19、残酷な現実
社長室を思わせるような室内。
そこでクレハは大きなデスクにもたれかかり、腕を組んでこちらを見ている。何かを企んでいるかのような表情に警戒していると、彼はゆっくりと口を開いた。
「狭い密室に閉じ込められて、命の危険を感じながら身を寄せ合わないと寒くてかなわない。そんなおいしい状況で、吊り橋効果っていうの? 期待して見てたんだけど……幼馴染み君、君がとんだヘタレで笑っちゃったよ」
あまりにも予想外のことを言われポカンとしている私の傍らで、カナちゃんはクレハに言われた「ヘタレ」という言葉にショックを受けているのか固まっている。
「男なら普通、あそこで止めたりしないよね。あのまま既成事実でも作ってくれたらよかったのに」
き、既成事実?!
いきなり変なこと言い出すから、手に嫌な汗かいたよ、全く。
「はぁ?! お、お前、何言うてんねや、頭おかしいんとちゃうか?」
顔を赤くして否定するカナちゃんに、クレハは口元に薄い笑みをたたえて答える。
「心外だな、僕は君を応援してあげてたのに」
そう言って私の方を一瞥したクレハは「まぁ、相手がこの子じゃ途中で気持ち萎えても仕方ないか」とクスっと馬鹿にするように鼻で笑った。
本当にナチュラルに嫌な奴だ。
「お前の目は節穴か? この世で桜ほどかわええ奴おらんわ! 気持ちが萎えるとかあるわけない、むしろ燃え上がる一方やわ!」
ダメだ、そういう話題はダメだ。恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。
カナちゃんの目には私を見る時だけ、何か特別なフィルターがセットされている。
だからそんな恥ずかしい事を惜しげもなく言えるんだ。
現実を知っているクレハからすれば、とんだ笑いの種だよ。
「……そう。じゃあ君がヘタレなだけだね」
ほら言わんこっちゃない。ちょっと引いた目で見られたよ、今。
「ヘタレちゃうわ! 俺はまだ、桜に触れていい関係やない。相手の気持ち無視してそんなんできるわけないやろ」
「いいじゃない。さっきこの子、君の事好きだって叫んでたんだから。何か問題ある?」
聞かれてたー! さっきの様子とか全部見られてたんだ! 悪趣味だ、クレハは悪趣味過ぎる!
恥ずかしさで、精神的にじわじわダメージを与えられて胃に穴が開きそうだ。
クレハの目的が、分からない。今回彼は何を狙っているのか、目的が読めない。
「あるわ、桜はコハッ君と付き合ってんねや。この状態でどうこう出来るわけないやろ」
「あぁ……その事、もう気にする必要ないんじゃない? だって君達が見捨てて逃げたからシロは今、瀕死の重体。元々ない霊力が最大限まで弱まってるから、このまま放っておけばもう時間の問題かな」
え? 今、なんて……? シロが瀕死の重体……?!
「そんな……シロ……っ」
私は選択を間違ったんだ。あの時、勾玉は光らなかった。
一緒に戦うべきだったんだ。シロを独り置いていってはいけなかったんだ。
早く病院へ……いや、その前に霊力を回復してあげないと……出口、出口はどこ?!
部屋を見渡しても入ってきたドアしかない。窓もなければ地上へ続く階段も。
早くシロの元へ行かないと!
来た道を引き返そうとしていたら、手をカナちゃんに掴まれた。
「惑わされたらあかん、桜。シロは簡単にくたばる奴とちゃう。言うてたやろ? すぐに追い付くて」
「言ってたけど……でもっ! 早く出口探してシロの元へ行かないと! シロが……っ!」
いてもたっても居られなかった。
クレハの手中にいる限り、ここから出られないと頭では分かっていても、身体はじっとしている事が出来なかった。
そんな私を嘲笑いながら、クレハが追い討ちをかけくる。
「残念、出口なんてないよ。君達は一生ここから出られない。選べるのは凍死するか、餓死するかくらいかな」
「お願い、クレハ! シロを助けて! 私はここから出られなくていいから、シロを助けて!」
「君みたいな最低な浮気者の言うことなんて、聞くわけないでしょ?」
すがり付くように嘆願する私を、クレハはゴミでも見るような冷たい目で見下した後、そう言って鼻で軽くあしらった。