7、たとえ姿は違えども
「クレハ、お前捕まったんなら大人しくしとかなあかんで!」
「僕、そんなルール聞いてないから知らないよ。それに、怪物二人相手に初心者一人じゃ可哀想でしょ。この子は君達と違って、ズルくて卑怯な真似なんて出来ない子なんだから」
「へぇ~お前、ちゃんと優菜の事分かってんねやな」
カナちゃんの言葉に、一瞬ハッとしたような表情を露にしたクレハは、ばつが悪そうに顔を背けた。
「クレハさん、やはりどこかで……」
「だからそれは勘違いだって言ってるでしょ。僕は君と会った事はない。それより、今度は僕が鬼でしょ。早く始めようよ」
優菜さんにふられた話題から逃れるように次のゲームを催促するクレハに、カナちゃんはニヤニヤとした表情で茶化しに入る。
「やけに乗り気やな、クレハ。とうとうお前も缶けりの楽しさに目覚めたんとちゃう?」
「ち、違うよ! 僕はただ嫌々君達に付き合ってあげてるだけ。勘違いしないでよね」
やる気満々だと思われたのが恥ずかしかったのか、典型的なツンデレキャラのように腕を組んで頬をほんのり赤く染め、視線を逸らすように顔を斜め四十五度に向けたクレハ。
「へいへい、そういう事にしといたるわ。ほな、本番いこか」
カナちゃんは相手のペースを崩すのが上手いが、ちゃんと加減も心得ているようで、いじり倒す事はしない。
話題を掘り下げられなかった事に安心したのか、クレハはそっとため息をもらした。
以前会ったことがあるも何も、一年間共に生活していた。もしかすると優菜さんは薄々、クレハに対し既視感を抱いているのかもしれない。
「桜、優菜、作戦会議すんで」
クレハから少し離れた所に私達を呼び寄せたカナちゃんはある作戦を持ちかけてきた。
ゲームにかけるカナちゃんの情熱と行動力は昔から凄まじいものがあった。
敵とみなした者を完膚なきまでに叩きのめすために、緻密な計画を立て確実に勝利をもぎ取る。
彼が最初に鬼を申し出たのも、全てはきっと策略だ。
鬼の目線からフィールドを見渡しどこが死角になりやすいかを確認し、戦略を練る。そして、一番邪魔しそうなクレハにはカフェオレを飲ませることで行動を抑制させる入念っぷり。
第二ラウンドは着実にクレハが鬼になった時の対策に動き、全ての準備が整った今仕留めにかかるようだ。
作戦をしっかり頭に刻み込んだ所で、優菜さんが缶を蹴り、第三ラウンドの幕が開けた。
カナちゃんの指示通り、私達は三方向の指定された位置にバラバラに隠れた。
東の物置小屋の影に優菜さん、西の滑り台の影に私、南の大きな木の影にカナちゃんがそれぞれ身を潜めている。
クレハが数え終わって一分後、まずは私が仕掛けに出る。
先程のゲームの際、カナちゃんが用意しておいた大きな黒いビニール袋が私の居る場所に隠してある。
まさかクレハ対策に、あの短時間でこんなものを用意していたとは思わなかった。
心の中でカウントしながら袋を広げて被り、視界が見えるように目の高さ付近に指で少し大きめに穴を二つほがす。
クレハの位置からバレないように死角に身を潜めたまま、ゆっくりと階段を上りギリギリの所で身を隠した。
『3、2、1……今だ!』
数え終わった私は勢いよく滑り台の上に立った。
案の定クレハがこちらを見ているが、誰か判別出来ないようで警戒しつつこちらに近付いて来ている。
彼が缶から二十メートルぐらい離れた所で、木の影に隠れていたカナちゃんが一気に飛び出す。
クレハがその存在に気付いた瞬間、カナちゃんは歩みを止め全身を隠すようその場にしゃがんで待機。
彼もまた黒いビニール袋を被っており一目では判別し辛いが、しゃがまないと体格を隠せないと判断された時点で正体がばれる可能性も高い。だけど、一瞬でそこまで判断するのはまず不可能だろう。
私とカナちゃんにクレハが気を取られているうちに、我らの秘密兵器優菜さんが、気づかれないように南側から少しづつ距離をつめていく。
優菜さんがある程度缶まで近付き一気に駆け出したのを合図に、私とカナちゃんも袋を脱ぎ捨て缶を目指して走り出す。
