第6章 リターン・オーバーロード 〔道を辿りて原点回帰〕
対人戦など、やったことない。
だが、この際経験など必要ない。
見切って、倒す。この動作は変わらないのだから。
周囲のざわつきを背にし、剣を構えてカーオルのもとへ走り出す。
「ぉぉらああああっ」
異能は、解放したまま。
そのまま、勢いを剣に乗せて斬る。
だがカーオルは、それをいとも簡単に防いでみせる。
「!っこいつ────」
俺が異能を解放すれば、常人はおろか、大半の戦闘経験者でも俺の速さについてこれない。だが、こいつは簡単に俺の───
「お前、その異能……」
「ん?ただ、重力操作をしただけだが?」
口調は、もうすっかり素が出ている。
重力操作。その名の通り、自分や自分の触れているものにかかっている重力を、大きさ・向き共に自由に変えることができる。
そのため、このようなありえない速さも実現することができるのだが───
そのためには、重力操作をものすごい速さで行わなければならない。
つまりこいつは、相当な実力者なわけだ。
───関係ないさ。
倒すためには、ただひたすら斬撃を打ち込むのみ。
「ぉぉおらぁっ」
さらに、もう一撃。
だがやはりカーオルはかわす。
俺はそこに追撃を加える。
しかしその瞬間、カーオルの右手が閃く。
俺にも察知できない速さで剣を逆手に持ち、盾に構えて防いだ。
「なんて速さ……!」
だが怯むものか、後ろに飛び退き刺突。
かわされる。
斬撃。
かわされる。
「いやいや、まさか"無敵の独剣"が、たったこれだけとはな。お前も弱いもんだな」
「うるさい。それよりも、どうやって俺のことを調べた?まさか、あのクエストの───」
「重力」
「は?」
「重力だよ、重力」
「答えになってないんだ………」
剣を真上に。
「よ!!」
思い切り振り下ろす。
その衝撃は、さっきまでとは比べものにならない、ガギィィィィンという音がした。
ちっ、通らねぇか。
「あぁ、それで結構。元より答えにするつもりなんてないからな」
「それなら、吐かせるまでだ」
俺は、再び駆け出した。
右上から左下へ、
そこから真上へ、
さらに膝蹴り、
刺突。
どれもが、かわされる。
さすがに一撃も当たらないと、俺とて焦る。
「クソが……」
───当たらないなら、当てるまで。
「リミット・オーバーブレイク」
異能を、さらに強化する。
第二段階、解放。
ここで俺の強化率は何十倍にも跳ね上がる。
その速さ、およそマッハ45。
それが、1秒におよそ15000回の斬撃を生み出す。
「な、なんなの……?」
わたしは、起きていることがわからずただ呆然としていた。
さっきの正体明かしにしてもそうだが、いくらなんでも急展開すぎる。
わたしたちのギルドにレインはいるかと叫ばれてから、約5分。
この間に、一体何があったのか。
わたしは、ざわつくギルドメンバーたちにレインについてのことを説明しながら、それについて考えていた。
今この瞬間にも、レインとカーオルと名乗る男は激闘を繰り広げている。だが、カーオルはともかくレインが戦う理由がわからない。正体をバラされたからといってそれが戦う理由にはならないし、じゃあ他に何がわけがあるのかといわれても何も見当たらない。
そりゃ無関係で初対面の人たちに怒鳴られたり詰め寄られたりされたら怒るだろうけど、ならばなぜカーオルへの攻撃につながるのか。
レインとは昨日初めて会ったばかりだが、それでも八つ当たりをしたりするような人ではない。それは分かりきっていることだ。
しかし、この音速レベル、いやそれすら凌駕している戦いに加勢することはできない。ならば、今わたしたちができることは何か。
それを、探す。
それがわたしの戦い。
異能で肉体を強化しているとて、そう長くは保たない。
この速さに肉体が慣れているのが俺だけなのが救いだが、その俺がダウンしてしまったらもうそこで終わりだ。
こっちがギアを上げたらカーオルはそれを追いかけてくる。
速い攻撃を加えてもかわされ、フェイントや格闘を使っても防がれる。
俺が今立っていられるのも、こいつが攻撃してこないからであって、もし仮に───
……攻撃してこない?
