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狩人の旅人

作者: lazy rabbit

 わたしはこの狭い世界から抜け出したい。ありていに言えば旅がしたい。わたしはこの黄土色と直射日光の世界から抜け出してみたことが無いから、住んでいるところ以外がどうなっているのかよくわからないし、代わり映えするような出会いもない。

『もしもし、目標はあと200mくらい先。でも竜は今おとなしそう。……ミーには気づいてないみたい。それじゃあ、私寝るから、お休み……』

「寝ないでスーちゃん。おーい、もしもーし」

 すぐに、イヤフォンからすやすや気持ちよさそうな寝息が聞こえ始める。

 もぉー、まったく。まあ、いつものことだけど。

 あと200ってことは、あの砂丘を登れば見下ろせるかな。何だか、歩くだけで疲れちゃう。いくらスケルトンの外骨格スーツを着ているとはいえ、五十口径の重機関銃、12.7×99mmがぎっしり詰まった弾薬箱、ホルスターにはお守りのスナブノーズのハンドキャノン、グレネード諸々、腰にさしたナイフ。後の二つはひとつずつならわたしでも持てるけど、前の三つは外骨格を着てないと体の骨が軋むほど重い。てか持てない。これほどの重量を持って砂漠を歩くと、砂紋に深い足跡が残っちゃって、わたしが体重重い人みたいに見られちゃうかもしれない。

 靴に入ってくる砂に顔を顰めながら、ひとまず砂丘の登頂成功。顔半分を出して、竜を確認すると、ちょうど背中を向けていた。相変わらずのグロテスクさ。硬すぎる灰色の表皮、ムチムチ逞しい同じく灰色の筋肉、鉄クズを吸収して所々角ばった体。機械仕掛けの翼、深く窪んだ眼窩には光じゃなくて熱を捉える眼が埋まっている。

「スーちゃん、仕事始めるよ」

『オーケー。あっ、一回あくびさせて』まだまだ眠気いっぱいのあくびが聞こえてくる『もうだいじょぶ。援護する』

 わたしはセイフティを解除する。片手と、肩に押し当てたストックで機関銃を固定して、ぶら下げたグレネードをもう片方の手でもぎ取った。安全ピンを咥えて、引き抜く。これが終わったら夜ご飯。よし、お仕事がんばろう。

 投擲、威力はあまり期待してない。音で攪乱するだけ。わたしはその隙に、翼の付け根辺りに飛び乗って、外皮から突き出た鉄骨を片手で握った。振り落とされないように姿勢を保つ。あとは頭の後ろに全弾叩き込むだけだ。一発なら抜けないけど、一か所に集中的に撃ち込めば抜ける。

 連続した銃声と大量生産されていく空薬莢、バラバラになったリンク。今日の仕事は余裕かもしれない、と思って、フラグフラグと自分を戒めていると、竜の首からヘドロのような体液が噴出した。

「次弾装填中、スーちゃん狙える? 後頭部。あっ、うっぁあ!」

 身体を安定させるために掴んでいた鉄骨が外皮に吸収され始めた。他の出っ張りを掴もうとしたけど、暴れる竜に振り落とされて、砂に転げ落ちる。この辺が岩石だらけじゃなくてよかった、と冷や汗が滲む。

 竜がわたしを見下ろしていた。熱探知の眼を頻りに回転させている。わたしはお守りを引き抜いて、竜の可愛くない瞳を見据える。機関銃は、振り落とされた時にわたしより一足早く旅に出ちゃった。

『下から撃って牽制して。……外さないから』

 小声で、でも真剣なスーちゃんの声色。

 ハンマーを起こす、トリガーを引く、シリンダー回転、その繰り返し。わたしは叫んだ。威嚇という意味よりは、絶叫が喉の奥を震わせる。

 そして、刹那、竜の眼球に20mmのAPI弾が一閃。続けざまに、うなじの損傷個所に一発。最初の方の銃声が二射目と重なって、竜がうなりながら頭を地面につける。今更の銃声が届く。