私達の姿を確認したクレハが缶を踏もうと振り返って戻ろうとした瞬間
──カコン
優菜さんが缶を高らかに蹴り上げた。
「なっ!」
クレハの驚いた声がグラウンドに響き、第三ラウンドがそのまま継続される事になる。
結局、そのまま八回ほど継続して行い、クレハは一度も私たち全員をまとめて捕まえる事が出来なかった。
時には開始と同時に後ろに隠れていたカナちゃんが缶を蹴ってクレハを逆上させたり、一斉に飛び出した私達を捕獲するためクレハが缶を踏んだ際、勢い余って自分で缶を倒して自殺したりなど様々なドラマがあった。
そんなこんなで時間はみるみる過ぎた。当初の一時間は軽く経過して辺りがすっかり夕焼け空に包まれた頃、ゲームは私と優菜さんが捕まりカナちゃんとクレハの一騎討ちの状態を迎えていた。
「さぁ、いつまでも、隠れてないで……ッ、出てきなよ」
走り回って体力をかなり消耗したクレハは荒い息を繰り返し、カナちゃんが潜んでいると思われる場所まで近付いていく。
「隠れてんと、ちゃう。お前を……引き付け、てんねやッ」
木の影から出てきたカナちゃんも同じく大分疲れているようで、走りに全くキレがない。
「させないよ……ッ!」
本人達は本気で走っているのだろうけど、こちらから見るととてもそうは思えないほどヘロヘロと走ってくる二人を見て、優菜さんがおかしそうに笑っている。
「いくつになっても男の子って、ほんと負けず嫌いだよね」
確かに、ぶつかって転んでも立ち上がって缶を目指すクレハとカナちゃんは相当負けず嫌いなんだろう。
もう無理せず休んだらいいのにって思うのに、決して足を止めようとしない。
「優菜さんはどちらを応援しますか?」
頑張ってる二人を見て、思わず変な質問をしてしまった。
「え……?」
「あ、味方だから勿論カナちゃんですよね!」
何を口走っているんだ、私は!
優菜さんの好きな人はカナちゃんなわけで、どう考えてもクレハの応援などするはずかないっていうのに。
クレハの心に人間の中で一番近付けるのがきっと優菜さんだからって、彼の応援をして欲しいってそんな身勝手な期待をしてしまうなんて。
私が自己嫌悪に陥っていると、信じられない言葉が返ってきた。
「どうだろう……何だか今はクレハさんに勝って欲しいかもしれない」
今の、聞き間違いじゃないよね?
驚いて優菜さんの方を見ると、優しく目を細めて二人の勝負を見届けている。
「変な話だけど、クレハさんとは初対面って感じがしなくて不思議だなって思ってた。でも、今頑張ってる姿みて気づいちゃった。あの負けず嫌いで意固地な所とか、人を寄せ付けない寂しげな雰囲気とか……少しコロンに似てるなって。そうしたら、何だか思わず応援しちゃくなっちゃうの。おかしいよね、コロンは狐なのに。ほんとどこに行っちゃったんだろう……」
「優菜さん……」
やっぱり一年間一緒に過ごした絆は偽りなんかじゃなくて、確かに彼等の間に存在するんだ。
クレハが優菜さんに嘘をついたのも、このまま関係を絶ちきった方が彼女のためだと思っての行動なのだろう。
彼の正体を知ったら、優菜さんはどうするのだろうか。
余計な事を勝手に喋って、もし優菜さんがクレハをひどく拒絶した場合……彼をまた傷付ける事になってしまう。
部外者の私が下手に横槍を入れて関係を引っ掻き回していいわけがない。
仮に話してしまった場合、普通に考えて今更飼い主と飼い犬の関係になんて戻れるはずがないのだから。
少なくとも、優菜さんが望まなければ話しても彼女の負担が大幅に増えるだけだ。でもきっかけがなければ、望む事すら気づけないくらい衝撃的な事実だ。こちらから何も働きかけなければ、もう二度と二人が会う事はないかもしれないほどに。
このまま二人を別れさせたくない気持ちは変わらない、変わらないけれど……
『選んだ選択が重要になるから行動はよく考えてからしたがいい』
橘先生の言葉が頭を過り、どうするのが最善なのか私は判断出来ずにいた。










