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獣耳男子と恋人契約  作者: 花宵
第3章 悪の女帝の迫り来る罠
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8、抗えない過去

 小学五年の春、私のクラスに転校生がやってきた。

 彼女の名前は『蓮井美希』

 窓際の席でいつもスケッチブックに絵を描いている大人しくて可愛い女の子。休み時間も一人で絵を描いている事が多く、運動場にすぐ飛び出していく私とは正反対の性格だった。


 ある時、ふざけて男子が彼女のスケッチブックを奪おうとしていたことがある。

 止めてと必死に叫ぶ彼女と男子が、スケッチブックの端と端を掴んで引っ張りあっている状態で、今にもそれが破れそうだった。

 それを見ていられなくて、私は注意してもやめない男子に正義の鉄拳を喰らわせた。

 当時、空手を習っていた私は男子より断然強くて、ほんの数秒でかたがつく。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 その出来事がきっかけで少しずつ話すようになり、休みの日に一緒に遊びに行ったりする仲になった。

 趣味も思考も正反対だけど、何故か物凄く馬があう。きっと、お互い一生懸命打ち込める物があって、通じ合うものがあったんだと思う。

 私は空手、美希は絵を描くのが大好きだったから。


 いつしか私達は、お互いを『親友』と思えるまで仲良くなっていた。


 それから私たちは同じ中学校へ通った。

 同じクラスにはなれなかったけど、お互い自分の好きな事を精一杯頑張る日々。

 廊下ですれ違えば話もするし、都合をつけて休みの日に一緒に遊びに行ったりする。

 小学校の頃に比べれば会う時間は減ったけどその分話が尽きなくて、一緒に過ごす時間が夢のように楽しくてあっという間に過ぎていく。

 遊びと部活のメリハリをつけて過ごす生活は、私にとってすごく充実したものだった。


 そして、私は全国空手道中学生大会で優勝、美希は全国絵画コンクール中学生部門で金賞と華々しい実績を残した。


 しかし、中学二年になった頃から美希はスランプに陥った。


「桜、私……自分が思うように絵を描けないの」

「とりあえず、描きたいと思えるものを見つけたらいいんじゃないかな?」


 美術的な事が壊滅的にダメな私は、ない知恵を振り絞ってそう答えた。


「描きたいと思えるもの?」

「美希の絵は何て言うか、意識してなくても視界に入ると自然と目が奪われるんだよね。描かれてる物が、まるで今にも動き出しそうなワクワク感が凄くて」

「ワクワク感……」

「それって、美希自身がその情景を好きだから、その物の魅力を何倍にも高めて描けるんじゃないのかなと思うんだ。だから、美希が描きたいと思うものを一緒に見つけに行こうよ!」


 そして私たちは休みの日になると、お弁当と水筒を持って色んな所を巡った。

 とはいっても中学生の行動範囲では、そんなに遠出は出来ない。

 実質的には住んでる町をぐるぐるしてたようなものだったけど。

 それでも、いつもとは違った視点から町を見れて美希は喜んでくれた。


「桜、私描きたいものが見つかった」

「本当? 良かった! 何を描く事にしたの?」

「桜」

「え、今夏だから桜は咲いてないよ?」

「違う、あなたのことよ」

「ええ!」

「桜と色んな所行って気づいたの。私、貴方と過ごす時間が好き。だから、桜を描きたい。モデルになってくれる?」

「ちょっと恥ずかしいけど、もちろん!」


 それから美希は、スケッチブックを持って私の空手の稽古をよく見に来るようになった。


『一番生き生きしてる桜を描きたい』


 らしく、空手をしている私を選んだらしい。


 その作品で美希は二年の全国絵画コンクール中学生部門で特別賞を取った。

 美希の力になれた事が私は凄く嬉しかった。

 美希もまた、私が空手の大会で優勝出来るように色々サポートしてくれた。


 疲れがよくとれるようにとアロマをくれたり、快眠のツボを押してくれたり、美術には全然関係ないような体に良い事をわざわざ調べて、逐一私に教えてくれた。

 そんな心のこもったサポートがあって、私も空手の大会でまた優勝することが出来た。

 いつのまにか私にとって、美希はかけがえのない親友になっていた。



 しかし、悲劇は突然訪れる。

 私が中学最後の空手大会の試合中、美希は学校の屋上から飛び降りて自殺した。


 試合前、控え室で私は美希から一本の電話をもらった。


「桜、絶対優勝してね! 私、ずっと応援してるから……」

「うん、ありがとう。頑張るよ!」

「優勝トロフィー見せてね」

「必ずもぎ取ってくるから!」

「うん、待ってるから……今まで、ありがとう」

「うん、待ってて、それじゃあそろそろ時間だから切るね」


 最後の言葉に何か奇妙な感じがしたけれど、試合の時間が迫っていた私は、さほど気にもせず試合に望んだ。

 自分の事で一杯で、私は彼女の異変に気づけなかった。

 私はなんとか勝利し、三連続優勝という栄冠をもぎ取った。

 その後まもなくして、美希の訃報を知った。


 天国から一気に地獄に落ちたかのような衝撃を受けた。


 私が相手と戦っている時、美希は何を思って何をしていたの?