 竜は、絶命した。

 砂の舞う小さな音だけが静寂の中でステップを踏んでいる。



「帰るよー」

『りょーかーい』

 放り出された機関銃を探すのに時間が掛かって、もう日が暮れかけてる。官給品を無くすと上がうるさいから探さないわけにはいかない。さて、寒くなる前に帰りますか。

 その時、砂を踏みしめる様な音が微かに聞こえた。砂丘に誰かが立っている。

 俯き気味で、背丈があって華奢、ぼろ切れのような布を頭から首にかけて羽織っていて余りの布が背中でなびいている。手の甲には外骨格装置の末端が見えた。

 その人影は砂丘を滑り降りて、私の方へ歩いてくる。

「あなた、名前は」

 ボブカットの前髪から覗く大きな切れ長の瞳は鋭かった。でも綺麗で力強い。鼻梁はすっきり、唇は艶やかに薄くて、怜悧なクールビューティーって感じは、絵本で見た孤独なお嬢様のイメージとぴったり重なる。竜の返り血が頬になければ完璧。

「あっ……と、えっと」思わず口籠るわたし。「東部方面隊第十八連隊第三歩兵旅団歩兵及び戦闘工兵、認識番号E1593475234、ミリーミット・ミルミウール。長いからミーでいいですよ」

「そう。私はアナ。旅をしてる。この辺に宿を取れる場所は?」

 わたしは飛び上がるほどの高揚感で宙に浮けそうになる。

「それなら、わたしたちの家に泊まって。全然部屋空いてるから、その代り、色々旅のこと訊きたいなぁ」

 逡巡するように瞳が少しだけ動いた後で、「わかった。お願い」と言ってくれた。

 わたしたち三人は、周りを警戒しながら、帰路に就く。荒漠とした砂漠に半熟卵の夕陽がどろりと溶け出して、砂紋とわたしたちの表と裏に黄身と焦げの色を塗りつける。



 わたしたちの住む家は地下都市の図書館という施設で、全然不自由ない。電気も水道も軍が回してくれていて、食べ物と弾薬は補給係兼家事担当のエーちゃんが地下を通って本部まで行き一週間に一度官給品の諸々を取って来てくれる。それに、本を読んでいれば究極的な暇を潰すのには困らないし、バスルーム以外は施設を移らなくていい。

 エーちゃんは当然お客さんに驚いたけど、いつも通りの寛容さで許してくれた。バスルームは小っちゃいので三人かわりばんこで入って全身の砂と竜の体液を綺麗に落とす。

 四人での食事は初めてで、一からわたしたちは自己紹介をして、アナちゃんの氏素性は大体掴んだ。ずっと旅をしてるらしい。後でわたしのコレクションを見せてその感想も訊いて、他にも見せたいもの訊きたいことがたくさん。

「ごちそうさまでした」

 誰よりも早く食べ終えて、アナちゃんを自分の部屋に連れてこうと思ったけど、まだ食事中。わたしははやる気持ちを抑えつつ、自分の部屋を片付けるため自室へ駆け込んだ。



「それで、何が知りたい?」

 数分してアナちゃんが食べ終わり、片付けを手伝うと言い出したのでさらに時間が掛かって数十分。やっと二人になって話せる時が来た。もう色々訊きたくて、これならさっき部屋を整理しながら質問の順番を考えておけばよかった。

 アナちゃんは考えるわたしを見かねたような表情で夜空を見上げた。地下にあってもここだけは天井が落下していて、明るく静かな星が天蓋を満たしているのが見える。

「話さないなら、私から話す」

 一呼吸おいて、アナちゃんは話し出してくれた。肌寒い夜風が入ってきて、黴びた本の匂いがする。わたしはモッズコートのファスナーを最後まで上にあげた。

 アナちゃんの口調は淡々としている。喜びも悲しみもその一切を隠すような、というよりむしろ、何も感じなかったような、そんな声音だった。表情だってあまり変わらない。それでも、たくさんの物語を紡ぐ。