なぜだ。
ここまで煽ったのだから、戦意があるとみられても十分納得できる。
それに、自分から攻撃しに来たのだから、 俺を殺す、もしくは生け捕りにするなど何かしら手を打つはずだ。
俺を疲労させて捕まえる、などといった戦法がとられているとも思えない。まず俺の体力がカーオルを上回っている可能性もあるし、第一こいつにその気がみられないからだ。
俺は、自分が戦う理由を十分に理解している。
だがこいつが攻撃してこない理由など───
カマをかけてみるか。
「おい」
「……なんだ?」
「───死ね」
「はっ、そんなこと───」
「どうせ無抵抗なんだろ?」
カーオルの動きが一瞬、止まった。
「無抵抗?違うな。現にオレは今、こうやって戦っているじゃないか」
「かわすのと、防ぐのを『戦っている』と?」
さすがにこれには、カーオルも気を悪くしたらしい。
「はん、やっぱり腐っても"無敵の独剣"か。察しがいいようだな」
「察しがいい?笑わせるな、俺はここまで気づけなかったんだ」
「で、なんだ?だからって、殺しの手を止めてくれるわけでもあるまい?」
「当然だ」
そんなやりとりの間にも、剣戟は続く。
キィン、キィン。
ただ、剣と剣がぶつかり合う音が木霊するのみ。
「まあ、そりゃそうだよな。んで、なんだ?お望みとあらば、地獄の果てまででも付き合ってやるが──」
「そんな暇はない」
俺は、何も持っていない左手を、地面に向かって振り下ろした。
ドゴオオォォォン、
地面が大きく割れ、地下水が噴き出した。
「俺が知りたいのはただ一つ───、」
踏み込んで、
「お前がなぜ俺のことを知っているのか、だ!!」
斬る!
何百何千回と行ってきた鍔迫り合い。
お互い、一歩も引かない。
もし俺がここで剣に加えている力を抜けば、カーオルの剣は俺に直撃するだろう。そうすれば、こいつも俺を攻撃したことになる。
だがそれをしたところで、なんの意味もあるまい。
ただ、打ち勝って、全て吐かせるのみ。
俺はさらに一歩踏み込み、強引にカーオルの剣を押し切った。
「うらぁぁっ!」
カーオルの体が、ガラ空きになる。
俺は、その隙を見逃さない。
「そこだっ!」
左方からの、返し斬り。
続けて斬り上げ、斬りおろし。
音速の世界では、わずかな隙でも致命的になる。
俺はそれを知っていたため、四撃目を加えようとした。
そして、その剣がカーオルに触れる瞬間───
ガギィィィィン!
弾き返された。
「なっ……!」
「うグはっ………おいおい、オレの異能を忘れたのか?重力操作。オレに触れてりゃ、剣の重力さえも操作できるんだよ」
カーオルは、血反吐を吐きながら言った。
そんなことが。
……だが、驚いている暇はない。
俺は、攻撃の手を止めない。
「そおらぁぁぁぁっ!」
さらに、攻撃スピードを上げる。
「……おい、ナミリ」
それは、唐突だった。
「お前、アルト───もとい、レインのパーティメンバーだったよな?」
「……そうですけど」
「なら、試させろ」
そう言って、サブギルドリーダー、ドルクは剣を抜いた。
「な……何を……」
「決闘だ」
「決闘……!?」
「レインをうちのギルドに入れるのが正しかったのか、その審理だ」
「し、審理……」
審理も何も、わたしもまだ昨日初めて会ったばかりだ。戦闘もまだ二回しかしてないし、レインのことをよく知らない。
しかもこの状況を理解できていない中、決闘。
サブギルドリーダーと。
「っ…………!」
正直、戦う価値があるとは思えない。
出会って二日の人のために、命を張ってまで───、
………訂正しよう、出会って二日のパーティメンバーだ。
知らず知らずのうちにわたしは、弓を手に取っていた。
「……っ!」
「了解だ」
そう言って、ドルクは剣を構えた。
……………!!
わたしの本当の戦いが、始まった。
「グレア……?」
「……ああ、すまない」
俺は、起きていることが全く理解できなかった。
確かに、未開の書とやらはレインにとって大切なものだろうし、カーオルにいろいろ吐かせる必要もある。
だが、どれもいまいち一番の理由だとは思えないのだ。
何ゆえ、レインは戦う───?
そして、何ゆえカーオルは嗤う───?
右から斬る。
カーオルはそれを防ぎ、一歩後ろへ飛び退く。
なぜ、攻撃しない?
そろそろ俺の体力は限界に近づいているが、それをカーオルは見抜いているかわからない。
さすがに、埒があかない。
「──未開の書」
「……ああ、この本のことか」
「なぜお前が持っている」
「なぜ?さあね」
「なら力ずくで奪う」
その瞬間、カーオルの目つきが変わった。
双眸が、顔が、そして剣が、著しく悍ましくなった。
「!!これを───奪う気か!!」
カーオルは、俺に飛びかかってきた。
「!」
どうやら俺は、カーオルを誘うことに成功したらしい。
俺は、眼前にあった斬撃をどうにか防ぐ。
「ようやく……攻撃するようになったな」
「なんとしても……この未開の書だけは奪わせん!」
「未開の書───そんなに、大事なものか?俺が言うのもなんだが」
「?……お前まさか、これの重要性を知らないのか?」
重要性?
