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獣耳男子と恋人契約  作者: 花宵
第2章 獣耳男子と偽恋生活
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12、王子様の正体

 昼休みの屋上で、私はコハクと一緒にお昼御飯を食べていた。


「桜、ボーッとしてどうしたの?」


 卵焼きを箸でつまんだまま動かない私を、心配そうにコハクが見ていた。


「信じられないくらい、穏やかだなと思って」

「桜は今の生活は嫌?」

「ううん、でもちょっと罪悪感があるかな」

「罪悪感?」

「私がコハクの隣に居ていいのかなって」


 コハクと恋人契約を結んだのは、お互い利点があったから。

 私は放課後すぐに帰れるようになって、クッキーの散歩の時間を今までより多くとってあげれるようになったからすごく助かっている。


 それもこれも、コハクの完璧な恋人のフリのおかけだ。

 でも、私が学園内でコハクのために役立った事はない。彼は保健室で初めて見た時以来、校内で獣耳を出した事はないから。


 獣耳が出た時に教えてあげるのが私に与えられた使命。

 コハクの事を考えると、周囲に正体がバレるわけにはいかず、ないに越したことはない。


 しかしそうなると、お互いに利点がある関係ではなく、私だけが彼に依存した形になってしまう。

 朝も帰りもわざわざ私を家まで送り迎えしてくれるし、大丈夫だからと言っても譲ろうとしない。

 その時間だけでも、かなりコハクの時間を奪っていて負担になっているのは確かだ。


「僕は桜が隣に居てくれて嬉しいけどな」

「コハクは本当に優しいね」

「僕に優しさを教えてくれたのは、桜だよ」

「え?」

「桜は覚えてないかもしれないけれど、僕は以前……君に会った事があるんだ」


 コハクの真っ直ぐな瞳を見て感じた既視感は、気のせいじゃなかったんだ。


「昔、道端で倒れてた白い狐を助けた事、覚えてない?」

「白い狐……あ、思い出した!」


 あれは、私が小学校二年生の頃だった。

 どしゃ降りの雨の中、可愛らしい白い子犬が道路脇に夥しいほどの血を流して倒れていた。

 このまま放っておくと確実に助からない。そう思った私は、急いで近くにある動物病院へ連れて行った。

 そこで獣医の先生に、『この子は犬じゃなくて狐だよ』って言われたんだっけ。


「道行く人が僕から目を逸らして通りすぎる中、桜は違った。凍える僕を、君は着ていた上着を脱いで優しく包んで抱き上げてくれた。あの時君が居なければ、僕はここには居なかった」

「シロちゃん。まさか、あの時の子がコハクだったなんて……」


 二週間が経った頃、いつものようにお見舞いに行ったら、その子はもう居なかった。

 夜の間、目を離した隙に逃げてしまったと先生は言っていて、私は心配で外を探し回った。

 でもそれ以来、あの子に会う事は出来なくて、またどこかで痛い思いして倒れてるんじゃないかって、ずっと心配だった。


「無事で本当に良かった……っ」


 嬉しくて、自然と涙があふれてくる。頬をつたって、雫がポタポタと流れていくのを感じた。


「何も言わずに居なくなってごめんね。あの時のお礼がしたくて、僕は君をずっと探してた。だからこうして今、桜の隣に居れる事が僕はすごく嬉しいよ。たとえ、恋人のフリだとしても」


 そう言ってコハクは、そっと壊れ物を扱うように涙を優しく拭うと、私の手を両手でふわりと包み込んだ。


「あの時は、助けてくれてありがとう。今度は僕が、桜の力になりたいんだ」


 琥珀色の綺麗な瞳が真っ直ぐこちらに向けられる。


「コハク、ありがとう」


 私はとびっきりの笑顔でコハクの気持ちに応えた。


「桜、その顔は反則だよ……可愛すぎる……」


 モゴモゴと口ごもった後、コハクは頬を赤くして視線を逸らしてしまった。

 コハクが私に優しくしてくれるのは、過去の『恩返し』のためだったんだ。

 その時、胸に何かがチクリと刺すようなわずかな痛みを感じた。

 心配していたあの子が無事で、こんなに立派になって嬉しいはず。それなのに、何で少しだけ胸が切ない気持ちになるのだろう。


 コハクの恋人のフリが上手すぎて、きっと浮かれていたんだ。本当の恋人のように接してくる、甘くて優しい彼の態度に酔っていたんだ。


 彼の優しさは恩返しのためでそれ以上でも以下でもない。

 私達は利点で繋がった偽物の関係。そう再認識しただけなのに……


 それより今は感動の再会を果たした事を素直に喜ぼう。

 コハクがあの子だと知って、私にはどうしても気になっている事があった。それを確かめるべく、私はウズウズしながら彼に尋ねる。


「ねぇ、コハク。今でも狐になれるの?」

「うん、出来るけど……」

「今度、その姿で抱っこさせて下さい!」

「いきなりどうしたの?」

「だって、あの時の可愛い子がこんなに大きくなってるんだよ! 見てみたい! そして思いっきり愛でたい!」


 耳だけであんなにふわふわで気持ちいいんだから、身体はきっと極上の抱き心地に違いない!

 私の犬好きの血が沸々と煮えたぎっている。


「僕は今の姿のままそうして欲しいんだけどな」

「それは無理! ダメ! 緊張する!」

「中身は一緒なんだからいいでしょ?」

「ダメ! 断固反対!」

「少しだけなら、いいでしょ?」


 そう言い終わる前に、コハクは私の身体をすっぽりと腕の中に収めた。


「ダメ……って言ってるそばから抱きつくなー!」


 目の前には細身なのにしっかりと筋肉のついて硬い彼の胸板があって、胸がドキドキする。

 その緊張した心臓の音がばれないようにわざと強がって言ってみるも


「だって、桜はいい匂いがして柔らかくて気持ちいいんだよ。このままずっと閉じ込めてたい」


 耳元で艶のある声で囁かれてしまって、今度は顔がほてり出す始末だ。

 ここで負けてしまっては私の野望は叶わない。


「私だって極上の抱き心地を確かめたい!」

「分かったよ、また今度ね」


 当初の目的を再度主張すると、何とか了承の言葉をもぎ取る事に成功。


「約束だからね!」

「フフ、そんなに鼻息荒くして僕の事抱きたいんだ? 可愛いね」

「誤解を招く言い方は止めて下さい」


 結局、昼休みが終わるまでコハクは私を腕の中から開放してくれなかった。


「恋人なんだからいいでしょ?」


 そう学園内で言われてしまったら私には反論する余地がない。

 激しく脈打つ鼓動がうるさくて、これは偽物の恋、偽物の恋と心の中で必死に言い聞かせた。

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