 この時のわたしの目はきっと星よりも輝いていたと思う。

「ミーは、この世界が好き?」

 一通り話し終わった感じで、最後にそう訊かれる。答えはもちろん即答できるほど決まっている。

「大好き! 超大好き、たまらなく好き」

 アナちゃんは、足元の瓦礫の破片を見つめながら、伏し目がちに笑った。そして、「おかしい」と小さく、本当に小さく呟く。まるで、ため息に吹かれた砂が地面に落ちる音みたいに。

「どうして? アナちゃんは旅をしてるくらいだから、好きなんでしょ?」

 小首を傾げたわたしを他所に、夜空を見つめたまま悲しそうに目を細める。その表情でイエスかノーかははっきりしていた。

「ねえ、この世界って、どうしてこうなったか知ってる?」

 いきなりの質問。不思議に思ったことはあるけど、よく知らないから、素直に首を横に振る。

「昔は、人類には家族っていう組織があった。親がいて子がいた。場合によっては親の親も。そんな中、人類の精子は減少して卵子は劣化していった。そして同時に、いつしか人類は家族という組織をあまり作らなくなり、出産は人工授精と人工子宮に任せるようになった。結局、人類は受精に至るまでの精子と卵子をほとんどの人が持ち辛くなる。そこで、アンドロイドを作る技術ができた。好きな年齢、好きな顔、他にも何でも好きなように作れる。ミーちゃんたちのことだよ。人工子宮から生まれたのは知ってるでしょ」

 頷く。縦に何度も首を振る。続きが気になる。

「その時の人類は仕事も家事も育児もみんな機械がしてくれていて人は働かなくても生活できた。バーチャルリアリティっていう好きな夢を自由に見せる技術ができて、恋愛や友情は陳腐化した。でも、それで人類は満足しなかった。自分がそれをバーチャルって知ってたから。そこから世界は混沌を極めた。誰もが誰かを必要としない世界。誰もが承認欲を満たせなくなった。そして、奇抜で人の目を引く殺人、自殺、代理ミュンヒハウゼン症候群、その他にも様々な惨事が世界中で起こる。その時に用意されたのが竜。国家が討伐の仕事を与えて、人類は役割を得た。誰もが竜の狩人という地位を占有するマリオネットになることで世界は安定した。でもいつか竜を制御できなくなって、人は地下に都市を作った。そのうち人は寿命で死んで、数少ないオリジナルの人類は生まれてからすぐにバーチャル世界で生き、アンドロイドの為に精子と卵子を搾取される存在になった。竜は野放し。アンドロイドは寝ている人類を守るために竜の討伐」

 嘲笑うように口角を少し上げたまま視線を夜の虚空へと彷徨わせる。時間が静かに間延びして、ようやくアナちゃんは口を開いた。

「くだらないでしょ、人類って。そんな人類が作った世界、それを継ぐ私たちの遺伝子。何の輝きもない。それでも、ミーは旅をしたい?」

 答えは決まってる。二つ返事。

「もちろん」

「やっぱりおかしい。普通そんなアンドロイドなんていない。普通は竜を討伐することで精神を安定させてる。なのに、ミーは、旅が好きなんて。プログラムを逸脱してる」

 本当に可笑しそうに、肩を上下させて笑いを堪えるアナちゃん。凛然とした初対面の印象と違っている感はあるけど、こっちの方が似合ってるし、何よりも楽しそうで、わたしもよくわからないけど笑えてくる。そのうちアナちゃんが笑い過ぎで噎せて、恥ずかしそうにわたしを一瞥してから、足元の瓦礫をひと蹴り。

