7、放っておけないんだから、仕方ない
「……信じられない、君達は本当に大馬鹿だよ」
クレハの小さな呟きがそっと放たれた時、視界に広がる左右が逆のままの屋上の景色。
時間切れか、三人でくぐったのがルール違反なのか、原因ははっきりしないけど、私達はクレハの試練に失敗したのだ。
失敗したのに、妙な達成感に包まれた私とカナちゃんのテンションはおかしくなっていた。
悲しむどころか、極限の状態から解放されて気が緩んだせいか、思わず笑いが込み上げてくる。
「あーあかん! あのタイミングでこけるとか……ッ! クレハ、お前美味しいとこ持っていき過ぎやでっ!」
カナちゃんがクレハの背中をバシバシと叩きながら爆笑する。
「だよね! あの瞬間から階段かけ上るまで……ッ! 時間が、スローモーションみたいに感じたしっ!」
私もつられて笑いが止まらなくなった。
「テレビとかでようやってる、おもしろ映像再現リプレイ的な感じのあれな!」
「そうそう! リアルに体験するとか、中々ないね!」
「てか、普通にクレハが走ってついてきよった辺りから、もう何かおかしかってんやんか?」
「確かに! 連れてきた私が言うのも何だけど、最初とか超悪人面して罠にはめてきたのに、意外と押しに弱いとことか、シロにそっくり!」
「桜の迫力に抗えんかったんや、そこはしゃーないて」
「ちょっとカナちゃん! それは、ひどい!」
「お前、自分じゃ気付いてへんかったやろうけど、空手の試合で追い詰められた時、今めっちゃ楽しんでますて言わんばかりに、嬉しそうに笑ってんやで?」
「嘘だ、そんな事ない!」
「ほんまほんま、お前は根っからの戦闘マニアやて。クレハもそれを感じ取って従ってたんやて。なぁ、せやろ?」
「いや、違うよね?」
真意を確かめるべく、二人して視線をクレハの方に向けると、彼はビクッと肩を大きく震わせた。
未知の生物に遭遇したと言わんばかりに、驚きと怯えが入り交じったような瞳でこちらを見るクレハ。
無言のまま見つめあって数秒、流れる沈黙。
もしかして、さっき転んだ時にどこか痛めてて喋れないのかな?
クレハは身体を張って大きな笑いを提供してくれた……本気で走っている時に硬い床で転んだわけだ。痛くないわけがない。
「ごめん、思わず笑っちゃったけど……痛かったよね? 大丈夫?」
少し笑いすぎた事を後悔しつつ謝ると、クレハは俯いて拳をわなわなと震えさせ始めた。
その様子に、カナちゃんもヤバいと気付いたようで声をかける。
「コントみたいに派手な音、してたもんな。すまん、思いっきり背中につっこんでもうたけど、怪我とかしてへんか?」
クレハはパッと綺麗な顔を上げてこちらを睨み付けると、凄い勢いで質問をぶつけてきた。
「失敗したのに、どうして君達はそんなに笑っていられるの? 何で敵である僕の心配なんかしてるの? もうここから出られないんだよ? 怖くないの?」
まるで、拗ねた子供が一気に感情をぶつけてきたかのようなその姿に、目が点になる私達。
「まぁまぁ、とりあえず落ち着きや。お前がいいとこ持ってっておもろかったんは事実やし。痛い思いしたお前を前に、笑いすぎたなって反省も少しした。やってもうた事は今更悔やんでもしゃーないし。出る方法は、後で考えるわ」
クレハをなだめるように、カナちゃんがゆっくりと答える。
「……何で、僕を助けたりしたの? そんな事しなければ間に合ったはずなのに、どうして?」
ますます分からないといった様子で、クレハはさらに尋ねてきた。
「もうそこは理屈じゃないんだ。放っておけないって、気付いたら身体が勝手に動いてたから……」
「てかクレハ、そもそもお前が助けて欲しそうな目でこっち見てたからやろ。そんな顔してる奴、置いていけるほど薄情とちゃうで。お前が敵でも、あの瞬間は同じとこ目指して走ってた仲間やろ?」
一瞬驚いたように目を見開いた後、苦しそうに顔を歪めたクレハは、自分に言い聞かせるように必死に否定の言葉を繰り返す。
「僕はそんな事していない。そんな顔したって、無駄な事を知っている。人間は誰も……それなのに、なぜ……君達は敵だ、仲間じゃない!」
迷いを断ち切るかのようにそう言い切ったクレハは、こちらに手をかざしてくる。
「君達がここに居ると調子が狂う。今すぐ、出ていって」
次の瞬間、私の左手の呪印から黒いオーラが吹き出してきて私達は再びそれに包まれた。