12、不吉な音
私を庇うようにしてシロとカナちゃんが前に出ると、男は口角を上げて気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「お前、西園寺か。相変わらずすかした顔してんなぁ。こりゃあいい、テメェさえいなければってずっと思ってたんだ」
「宮島先輩、逆恨みとか男として情けないですよ。そんなんやからアンタ、優菜に相手にされへんのでしょう?」
あの最低ストーカー野郎を中学の同級生だと優菜さんは言っていた。つまり、カナちゃんの先輩にあたるわけか。
「相変わらず口のへらねぇ野郎だ。まさか、そのムカつく奴等と知り合いだったとは一石二鳥。三人ともまとめてやっちゃって下さい、兄貴」
「しゃーねぇな。おらいけ」
貫禄のある男の合図で、強面のお兄さん達が襲いかかってくる。
武器を振り上げた際にできる隙を狙って間合いをつめ、受け流しながら急所を狙っていくしかない。
覚悟を決めて拳を握るも、彼等は突然ピタリと不自然な体勢で動きを止めた。
「西園寺、桜を連れて今すぐここから逃げろ」
どうやらシロが妖術で彼等の動きを封じたようだ。
「お前はどうすんねや」
「ここに居るとお前達にまで危害を加えそうだ。頼む、いけ」
「シロも一緒に……」
「案ずるな、すぐに追い付く」
そう言って私達を逃がそうとするシロの額には汗が滲んでいて、無理をしているのが一目で分かった。
一度にこれだけの数を相手に妖術を使えば、霊力の消費は相当激しいはず。
でも、説得してもシロは絶対に引かないだろう。ここに居れば逆に足を引っ張るだけだ。それならば、今私に出来るのは──
「ほら、何をしている。はやくい……んっ?!」
シロの前に立って、ブレザーの襟を掴んで思いっきりこちらに引き寄せた。そしてありったけの思いを込めて、前のめりになった彼の唇を背伸びして少し乱暴に塞いだ。
「待ってるから、早く追い付いてきてね」
「当たり前だ」
驚いたようにこちらを見ていたシロは、私の言葉を聞いて不敵に笑ってみせた。
それが強がりの演技なのか、余裕から出た本心なのかは分からないけど、シロを信じてその場を預け、私はカナちゃんと一緒に走り出した。
アーケード街をそのまま走り抜けようとすると、道の真ん中にバイクを止め、柄の悪そうな男達がたむろって出口を塞いでいた。
「だりー帰るか?」
「いや、やっと俺らの出番みたいだぞ」
「おー来たかカモ」
数は五人。一見物騒な武器は持ってなさそうだけど、何だか嫌な感じがする。
顔はこちらを向いているのに、目がうつろで普通じゃない。にちゃにちゃとガムをかみながら立ち上がったモヒカン頭の男が、ポケットから注射器のようなものを取り出して不気味に笑う。
針の先から水滴のようなものが垂れてキラリと光る。何の液体かは分からないが、そんな得体の知れないものを射されたくない。
「君達もこれ買わない? 初回は無料で打ってあげるからさ。気持ちよくなれるよ~」
「ちょっと頭壊れるけど、一度接種すればもうこれなしじゃ生きられない! お前等は永遠の金蔓になるってわけ。堕落人生まっしぐら!」
「あかん、桜。こっちや」
雰囲気にのまれそうになっていた私の手を引いて、カナちゃんは来た道を少し戻り脇道へ入る。
従業員用の入り口やエアコンの室外機が置いてある路地裏のようだがあまり奥行がなく、目の前は行き止まりだ。
すかさず壊れかけた看板の下にあった地下へ続く階段をかけおりて身を潜めると、地上から男達の声が聞こえてくる。
「どこ行った?」
「おい、いねぇぞ」
ここにいてもばれるのは時間の問題だ。相手があの得体の知れない注射器を持っている以上、この狭い空間で乱闘は避けたい。
かといって今地上に出ればそれこそ袋のねずみだ。
何とかしなければ──その時、無意識に動いた手に冷たい金属がふれた。
閉まってからかなり経つ店の扉が開くわけないだろうが、藁にもすがる思いでそのドアノブに手をかけるとなんと回った。
カナちゃんの制服の裾を引っ張り、ジェスチャーで中へ入るよう伝える。ギィと鈍い音を立てて開いた店の中へ、私たちは音を立てないよう細心の注意を払って足を進めた。
ほっとしたのも束の間、階段をかけおりてくる足音が聞こえてきて慌てて奥へと逃げる。
バタンと入り口の扉が乱暴に開く音が聞こえ、厨房の奥にあった分厚い扉が目につき、レバー式のドアノブを下にひねって中へ隠れた。
店内を徘徊する足音がやけに響いて聞こえる。息を潜めていると、それは次第に近づいてきた。
ここを開けられた最後、不意打ちをくらわせるしかない。そう思って待ち構えていると
──ガチャガチャ、バキッ
縁起でもない音が聞こえてきた。今の音はもしかしなくても……
「おい、取れたぞ」
「知らね、その辺捨てとけ」
ここは扉を開けられなくなってよかったと喜ぶべきなのか? だけど、嫌な予感しかしないのは何故だろう。
「あーもう面倒くせー。あの糞弟のためってーのがまじやってらんねぇ」
「面出したんだ、もういいだろ。帰るか」
「だな」
なんとも呆気ない幕引きで、やる気なさげに足音が遠ざかっていき、扉が閉まる音が聞こえた。
「行ったみたいやな」
「ビックリしたね、ポケットから注射器出してくるなんて」
「せやな、とりあえずここから脱出すんで。暗くて見辛いわ。いつまでもこないなとこおったらいつまた危険が……って嘘やろ?!」
カナちゃんがスマホのライトで照らしならレバー式のドアノブをひねると、ポロッと取れた。
自然と彼の手元にある金属の金具に視線が集まること数秒。お互い顔を見合わせて苦笑いがもれる。
慌てて扉を押してみるものの、なぜか鍵がかかっているようで頑丈な扉はびくともしない。
私がスマホのライトで壊れた部分を照らすと、すかさずカナちゃんが調べてくれた。声をかけずとも意思が伝わるのは、さすが幼馴染みといったところか。
肝心の鍵はドアノブが根本から綺麗にぽっきり折れているみたいで、工具でもない限り手動で鍵を解除するのは無理そうだった。