 また静かになったそのタイミングで、わたしはコレクションしている世界の写真を見てもらおうと場所を移動した。

 わたしはアナちゃんにコレクション見てもらって、その中には彼女が実際に見たことのあるものもあって、そこからまた話が膨らむ。

 ベッドに就いた頃にはいつもより遅い就寝時間になっていた。ベッドは一つしかないから二人で一つ。そこでも、たくさん話をしてもらって、尽きない話の底は見えないまま寝ることになった。話の終わりに「私の旅についてくるか考えといて。私、明日にはここを出るから」って言われて、それ寝る前に言う? と心の中で食い気味に突っ込みながら、それを考えた。だから結局一睡もできなかった。考えたことは主に二つ。というかその二つについてしか考えてない。その二つっていうのは――

 なんでわたしは、アナちゃんにおかしいと言われたのか。

 アナちゃんは、どうしてそんなにこの世界に絶望してるのか。

 まず一つ目。これはそんなに難しくなかった。アナちゃんの話を反芻していたら何となく思いついた。つまり、わたしたちアンドロイドは仕事に従事するように作られていて、それ以外に何かを見出すことがない。それなのにわたしは旅に出たい。これはアンドロイドとしておかしい。そして、わたしたちアンドロイドはオリジナルの人類を模倣して作られてるから仕事に従事していないと殺人とか自殺とか、なんちゃら症候群を起こしちゃうのに、誰にも必要とされない旅をしたいだなんて、それはある意味で自殺願望。だからおかしい。まあ、でも、この問題はそれほど問題じゃない。だってそんなの実際に旅してみなきゃわかんない。それに何より、わたしは旅が大好きだし。というか、わたしの肩書が無駄に長いのってそのせい?

 二つ目の方は、難解を極めた。でもわかったら、なんだ、そういう事、ってあっけなく思えて、妙に腑に落ちた。わたしは聡明でなくてとんちんかんだけど、たぶん間違ってない。でもこれって確かめるにはアナちゃんに確認してみないといけないし、訊いても平然と答えてくれなさそう。

 とかなんとか考えてたら朝になっていた。添い寝するアナちゃんの静かな寝息が完全に聞こえなくなって、顔を横に向けると、眠気眼を辛うじで開いてるような、とろんとした目をしていた。

「決めた? ついてくるかどうか」

「ばっちり!」

 二人で支度をし終えて、わたしは最後にコレクションの中で一番お気に入りの写真を胸ポケットにしまった。

 全員が揃っている朝ご飯の時に、旅に出ることを伝える。二人とも優しく送り出してくれるようで、旅への扱いはKIAだけど「元気で」とか「また会いに来てね」とか言ってくれた。

 アナちゃんと二人で図書館を出発する。図書館の入り口は崖になっていて、大きな亀裂が右から左に数百メートル先まで走ってるから、太陽が中天に来る頃になると、日光のブラインドがミルフィーユ状になった向かいの建物との間に下りて綺麗なんだけど、朝は残念ながら暗いだけでほとんど向かいの建物も見えない。

 ちょっとだけこの景色に名残惜しさを感じながら、崖の縁を歩いていたら、小さな石につまずいた。べたんと派手に倒れて、結構痛い。なんだか幸先悪いかも。

「大丈夫?」

 アナちゃんが手を差し伸べてくれる。優しい。そして優しいと思ったその時に夜中考えていたことが頭の中を過る。

 アナちゃんは、誰もが誰も必要としない世界のことを話した。そこでは承認されることにみんなが必死になる。なら、アナちゃんはどうなんだろう。アナちゃんは誰かから承認されてるんだろうか。承認してもらうために、わたしを旅に誘ったと考えるのはどうだろう。そう考えれば、アナちゃんがこの世界に絶望している理由は説明できる。彼女の遺伝子にも世界を壊した人類と同じ承認欲求があって、それに嘆いて絶望してる。嫌で嫌で仕方ないのに誰かを求めちゃって仕方ない。

 まあ、この推測が正しいのかどうかはこれから徐々にアナちゃんを知っていけばいい。そんなに気にすることもないよね。

 手を掴んで起こしてもらう。

「ありがと」

 アナちゃんは隠すように少し笑って、歩き出した。


読んでくださりありがとうございます。

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