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獣耳男子と恋人契約  作者: 花宵
第13章 激化する呪い
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4、目覚めたら地縛霊?!

 気が付くと真っ白な空間に居た。目の前には開けて下さいと言わんばかりの不自然な扉がある。このままここにいても仕方ないのでとりあえずゆっくりとドアノブをひねり扉を開けてみた。すると、知らないの民家のとある一室に出た。


 ゆるくウェーブのかかった色素の薄いブロンドヘアの女性がベットに腰掛け、俯いて手に持つ何かを眺めている。その眼差しはとても悲しみに満ちていた。


「ごめんなさい……でも、私には……うっ」


 女性は口元を押さえると、慌ててベット横に置かれている容器に手を伸ばし、苦しそうに咳き込んで血を吐いた。


 「大丈夫ですか?」


 急いで声をかけて駆け寄るも、私の身体は女性の身体をすり抜け触れる事が出来ない。

 驚いて自分の手を見るとものの見事に透けていた。

 女性に私の姿が見えていなければ、声も聞こえていないようだ……もしかして私は、幽霊になってしまったのだろうか。


「大丈夫か? エレナ!」


 その時部屋の扉が開き、手に食事のプレートを持った男性が慌てて横の棚にそれを置いて駆け寄ってきた。

 ひどい咳を繰り返すエレナさんの背中を、男性は悲しみと心配が入り交じったような顔つきで優しくさすり続けている。


 何も出来ない私はとりあえずここが何処なのか探る事にした。

 こじんまりした質素な部屋には家具以外ほとんど置かれていないが、その中で一際目につくものがある。

 見慣れないレトロな外観の猫足の四角い金属から天井まで黒い筒がのびていて、耳を傾けるとジリジリと聞こえる何かが燃えている音。中を見ると薪がくべてあり、どうやら暖房器具のようだ。

 手を近づけても全然熱く感じないのは、私が死んでしまったからなのだろうか……あはは、笑えない。しかも、元居た場所に戻ろうにも、扉自体が消えているし。


 嘆いていても仕方ない。気を取り直して窓の外を見ると、変わった形の木が見事に立派な雪化粧を纏っていた。

 わぁ……なんて綺麗な景色なんだろう。あまりにも美しい銀世界に目を奪われ、思わず感嘆の声が漏れる。

 しばらく眺めているとはっと自分の置かれている状況を思いだす。何か地名を知るものはないか探すも、綺麗な自然の景色にそんな人工物などあるわけもなく、ここが何処なのか全く分からなかった。


「ありがとう、テオ……かなり楽になったよ」


 楽になってその顔色の悪さなのかと驚きたくなるくらい、エレナさんの顔は青白かった。

 よく見ると頬はこけ細り、髪や肌に艶がなく、年齢的にはまだ若そうなのに、生気がほとんど感じられない。そして驚いた事に、その容姿が優菜さんとよく似ていた。


「食事持ってきたけど……その調子だと今は無理そうだね」

「ありがとう、後で頂くね。ほんと、昔からテオにはお世話になりっぱなしだね」

「気にするなよ、俺とお前の仲だろ?」


 何だろう、この二人を見てると胸が切なくなってくる。

 無理して笑おうとしているエレナさんの姿があまりにも儚く感じて、そんな彼女を見つめるテオさんが涙を必死に堪えるようにして、明るく話しかけているせいだ。


 多分エレナさんはもう長くないのだろう。二人ともそれが分かっているから、それを意識しないように、表情を作ろうとしている。

 テオさんはエレナさんをベッドへ寝せると、愛おしそうな眼差しを向けながら顔にかかった髪を払って優しく頭を撫でた。


「辛くなったらいつでも呼んで」

「うん、ありがとう」


 恋人か夫婦かは分からないけど、それくらいの親密さを感じさせる。

 テオさんはエレナさんが先程まで見つめていた何かを拾うと、切なそうに一瞬瞳を揺らしてそれを元あったであろう棚の上にそっと戻す。そして、エレナさんが吐血した容器を持って部屋から出ていった。

 その手慣れている感じが、二人が長く共にこの生活をしているのだと容易に見てとれる。


 静かになった部屋で、私はどうしたらいいのか分からないでいた。

 部屋の中の物に触れるとすり抜けるのに、何故か壁には触れる事が出来てすり抜ける事が出来ない。

 ドアには触れるのにドアノブには触れない。つまり、誰かが開けてくれないとこの部屋から出れないという事だ。


 これは所謂……地縛霊なるものになってしまったのだろうか?!


 でもそれなら何故、こんな縁もゆかりも無さそうな場所に囚われてしまっているのか。見たところここは日本じゃない。海外なんて行ったことないのに何故だ!


