約束の杯 二
「んう……ぁ……」
眠い……怠い……
意識はあるのに、頭が、体が、まだ寝かせろと言っている。
それに、体に降り注ぐ日差しが気持ちいい。寝ている場所も野原の上が何かで、いつまでも微睡んでいられそうだ。
「あ、れ……ここは……?」
瞼を開け──日差しが眩しくて顔を顰める。
「ん? この声……」
自分から出した声に、違和感。
高く、か細く、まるで女の子のような声だ。
日差しを遮るために翳した手も、いつもと違う。
俺の手はゴツゴツした男の手ではなく、スラッとした細いものに変わっていた。
色も見慣れた肌色ではなく、褐色だ。
「は……? 何が、どうなって……」
起き上がった視界の隅に、銀色の細いものが映った。
「髪の毛……?」
それは、腰のあたりまで伸ばされていた銀髪だった。
作り物ではない感触がある。
「なっ──」
髪を見ていると、自分の体に目がいく。
まず、腕。
色は勿論褐色で、その綺麗な肌には傷一つ無い。
細く、華奢で、重い物なんて持ったことがないような腕だ。
そして何故か、背中から2本の黒い鎖が腕に絡みついている。
いや、正確には黒い鎖の入れ墨のようなものが、と言った方がいいか。
次に脚。
これも勿論褐色。
さらに指を動かそうと思うとにぎにぎと動き、これはやはり俺の脚なのだと再確認させられた。
そしてやはり、脚にも鎖が巻き付いたような入れ墨がある。
──そして、胸。
先程から目を背けてきた。
本当は髪の辺りから見えていた。
チラチラと、確かな存在感を主張するそれから、逃げてきた。
……ある。あるんだ。
刺青がないその胸はやさしくて触れればその褐色の双丘はふにょんと形を変え、桜色の頂点は──
「ん……あっ……」
や、やめておこう。これ以上すると、戻れなくなりそうだ。
下は確認する気にはなれない。
脚を見た時にチラッと、ほんのチラッと見えたが──無かった。
この事を纏めると──俺は……褐色肌の女性になっている……?
◇ ◇ ◇ ◇
それから、色々確認して、全てを思い出した。
「あの自称神は、俺を転生させると言った。俺にはその素質があって、家族には無かった」
俺は、家族を生き返らせる為に、人を殺した。
「殺した……んだよな。ははっ」
あの空間から、あの銃で、俺が引き金を引いて。
俺が撃った人は皆、その場で倒れた。恐らく、あれで死んだんだ。
……家族は、生き返ったんだろうか。
あの神は、本当に家族を生き返らせたのだろうか。
あの人たちは、本当にあれで死んだのだろうか。
……やめよう。これ以上考えると頭がおかしくなりそうだ。
俺は人殺しだ。あの人たちは死んで、家族は生き返った。
それでいい。
「そうだ。見に行こう。多分ここは海外とかだろうから時間がかかるだろうけど、いつか会えるはずだ」
あいつは体は自分が創るとも言っていた。
きっと外国人の女の子の体を創ったんだろう。
「取りあえずは、ここから出ないとな。あと服もいるか」
辺りを見渡すと、背の高い木々がある。
すぐ傍には小さな湖もあって、水には困らなそうだ。
服は無い。この体は恐らく高校生くらいの年齢だ。非常に目に悪い。
「熊とか居たらどうしようか」
そう言って、森に進んでい──
「ギエエエエエエエ!!!!!!」
瞬間、前方から緑色の物体が飛んできた。
「え?」
速度が速く、詳細な姿は見えない。
避けられない、当たる──!
「グギェッ」
咄嗟に目を瞑ったが、一向に衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、そこには小1の子供くらいの大きさの、緑色をしたウサギがいた。
「ひっ」
ウサギは赤く血走った目でこちらを睨んでくる。
額から血を流していて、どうやらどこかにぶつかったようだ。
「ギ……」
「ギェッ!? ギェッギェッ!」
「……は?」
ウサギが立ち上がる。
立ち上がったウサギの、胸の辺りに、もう一つの頭があった。
「「ギエエエエエエエエエエエエエ!!!!」」
上下に頭が付いたウサギが大きく鳴き──
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
そこら中から、同じウサギが飛び出してきた。
四方八方からウサギが飛び──その全てを、ドーム状のガラスのような物が防いでいた。
「なん……だ、これ……」