15、残されたメッセージ
考えろ! 何か絶対に方法があるはずだ。多分だけど、クレハは必ず二人で脱出できる手段を用意してる。
彼の目的は私達を殺す事じゃない、試すことだ。実際手にかけようと思えば彼はいつだって出来る。でもそうしないのは、おそらく私達の人間性を試しているからだろう。
この部屋も、設置された武器も、黒板の赤字も、私達を煽るためのもの。
第一の試練で、保身のために裏切る人間の姿を見たかった彼の目論見は失敗に終わった。
だから、よりそれを煽るために今回は、私達が大事に思っている美希という存在持ち出して利用し、お互いに対する不信感を抱かせようとした。
そして、このいかにも戦って下さいと言わんばかりの部屋で一人しか出れないと提示する事で、仲違いさせるつもりだったんだろう。
一人しか出れない……?
『出られるのはドアロックを解除した者のみで、その鍵は一度きりしか使えない』
クレハは鍵は一度しか使えないと言っただけで、一人しか出れないとは一言も言っていない。
そうか、そういう事だったんだ!
あるじゃないか、一度しか鍵を使わずに二人で一緒に出る方法が。いける、この方法ならきっと──二人で脱出できる!
「美香、残念だけどそれはできない。まだ望みはある、一緒に脱出しよう!」
「でも、鍵は一つしか……」
「一度しか使えないなら、二人で同時に鍵を持って解除すればいい。そうすれば、二人ともドアロックを解除した事になるから、一度しか鍵を使わずに脱出できるよ!」
「凄いわ、桜! それなら! でも、もし失敗したら……」
最初は同意して喜んでくれた美香だが、途端にその顔に暗い影がよぎる。
「その時は、二人でこの世界を楽しもうよ! クレハに色々要求してさ、本物の遊園地にでも作り変えてもらったりして! 何気に押しに弱いから、強気に責めれば渋々でもやってくれるはず。きっと楽しいよ!」
彼女の不安をとってあげたくて、出来るだけ明るく話しかける。
「桜……そうね、それもいいかもしれないわね。ありがとう」
すると美香はそう言って、必死にこらえていた涙をそっと流した。
「美香、涙はまだ取っておこう。それに、これはもう必要ない」
彼女の元に駆け寄って、まだ握りっぱなしだった拳銃に手を伸ばし、そっと机に置く。
「ごめんなさい、そんな貴女だから美希もきっと……一緒に居て元気わけてもらってたんだろうなって……っ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、まずは脱出しよう!」
残された時間は五分。
美香と一緒に教卓の前へとやってきたのだが、箱には鍵がかかっており、数字を入力しないといけないようだ。
解除コードは、それぞれが最後の部屋で見つけた数字を小さい順に並べ直した四桁。
「美香、数字覚えてる? 私はドアノブに28って刻んであったよ」
「確か、扉に大きく36って書いてあったわ」
「小さい順に並べ直して、解除コードは……2368」
すかさずその数字を入力すると解除され、中には一つの鍵が入っていた。
「それにしてもアイツ……本当に性格悪いわね。私達を仲違いさせようとこんな物騒なものまで用意しておいて、鍵は協力しないと取り出せないなんて」
「それだけ、本気で試してるんだろうね。ありがとう美香。私、貴女と友達になれて本当によかった」
「それはこっちの台詞。こんな格好悪いとこ見せて、本音で話せる友達は……桜が初めてよ。私、いつも猫被ってたから」
「うん、よく知ってる!」
「もう、そこはお世辞でも違うって言いなさいよね、まったく」
お互いの顔を見て笑いあった後、二人で後ろのドアの前に立った。手には一緒に鍵を持ってゆっくりと鍵穴へと差し込む。
──カチッ
そして、ドアを開けた私達は無事、部屋を脱出する事に成功した。
そのまま真っ直ぐ歩いていくと、出口らしき扉の前に人影が見える。