 美希が最後まで携帯を握りしめるようにしていたと聞いて、私は涙が止まらなかった。

 あの時私が美希の異変に気づいていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。

 電話を切らなければ、美希は死なずにすんだかもしれない……私が美希を殺してしまったようなものだ。


 その後私は、美希が何故自殺をしたのか理由を知った。

 美希は養父との関係に悩んでいて、家で居場所が無かったらしい。

 それに加え学校でも、美術部の先輩や同じクラスの女子から定期的にいじめを受けていたようだ。


 私はその事実を知らなかった。

 かけがえのない親友だと思っていたのに、彼女の事を知らなすぎた。

 どうして気付いてあげられなかったのか。

 どうして話してくれなかったのか。

 考えても考えても美希はもう戻ってこない。

 その事実だけが、虚しく私の心に穴を作った。


 美希をいじめていた子達に、何故そんな酷いことをしていたのか糾弾するも、「変な言いがかりは止めてもらえる?」と彼女達は悪びれる様子もなく馬鹿にしたように笑うだけ。


 深く追及しようにも、証拠は全て隠蔽され何一つ残っていなかった。

 証言してくれる人を探しても、みんな「知らない」の一点張り。

 いじめのリーダー格の子の親が大企業の社長で影響力が強く、誰も逆らえなかったのだろう。


 そして、ある噂が流れた。


『一条桜は自分の栄冠のために、親友を見殺しにした』


 悪意のあるその噂は尾ひれがついて、あっという間に広がった。

 私はそれを否定しなかった。

 出来なかった。

 事実なんだから。

 あの時気付いていれば、美希を死なせすにすんだかもしれないから。

 美希を最後に殺したのは、紛れもなく私だ。


──その日から、私は空手を辞めた。


 どこに行っても周囲からは軽蔑の眼差しを感じ、私の居場所は無くなった。

 そして彼女達の手により、私は次のいじめのターゲットにされたのだ。


 上靴を隠されたり、私が居ない間に教科書やノートに落書きされたりなど、間接的な嫌がらせはされるものの、直接的に私に向かってくる人はいなかった。あくまで精神的に追い詰めたかったのだろう。

 今まで噂を信じていなかった友達も、私の味方だと豪語してくれていた友達も、次第によそよそしくなっていった。

 私と居れば、家族が路頭に迷う事になると脅されていたのだ。


 無関係の友達を巻き込みたくなかった。

 私が独りで居れば、誰も犠牲にならなくてすむ。

 周囲と距離を置いて、独りで過ごす時間が増えた。

 それに比例して、嫌がらせは増えていった。

 いつのまにか悪意は学年全体に広がっていて、もう誰が嫌がらせしているのかさえ分からなくなっていた。


 少しずつ病んで無気力状態になっていく私を心配して、両親は引っ越しを決意した。

 新たな地で、頑張って欲しいと思ったのだろう。

 心の癒しにと、可愛い子犬も家族に増えた。

 私は卒業と同時に、今まで住んでいた所から遠く離れた地にある私立聖蘭学園に入学した。


 新しい土地に、新しい学園と新しい友人。

 ここには誰も私の過去を知る人は居ない。

 少しずつ学園生活にも慣れ始めた頃、掲示板にあるものが貼ってあった。


『一条桜は自分の栄冠のために、親友を見殺しにした薄情な人間』


 その日から、学園内で私に話しかけてくる人は居なくなった。

 そして、放課後の特別課外授業が追加された。


 思い知らされた気がした。親友さえ助けられない薄情者には、友達など作る資格はないと。


 美希を助ける事が出来なかった自責の念に駆られ、私はただただいじめに耐えた。

 美希はこんな苦しい思いをしていたのに、私の前では笑ってたんだ。それは、どんなに苦しかっただろうか。

 私にはまだ温かく迎えてくれる家族がいる。

 でも美希にはそんな人も居なかった。

 私はそんな彼女の苦しみに気付いてあげることすら出来なかった。


 なんて薄情な人間なんだろう。

 いじめられても仕方がない。

 私には当然の報いなんだから……


 これ以上家族に余計な心配をかけたくなかった私は、ただ毎日欠かすことなく学園へ通い続けた。

 日に日に刻まれる罰の証が、少しでも断罪になればと思っていた。

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