12、先生の親切心
シロとカナちゃんが驚いたようにこちらを見ている。それ以上に私が一番驚きを隠せなくて、端から見たらすごく間抜けな顔をしていたに違いない。
「照魔鏡は心の奥底に秘められた気持ちも暴くからな。本人が自覚しているかは別として、それがお前の本心だ、一条」
そう言ってパチンとコンパクトを閉じた先生は、私からカナちゃんの方に視線を移すと口元に笑みをたたえてさらに言葉を続ける。
「よかったな、西園寺。お前にもまだ、望みはあるみたいだぞ」
ようやく橘先生の言葉の意味が把握出来てきた私の頭は、一気にパニックになった。
私がカナちゃんを好き……友達としてじゃなく……ッ?! そんなはずない! だって私にはコハクとシロが!
真実を確かめるべく恐る恐るカナちゃんの方を見ると、目が合って心臓が飛び出そうなくらい跳ね上がる。
変に意識したからとはいえ友達と目が合っただけで、この反応は確かに不自然だ。
何で今更カナちゃんを男の子として意識してるんだよ、私の馬鹿!
今まで平気だったのに……第一の試練の時、階段から落ちそうになったのを助けてもらってお姫様抱っこされてから、何かおかしくなったんだ。
気のせいだと思い込んでいたが、一度意識してしまうと身体は正直なようで、そんな言葉では片付けられなくなってしまっている。
バクバクとうるさく鳴り続ける鼓動が全身に熱い血液を送り出しているようで、一気に体温が上がるのを感じた。
「桜」
名前を呼ばれただけなのに、恥ずかしくて肩が大きく跳ねる。
カナちゃんから隠れるように、思わず私がシロの後ろに隠れると
「桜、お前いつからそうなんだ?」
振り返ったシロが悲しそうに顔を歪めて問いかけてきた。
その表情が最後に見たコハクの顔と重なって見えて、胸がズキンと痛むのを感じる。
「ごめん、だけど今まで自覚なかったの。カナちゃんは大事な幼馴染みだってずっと思ってたのに、そんな気持ちが芽生えてたなんて……」
シロまでどこか行ってしまうんじゃないかって、不安に押し潰されそうになりながら、言い訳をする自分がひどく滑稽に思えた。
「まぁまぁ、一条は初恋がコハクってくらいの恋愛初心者だ。子供の時から献身的に支えられて積極的に猛アタックされ続けてみろ。自覚はなくても好感度は確実に蓄積されて大きくなる。この照魔鏡の威力を身をもって知ってもらうために、ちょっとその感情を誘発させてやっただけだ。おかげでよーく分かっただろ?」
「……っ!」
口の端を上げてニヤリと笑う先生に、私は絶句するしかなかった。
この人はやはり、かなり食えない人だ。
カナちゃんにあんな質問を投げ掛けたのは、きっと私への起爆剤。過去の女性遍歴を知らしめる事で、私に嫉妬でもさせようとしたのだろう。
だがそこで思わぬ衝撃的事実が暴露したことで、起爆剤の働きが強化された。そして動揺した私の心は、いとも簡単に閉じ込めていた感情の蓋を開けてしまったのだ。
「一条」
名前を呼ばれ顔を上げると、さっきとは打って変わって真剣な顔つきをした橘先生と視線がぶつかる。
「お前さんはまだ、本当の意味で妖怪と共に歩む事がどういうことか分かっていない。クレハに深く関われば、嫌でもそれを認識させられるだろう。その事を本気で考えた時、今ならまだ他の道を選ぶことも出来るんだって選択肢を残してやったまでだ。お前らがクレハに、別の選択肢を残してやりたいようにな。コハクに頼み込まれたからとはいえ、お前らの縁を強引に結んだ負い目もある。せめてもの親切心だ」
「先生……」
そう言えば以前クレハに『君はその覚悟があるの?』と聞かれ、私が裏切ればシロが暴走して大変な事になるって言いたいのかと思ってた。
しかし、あの時シロは『その話はまだ必要ない』って私にその先を聞かせたくなさそうに途中で彼の言葉を遮った。
『まだ』ってことは裏を返せば、いづれ時が来れば必要になるって事。妖怪と人間が共に歩むのに、一体何が必要なのだろうか。
霊力を補充してあげれば、シロだって皆と同じように普通に学校にも来れるし、休みの日だって付き合ってくれる。
価値観の違いで感情に疎い所はあるけど、最近はそれもあまり感じなくなった。
何か企んでる時はニヒルな笑顔も多いけど、自然な笑顔を見せてくれる回数も増えて、楽しいことも悲しいことも色んな感情を共有しながら一緒に過ごせるのが嬉しい。
そういう時間をこれから先も共に過ごしたいって思うだけじゃダメなのだろうか……って、今みたいに変にカナちゃんを意識してる状態じゃダメだろうけど。
「シロ、お前さんも本当はコハクが自ら身を引こうとした気持ち、分かっているだろ?」
私が考え込んでいる間に、先生の話の矛先が今度はシロに向けられていた。
「それは……」
思い詰めるようにシロは唇を噛み締め、言葉をつぐんだ。
コハクの気持ち……そうか、シロは感情を共有しているから知ってるんだ。
あの時は馬鹿にしたようにコハクの事をけなしていたけど、多分それはコンプレックスからくる棘のある態度で本心じゃない。
先生の問いかけに対するシロの態度をみる限り、きっとシロも同じことを苦しんでいるのだろう。
もし私がコハクの立場だったら、辛いけどまず相手に気持ちを確かめる。
だけど、私の気持ちを確かめずに身を引こうとしたコハク……そこには妖怪と人間の違いを気にしての気持ちも少なからずあったのかもしれない。
あの時、私はまだシロという存在が居る事を知らなかった。それ以前に、コハクの事情や妖怪のことだってそんなに聞いた事がなかった。
その事を私に意識させないようにコハクが必死に隠していたのだとしたら……もっと、私から色々話を聞くべきだったのかもしれない。