね、コハクに渡したい物があって」と言って、私は鞄にがさごそと手を入れて目的の物を取り出した。
「これ、コハクのために作ったの。仲直りの印にもらってくれる?」
おずおずと小さなラッピング袋を差し出す。コハクは目を丸くしてこちらを見た後、花が咲いたように顔を綻ばせた。
「僕にくれるの? ありがとう、嬉しいな。開けてもいい?」
コクリと頷くと、コハクは丁寧にシールを剥がして中身を取り出した。
「桜……」
名前を呟いて俯いてしまったコハクに不安になって話しかける。
「ごめんね、ちょっと不恰好だけど気持ちは……」
次の瞬間、コハクにきつく抱き締められ、顔が彼の胸板に埋まってしまい最後まで言葉を発する事が出来なかった。
「何で君は……そんなに、僕を喜ばせるのが上手なの? こんな可愛い事されたら僕、幸せすぎてどうにかなっちゃいそうだよ」
耳元で聞こえる震えるようなコハクの声に、彼の不安を取り除くように、私は彼の背中に手を回してなだめるようにゆっくりと撫でる。
身体は大きいのに、まるでプルプルと震える子犬のような彼が可愛くて仕方なかった。
「大事にするよ、ありがとう桜」
「喜んでもらえてよかった」
身体を離して満面の笑みを浮かべるコハクに、 私もとびきりの笑顔を返した。
その時、コハクが私の瞳をじっと覗き混んだ後、眉をひそめて怪訝そうな顔をした。
「桜、もしかしてあまり寝てない?」
「え……あ、いや、寝たよ?」
突然の事に驚き思わず疑問で返した私に、今度は眉間にシワを寄せて彼はこちらを見ている。
「目が赤いし、微妙にくまがある。それに、いつもより顔色が悪い気がする……もしかして、これ作るのに無理したの?」
彼の鋭い観察眼に誤魔化しきれないと思った私は、「アハハ……どうしても今日渡したくて、徹夜しちゃった」と、苦笑いしながら白状した。
「桜の気持ちはすごく嬉しいんだ。でも、そのせいで君が無理をするのは嫌だよ。だから、これからはもっと身体を大事にして」
真っ直ぐに向けられる心配そうなコハクの眼差しに、「うん、わかった」と返事をしながらコクリと頷いた。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
再び手を繋いで私達は歩き出した。
たとえ、大切な幼馴染みを悲しませるとしても……私はこの手を選んだんだ。
だから、前を見据えて歩いていこう。
どこまでも、コハクと一緒に。
コハクに自宅まで送ってもらい、家に帰ってご飯を食べた。
昨夜の徹夜にほどよい満腹感が重なって、睡魔に抗えなかった私はそのまま眠りについてしまった。
気が付くと夕方の四時になっており、マイエンジェルことポメラニアンのクッキーが顔をペロペロ舐めて起こしてくれた。
どうやら散歩に行きたいようで、ワフワフと吠えてはくるくる回り催促している。
おお、なんて可愛いやつなんだ。
今すぐ準備するから少し待ってておくれ。
準備を済ませいつも通り夕方の散歩コースをぐるりと回って聖奏公園を歩いていると、女性の嗚咽の混じった泣き声が聞こえてきた。
「お願い……っ! 貴方の傍に居られるならどんな形でもいいから……」
「そんな自分の品位落とすような事、言うたらあかんて」
この声は……聞き覚えのある声に思わずそちらを見ると、高台の上にカナちゃんにすがりつくように抱きついた女の人が見えた。
カナちゃんは女の人の背中を優しくさすりながらあやしているようだ。
「お前が俺に抱いとる感情を、俺は別の女に持っとる。でもその別の女は、また違う男にその感情を抱いとる。振り向かせたいて思うなら、お前のしてる事は逆効果やて分かるやろ?」
「奏……」
「どんなに泣いてすがったかて、相手に気持ちは届かへんねん。むしろ、見返してやろう思うてがむしゃらに努力せんと何も変わらへんで」
「私、いい女になって貴方の事……絶対に見返してみせるから!」
「おうその意気や、頑張れ」
思わず木陰に隠れたものの、その場から動けず話を盗み聞きするような形になってしまった。
その後話し声が聞こえなくなり、どうやら女の人は帰ったらしい。
カナちゃんは手すりにもたれ掛かって、一人でボーッと夕焼け空を眺めている。
さっきの話……きっと私とコハクの事、なんだよね。そう考えると、胸がズキンと痛むのを感じた。