「あーあ、やっぱり出て来ちゃったか……」
こちらに気付いたその人物がそう言ってこちらに顔を向けた瞬間、私達から思わず声にならない声が漏れる。
「……あのさ、僕の顔見て笑い堪えるの止めてもらえる? いっそ思いっきり笑われた方がまだマシなんだけど」
ジト目でこちらを睨むクレハの頬には、立派な紅葉マークがついていた。
「ご、ごめんっ! でも、それは……っ!」
「ちょっと、やりすきたわねっ! ごめんなさいね…っ!」
また何か仕掛けに来たと警戒をすべきなのだが、その風貌のせいでいまいち締まりがなく、私達の笑いも止まらない。
クレハは軽くため息をついて、やれやれといった様子で口を開いた。
「ほんと君達ひどいよね、一切容赦ないんだもん。人間の女も怒らせると怖いんだって、初めて知ったよ」
「それで、何の用かしら? わざわざその顔を笑われに来たわけじゃないでしょ?」
「生憎そんな酔狂な趣味はないよ。ただ……利用させてもらった彼女に、その対価を払いにきたまでさ」
そう言ってクレハが何かを念じると、辺りが屋上の景色へと変わった。
すると、東の空を見て祈るように手を合わせた美希の姿が見える。
「彼女が最後に祈った願いを、教えてあげるよ」
次の瞬間、懐かしい声が聞こえてきた。
『ごめんね、桜……最後まで応援してあげたかったけど、もう限界みたい。
これ以上、生きていくのが辛いよ。
家でも学校でも私の居場所はない。
最後の鉛筆さえ持てなくなって、絵を描く事さえ出来なくなった。もう、桜に隠し通せる自信がないんだ。次会ってしまったら、全てを吐き出してしまいそうで。
貴女の隣に居る時だけが、すごく楽しくて、心地よくて、安心できた。
早起きして裏山で一緒に見た初日の出の綺麗さも、歩き回った後に公園で一緒に食べたお弁当の美味しさも、ふざけあって一緒に川に落ちた時の冷たい水の気持ちよさも、桜と過ごした思い出は、どれも今でも鮮明に覚えているよ。
その時間の一つ一つが、唯一私を癒してくれた。だから、この大切な時間だけは壊したくないの。誰にも奪われたくないの。ずっと大切に持っていたい。そのせいで、貴女にはきっと辛い思いをさせてしまう。本当にごめんね。
『三連覇優勝おめでとう』ってきちんと伝えたかったけど、もう耐えられないんだ。ごめんね、待っていられなくて。
もし、叶うなら……生まれ変わったらまた、桜と友達になりたいな。あ、でも、私の後を直ぐに追い掛けたりなんかしたら許さないからね。私の分まで、どうか末永く幸せに生きて下さい。大好きだよ、桜。今まで本当にありがとう。
美香、急に電話やメールの数が少なくなってごめんね。いつまでもお姉ちゃんに心配かけてちゃいけないなって思って、私なりに考えた結果だったの。
小さい頃からずっと、私の事……守ってくれてありがとう。でもそのせいで、美香は周りの子よりすごく大人びた子供になった。いつも周りに気を配って、自分の事は後回しにして、その姿を見てるのが本当は辛かったの。でも弱虫な私はいつもお姉ちゃんを頼ってしまって、そんな自分が嫌だった。
だから、どうしても言えなかった。美香は勘が良いから私の異変にすぐ気づくだろうなって、電話出来なかった。
ごめんね、姉不幸な妹で。
でも、それでも私は美香が大好きだよ。
お姉ちゃんの妹として生まれて来れて、本当によかった。同じ瞬間に生を受けて、美香とはきっとまた巡り会えるって信じてる。
その時までに私、今度はお姉ちゃんを守れるくらい立派になってるからね。今度はどんな逆境にも負けないように、強くなれるように、少しだけ旅に出るね。
さよならは言わないよ。いってきます、美香。次会った時は、笑顔で『おかえり』って言ってくれたら嬉しいな』
涙があふれ出して止まらなかった。
こんなの、反則だ……散々馬鹿にしといて、最後にこんな事、教えてくれるなんて……
滲んだ視界に遠ざかる背中が見え、私は慌てて引き止めた。