3、活路は自分で切り開く
このままじゃ……そうだ、シロに強く念じれば伝わるはず!
『お願いシロ、助けて! 学園の隅の用具倉庫に閉じ込められてるの、お願い気付いて!』
ジリジリと燃える炎から逃げるように端に寄り、シロに強く念じていると
「何か面白い状況になってるね。無駄だよ、外に君の声が聞こえないように術をかけたから助けなんて来ない」
不意に横から話しかけられた。驚いて振り向くと、口元に笑みをたたえたクレハが立っていた。
あれがお得意の相手に虚勢を張る、秘技ハッタリ笑顔か……その仮面の下で彼は何を考えているのだろうか。
「全身が焼けるのってほんと痛いんだよ。中々癖になるかもね、君も少し燃えてみる?」
嬉しそうな笑顔で『全身が焼けるのが痛くて癖になる』とか言ってるけど……頭大丈夫だろうか?
まさか、あまりにも過去が辛すぎてそういう趣味に目覚め……炎を前に我慢できなくなってここで自分の身体を痛めつけようとしてるの?!
そして周りに助けを呼ばれてぼやが消されるのを危惧して、術までかけるこの入念っぷり……
「クレハ、早まった真似は止めよう! 人の趣味にとやかく言うつもりはないけど、とりあえず危ないからそういう遊びは止めて早く逃げて!」
「え? いや、僕は簡単に逃げれるけど……」
「なら早く逃げなよ! こんなとこで焼身自殺とかダメだよ! 私を罠にはめようとしたらすでにこんな状況になってて、貴方の眠っていた趣向を呼び覚ましてしまったんでしょう? 本当にごめん」
彼の本音を聞こうにも、体育の授業中だったため照魔鏡を持ち合わせていない。
それより今は、クレハを全うな道へ戻して巻き添えから回避させるのが先か。
彼一人ならテレポートでも何でも出来るはずだ。ここから追い出そうと必死に説得すると、彼は驚いたような顔でこちらを見ている。
「君は何を勘違いし……」
「優菜さんに聞いたよ。出会った頃、死に場所を探すように道路の真ん中で車が来るの待ってたって。生きてたら辛いことも多いけど、その分きっと楽しい事もあるよ……だから無闇に自分のこと痛めつけたらダメ……ゴホッ、ゴホッ!」
勢いよく自分の気持ちをぶつけたのはいいが、そのせいで口元を覆っていた手が疎かになり、煙を吸いすぎてむせかえった。
やばい、頭が少し痛くなってきた。それに火が建物の壁にまで回ろうとしている。いつのまにか激しかった雨は止んでおり、自然の消火は見込めなくなった。
なるべく煙を吸わないように再び体操着の袖でしっかりと鼻と口を覆い、その場にしゃがんで低い姿勢をとっていると、クレハが軽くため息をついて話しかけてきた。
「僕に説教たれる前に、自分の心配したらどう? 君、死ぬよ?」
「だ、大丈夫! わ、私……っ、こう見えても、結構たくましいから!」
強がってみても煙が目に染みて痛みが走り始め、じわじわと死の恐怖が襲ってくる。
「ほんと馬鹿だね。余計な事言ってるから煙吸って……ねぇ、ここから出してあげようか?」
その言葉に思わず顔を上げてクレハを見ると、にっこりと人当たりの良い笑みを浮かべていた。
「本当に?!」
思わず聞き返すと彼は途端に大きな瞳を細め、口の端をひん曲げて、その端正な顔をニヒルな表情へと変えて悪魔のように囁いてきた。
「君がシロに別れを告げるなら、ね。自分の命とシロ、どっちが大事?」
本当にこの人は毎回、心をえぐるような選択を投げ掛けてくる。
でもその質問に、私の心はとても安心させられていた。これでやっとはっきりした。やはりクレハはシロの事を心配しているんだと。
ほのかに温かくなる胸元の勾玉に手をやり、私は彼に笑顔を返した。
「それは無理だから、貴方は一人で逃げて」
クレハは鳩が豆鉄砲くらったようにポカンとした顔でこちらを見ている。
予想外の反応に動揺してるのか、彼は黒い獣耳をピクピクとさせ怪訝そうに眉をひそめて尋ねてきた。
「命が、惜しくないの?」
「命は惜しいけど、シロと約束したから……ゴホッ、ゴホッ! 私は、シロにこっちの世界の事、いっぱい教えてあげないといけないの。だからっ、ゴホッ、貴方の言うことは聞けないし、死にたくもない」
立ち上がってふらふらする身体を動かし、視界に入った先の取れたレーキを手に取った。
ぼろい扉でよかった。さっき私が叩いたり蹴ったりしたせいで、さらに立て付けの悪くなった扉は少し歪んでずれが大きくなり、隙間の幅が広がっている。
その数センチの隙間にレーキの柄の部分を差し込み、かんぬきを持ち上げてどかそうと必死に試みた。あのかんぬきさえ取れれば、扉は簡単に開く。
しかし、視界が霞み手が震え、力がうまく入らない。どうやら煙を吸いすぎて、体内の酸素が大分薄くなっているようだ。
「このままだと君、確実に死ぬよ? 意地張ってないで、一言了承してくれたら助けてあげるのに」
「私は死なない……こんな所で死ねない。最後まで、諦めない!」
感情論でどうにかなる状況じゃないのは分かってる。でも私の気持ちを分かってもらうには、彼にもう一度人間を信じてもらうには、言葉より態度で示すしかないと思っていた。
だけど……さすがにやばいな……頭がくらくらする……このまま死んだら美希、まだ早いって怒るだろうな……
「桜! 中に居るの?! 全く、誰がこんな事を!」
ああ……やっぱり怒ってる……明るい光を背にまとう彼女の姿を見たのを最後に、私は意識を手放した。