なんだそれ。
「知らねーな。関係ないさ、俺はそれを奪えばいいだけだ」
カーオルが、斬りかかってくる。
俺はそれを左に避ける。
カーオルは体をひねり、追撃。
剣で防ぐ。
「それで、この本を奪おうとはな。……まあいずれ気づくさ、この本の秘密に」
「まああの本がタダモノじゃないのはわかった。だが……」
「いや、気づかせない。オレが、ここでお前を殺すからな」
「ずいぶんと物騒なこと言ってくれるぜ」
青白い雷が、さらにその激しさを増す。
俺は、袈裟斬りをお見舞いしてやる。
「ぬぐっ──!」
宙を、鮮血が舞う。
螺旋状に。
「……」
「何て?」
「リミットオーバーブレイク」
なっ……!?
こいつまで、異能の第二段階を使えたのか!?
「さあ、続きだ」
カーオルの傷口は、重力によって塞がれている。
ようやく、スタートラインに立ったというわけか───
戦う。
弓対剣。
それは、見てわかる通り弓が圧倒的に不利だ。
わたしは何発も矢を放っているけれど、どれ一つドルクの体に命中らない。
対してドルクの攻撃は、かすりではあるが何度か当たっている。
その少しのかすり傷でも、痛みでも、異能は狂う。
「っ……当たらないっ!」
基本的に、ドルクの間合いに入ってしまったら負けなのでわたしは常に距離を置くよう心がけている。
対してドルクは、逆に間合いに入れられなければ負けなので、いくらわたしが突き放しても距離を詰めてくる。
このままじゃジリ貧だ────!
だが、何も策がない。
わたしは、後ろに飛び距離をとる。
それと同時に、矢を三方向に放つ。
ドルクはそのうちの一本を、剣で弾く。
距離を詰めてくる。
これじゃあ、ただわたしが逃げ回っているだけだ。
戦いはどこへ行った。
───そもそも、なんでわたしは戦っている?
決闘を受けなければ、もう少しマシな方向に進んだのでは?
「……っ」
もしもわたしが決闘を受けていなければ、レインを引き換えにわたしとグレアはこと済んでいたのではなかろうか。
「んあっ!」
胴を、思い切り切り裂かれた。
傷が、深い。
なんで……、
なんでわたしは、
戦っているのだろう───?
「らあああっ」
「そおらああっ」
互いに、一歩も退かない。
「未開の書……取り返す!」
「未開の書……奪わせん!」
こうなってはもはや、戦いの目的か未開の書になっているような気がする。
もちろんカーオルはそうなのだろうが、俺は違う。
もっと、大事な理由だ。
未開の書よりも、大事な理由だ。
それなのに。
それなのに───!
(しまった───)
俺は、斬撃を一発、防ぎ漏らした。
「んぐあああああぁぁぁっ」
血が、物凄い勢いで噴き出す。
我ながら、すごい血の量だ。
───痛い。
「おいおいどうした、もう終わりか!……まあ、それが一番いいんだがな」
くそっ……!
こんなところで、死ぬわけには……!
────光よ導きて、此処に道を照らすべし。いざ参れ、紅く儚く────
未開の書の、一節。
なぜ、今───?
「光………て、此…………を照ら…………‥、…く、…‥く………」
ありえないことが起きた。
カーオルの剣が眼前に迫る。
あと50センチ。
「リミット……」
40センチ。
「ブレイク……」
30センチ。
「オー……」
20センチ。
「バー……」
10センチ。
「ロード!!!」
青白い雷は、赤く。
体の傷は蒼く。
───これが、俺の道───
すべての円環はここに。
回帰し、力へと。
「なっ……、第三段階!?」
雷だけで、カーオルの剣を吹き飛ばした。
「……フィナーレだ」
初速から、マッハ190が出た。
「……は?」
斬った。
その刹那、カーオルの体から血が噴き出した。
───斬った。
俺すらも、未だ、何が起こったのか、理解できていない。
───!
剣の間合いに入ったところで、なぜ負ける?
「な、なにこれ……!?」
わたしの頭の中に、ふと思い浮かんだ。
剣の間合いに、自ら入る?
───確かにそうしないと、勝てないかもね。
わたしは笑みをこぼし、弓を手に取り、地を蹴った。
「……まだやれるか、さすがはレインのパーティメンバーか」
「訂正して」
「?」
「レインは、わたしたちの仲間よ」
大して絆も深くないし、出会って二日の仲だ。でも、パーティメンバーならば、仲間だろう。
わたしは、一気に距離を詰める。
「バカな、自ら俺の剣の間合いに───!?」
「やぁ!」
5連発。
ドルクの体の横を駆け抜け、さらに10連発。
合計15連発の矢が、わたしの異能をもってして、正確にドルクを狙う。
「あがぁぁぁっ!」
そのうちの七発が、ドルクにヒットする。
「やあっと、命中った……」
決闘は、わたしの勝利で幕を下ろした。
俺が戦った理由。
それは、パーティメンバーのナミリとグレアのためだ。