 その時、テオさんが棚の上に戻したものが視界に入る。飾られていたのはどうやら写真のようだ。

 笑顔のエレナさんと、隣に居るのは……テオさんではなく、銀髪の男性?


 この顔、どこかで……え……もしかして、クレハ?!


 今とは全然違う本当に嬉しそうに眩しい笑顔で、エレナさんの肩を抱く彼の姿に驚きが隠せなかった。

 彼がこんな表情を見せる女性など一人しか居ない。エレナさんはクレハと契りを交わした女性なんだ。


──ガシャン


 その時、突如ガラスが割れるような派手な音がした。


「やっと見つけた、エレナ。どういう事か説明してもらえるかな?」


 背筋が凍りそうなほど恐ろしい声が後ろから聞こえてきて振り返ると、怒りを露わにした長い銀髪の青年が佇んでいた。


 羽織袴を見に纏い、頭には見慣れたもふもふの耳、腰にはふわふわの尻尾、大きな琥珀色の瞳が童顔な印象を与える端正な顔つき……間違いない、あれは咎を犯す前のクレハだ。


「エレナ?!」


 物音を聞き付けたテオさんが慌てて部屋に駆け込んでくる。


「こんな山奥にテオと二人で暮らしてるなんて……」


 エレナさんはベッドから身体を起こし、震える足を悟られないように立ち上がると、蒼色の瞳でキッと睨み付けるように鋭い視線をクレハに向ける。


「今さら何の用? それくらい、見世物小屋に売られた時点で気づいてよ。あんたみたいな化物、最初から好きでも何でもなかった! 分かったら出ていって!」


 さっきまであんなに辛そうだったのが信じられない程、激しい剣幕で声を荒げるエレナさん。

 よく見ると身体は小刻みに震え額からは脂汗が滲んでいる。立ってるのが本当は辛いんだろう。何故そこまでしてクレハにそんなきつい事を……


「待て、クレハ。エレナはお前のために……」


 憔悴しきったように彼女を見つめるクレハに、テオさんが何か言いかけるも、エレナさんがその言葉を遮るように必死に声を張り上げた。


「テオ! 余計なことは言わないで! 私は小さい頃からずっとテオが好きだったの。だから、貴方の事は最初から遊びよ。馬鹿みたいに騙されてほんと笑える。最初から売り飛ばすのが目的だったんだから」

「エレナ……君はそんな……お願いだよ、嘘だと言ってよ……」


 すがるような表情でクレハはエレナさんに手を伸ばすも、彼女はその手を取ることなく拒絶するように後ろを向いて言葉を紡ぐ。


「嘘でも何でもない、それが真実だよ。だから、私みたいな嫌な女の事なんて早く忘れてよ。貴方の顔なんて、もう二度と見たくない!」


 その時、エレナさんの頬には一筋の涙が流れていた。

 辛そうに唇を噛み締めて、それ以上泣くまいと必死に涙を堪えるその辛そうな表情を見て、彼女が言ってきたきつい言葉が本心ではないと分かる。

 彼女が背を向けたのは、拒絶するためじゃなくてその顔をクレハに見られたくなかったからだ。


 そういえばこの部屋に来た時、彼女はクレハとの写真を悲しそうに見つめていた。

 エレナさんはきっと、クレハの事が大切だから……もうじき死ぬことを彼に悟られたくなくて、嫌われるようにわざと突き放した態度を取っていたんじゃないだろうか。


 そして、テオさんがエレナさんを見つめる眼差しがとても優しくて、でもとても悲しげだったのは、その事情を知った上で、それでも彼女の傍に居ることを選んだからだとしたら……なんて切ない関係なんだろう。


「君を忘れるなんて、出来ない。二人の幸せを祈れる程……僕は優しくも、なれない。だからせめて、その大好きなテオと一緒に、眠らせてあげるよ」


 クレハの言葉に慌てて振り返ったエレナさんは、必死に懇願する。


「止めて、テオは関係ない! やるなら私だけにして!」


 しかし、その訴えが……自分ではない他の男性を必死に庇う愛しい人の姿が、クレハの心にとどめを刺したのだろう。

 ゆっくりとエレナさんとテオさんの顔を順に見た彼は、何かを悟ったかのように口元に微かな笑みを浮かべた。


「……愛し合う二人を引き離したら、可哀想だよ。さようなら、エレナ、テオ」


 そしてクレハは、尖らせた爪を横に一閃して二人の命を奪う。

 動かなくなった二人を見つめる彼の表情は、俯き加減で前髪に隠れて分からないけど、キラリ光るものがクレハの頬を静かに通って滴り落ちていくのが見えた。


 クレハは、エレナさんをどう思っているのだろうか。

 今でも騙されたって憎んでいるのだろうか……それとも、本当は……

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