1、断罪者
翌日、橘先生に召集された私とカナちゃんはシロの家に来ていた。
「心強い助っ人を連れてきたぞ」
先生の後に続いて部屋に入ってきたのは、鮮やかな金髪が印象的な体格のいい外人さんだった。
頬には痛々しい大きな傷痕があり、数々の激戦をくぐり抜けてきたような貫禄が感じられる。
「初めまして、エクソシスト協会ヨーロッパ支部所属、二級捜査官のウィルと申します」
英語が聞き取れるか心配していたが、彼が英語で話した後に、とても流暢な日本語が聞こえてきた。
驚いた私達を見て、ウィルさんは羽織っていたコートをめくるとあるものを見せてくれた。
「すみません、日本語は話せないので翻訳機を使わせて頂いてます」
他国を行き来する事が多いため、ウィルさんは高性能翻訳機を内ポケットにいれて持ち歩いているらしい。
しかし、私はそれよりも別のものが気になっていた。
コートの下にドラマとかで刑事さんが付けているような拳銃ホルダーが見えたからだ。
私の視線に気付いた彼は丁寧にそれも説明してくれた。
「これは対怪人用の特殊銃です。中には彼等が傷を回復出来ないよう開発された特殊弾が入っています」
なんか、すごく近代的だ。
クレハの左目は、きっとあの特殊銃で撃たれたものなのだろう。
それから、カナちゃんが慣れた手つきで皆に飲み物を出し、行き届いた所で軽く自己紹介をして情報交換をした。
ウィルさんはあの事件で唯一生き残った青年で、大切な妹を目の前で無惨にも殺された過去を持つ。その経緯から、怪人『ザ・グリム・リィーパー』を倒すためだけに、辛い訓練にも耐え最近一人前のエクソシストになったらしい。
橘先生が陰陽師協会に流した情報をキャッチして、「赴任させて下さい」と協会に掛け合って単身で渡ってきたかなりの行動派だ。
「私が必ずあの怪人を仕留めてみせますので、ご安心下さい。もう二度と、あのような惨劇を繰り返さないためにも……」
だけど、何だか見た目の印象や行動とは対照的にすごく冷静で落ち着いてみえる。
追い求めていた怪人が見つかって、身内の敵討ちで単身ここまで渡ってきたのなら、眼差しや態度に少なからず憎悪の感情が出てもおかしくないのに、全くそれが感じられない。
彼の綺麗な碧色の瞳には、深い哀愁の念が込められているだけだった。
「桜さん、次彼に遭遇した時は私に連絡をお願いします」
ウィルさんは、ポケットから黒い小型の装置を取り出すと、私にそれを差し出した。
受け取った際、袖口から覗く彼の手に無数の古い傷痕が見え、相当大変な経験をしてきたのが窺える。
私の視線に気付いた彼は、困ったように苦笑いをもらして、さっと隠すように手を引いた。
「これにはGPS機能がついているので、何処に居ても位置情報をキャッチすることができます。出掛ける時はこちらをお持ちになり、遭遇したらすぐにボタンを押して知らせて下さい。すぐに私が駆けつけます」
「分かりました、ありがとうございます」
呪いを解くのに協力してくれるのはありがたいが、複雑な感情が私の胸中を渦巻いていた。
彼が仕留めるというのは、対妖怪専用の特殊弾を用いた銃を使って、クレハを回復出来ない状態にして殺すことだ。
罪人だから仕方ないのかもしれないが、このままシロと仲違いさせたままそんな別れ方は悲しすぎる。
しかし、目の前で残酷な殺戮現場を目撃した人の前で、軽々しく止めて欲しいなど口に出していいわけがない。
シロもカナちゃんも難しい顔をして口数が少ないのは、私と同じで何かしら思うことがあるせいだろう。
「あの……ウィルさん。ひどく不躾なのは重々承知しています。ですが、その当時の事を、どうかお聞かせ願えませんか? 対峙する上で、参考になる部分もあるかもしれないので……」
少しでも何か当時の情報を得られないか、私は彼に尋ねてみた。
酷なことを聞いているのは分かっているが、それでも生き証人である彼しか、当時のクレハの事を知る人は居ない。
壊滅した街の中で、彼だけが助かった。単なる偶然なのか、それとも何かしらの関わりがあったのか、何か少しでも得られる情報があるなら欲しい。
頭を下げてウィルさんにお願いすると、彼は顔を上げるよう促し、静かに頷いて了承してくれた。
「私は幼い頃、妹と一緒に見世物小屋に売られ、奴隷のような扱いを受け生活していました。そこである時、『とても賢くて珍しい品種だから、高値で買い取って欲しい』と若い女性が白い狐を売りにきました。まるで人間の言葉が分かるかのように、指示を完璧にこなすその狐はとても気品があり、大変利口でした」
クレハが狐として売られていた?!
見世物小屋とか、奴隷とか、出だしからこちらには馴染みの無い単語が続き、想像を絶するような事があったのだけは容易に想像できた。
「引き取られて数ヵ月が経った頃、朝から夜遅くまで食事も休憩も最低限しか与えられず過労が重なった狐は、芸で失敗して大怪我をしました。しかし、一晩寝るだけでその大怪我は完治しており、その驚異的な自己治癒力に目をつけた主が、VIPのお客様向けに開く夜の芸の演目を変えたのです。『何をしても死なない狐』だと銘打って、殴る蹴るは日常茶飯事で、銃で打ったり、ナイフで切り刻んだり、火の中に投げ入れたり……日に日にエスカレートしていく行為はもう、目に余る光景でした。それでもその狐は逆らう事なく耐え続けたのです。世話係をしていた私は、ただ包帯を巻いてあげる事しか出来ず、毎晩苦しそうに眠るその狐が不憫でなりませんでした」
酷い。酷すぎる。いくら自己治癒力が高いからってそんな……
「桜さん、大丈夫ですか? 顔色が……」
「だ、大丈夫です。すみません、続けて下さい」
きちんと知っておかねばならない。クレハを知るためにも。
「引き取られてちょうど一年が経った頃、事件が起こったのです。突如、耳と尻尾のはえた人間の姿に変化した狐は、どんな内容かは知りませんが、主に必死に何かを問い質していました。知りたかった情報を聞くや否や、彼はその場から忽然と姿を消しました。
その後、奇妙な技を使って町を破壊し、次々と人々を手にかけていったのです。瓦礫の下敷きになった私は逃げることも出来ず、狂ったように笑い声を上げて行う彼の惨劇を、ただ見ている事しか出来ませんでした。
先に逃がした妹は瓦礫からは逃れられたものの、飛び出した所を彼の手によって命を奪われました。私の視線に気付き近寄ってきた彼は、その強靭な爪で私にも襲いかかってきたのですが……何故かすんでの所でその手を止めたのです。
あの時、遠目からは分からなかったのですが、彼は瞳から涙を流し、悲しみにうちひしがれたように顔を歪めていました。その時エクソシストがやってきて、彼の左目を弾丸で撃ち抜きました。そこからは、もう本当に地獄絵図のようでした。エクソシストを返り討ちにした彼は、街全体を血の海に染めて姿を消しました」