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魔王の育て方  作者: ヒライチカ
一章
7/39

第六話



 村の人たちが寝静まった夜。

 森の入口で木剣を振う。

 一応、敵意を持った相手が近づいたら反応する結界魔法は掛けておいた。音が響くことがないよう防音障壁、魔法が外へ出ないように魔法障壁も忘れないように掛けておく。


「今日はコイツかな」


 仮想訓練の相手を思い浮かべ、魔力を土へ通す。

 触れた土が意思のある粘土のように蠢くと、徐々に膨れ上がり俺の体より二回りくらい大きな人型になった。

 今日の相手は魔王軍の幹部だったリザードマン。

 リザードマンは身の丈ほどの斧を振り上げるとこちらへ目掛けて振り下ろす。俺は後ろへ跳び躱し、脳内で魔法の一節を唱えフレイムアローを放つ。

 一直線と走る火の矢。それを、

 リザードマンは持っていた斧を横に薙ぎ払い掻き消した。


「……マジかよ」


 多少制御しているとはいえ、そう簡単に消せるものじゃないと思うんだけど。

 戸惑っている俺を余所にリザードマンが突進してくる。


「チィっ!」


 反応が遅れた俺は地面に手を当て、魔力を流し土の壁を作る。リザードマンの突進の妨害をしたのち、体制を整えようと距離を取った。

 しかし、その判断は間違ったようでリザードマンは妨害の土の壁を気に留めることなく速度を上げたまま突進し破壊する。妨害がなくなったリザードマンは再度持っていた斧を構えた。

 叩き割るように振り下ろされる斧。

 両手を使って剣の腹で受け止める。


「ぐっ!」


 体格差ゆえに力で敵うはずなく、抑えている剣が徐々に眼前に迫ってくる。

 近くで見て分かったが、木剣に亀裂が走っていた。

 この野郎。

 力だけでゴリ押しするつもりか!

 そう思った時、目の前の土でできたリザードマンが……笑ったような気がした。まるで小馬鹿にするように。


「ふ、ざけんなあっ!」


 持っていた木剣に魔力を込める。

 木剣は魔力に反応するように、紫色の光を放つと剣の周りに膜を張る。

 リザードマンも危険を感じたのか、無理にでも俺を押し潰そうしてきた。

 冷静になれ。

 俺は力を込める。リザードマンは力勝負に出たと思ったようで、全身の体重を乗せるように重心を俺に寄せてきた。

 そこで、左腕の力を抜く。抵抗のなくなった斧が剣をなぞるように滑っていく。左半身を引き、振り下ろされる斧をスレスレで回避し、体を捻って右手の剣でリザードマンの首を刎ねた。

 役目を終えたリザードマンの体が崩れ始め、粘土状に溶けて土へ還っていく。それに合わせるように、握っていた木剣は魔力に耐え切れず塵となって風に舞い散った。

 …………。

 危なかった。

 自分の状態を確認するための訓練。身体能力は問題なさそうだったが、魔法能力がやはり不安定のようだ。

 想定外の危機に、未だに心臓がバクバク鳴っている。

 落ち着かせるために一呼吸したところで、村の方に人の気配。

 動きもなく、こちらの様子を伺うように木の影に隠れている。


「そ――」


 そこにいるのは誰だ、と言おうとして止まった。

 あれ、もしかして。

 これは『死ぬ前に言ってみたいセリフベスト10』の『いるんだろ? 出てこいよ』が言えるチャンスなんじゃないのか? ちなみに一位は『余の顔を見忘れたか?』。

 今しかない。 

 よ、よし!

 言うぞ!

 なんか緊張してきた。


「い、いりゅんっ」

「――師匠」


 噛んじゃった。

 恥ずかしい!

 それに相手出てきちゃったよ!

 木の影から現れたのはアイリだった。

 昼間の恰好とは違いピンクの可愛らしい寝間着姿で、女性というより少女という印象を受ける。

 き、聞かれてないよね?


「いりゅんって何ですか?」

「聞かれちゃった!」


 駄目でした。

 滅茶苦茶恥ずかしい。

 顔が火照っているのが分かる。


「……アイリはどうしてこんなところに?」


 とりあえず、誤魔化すように話を振った。


「えへへ、実は師匠が心配になっちゃいまして。村長さんの家に向かおうとしたんです」

「俺の心配?」

「はい。ちゃんと好き嫌いせずにご飯は食べたのかな、とか。寝る時ちゃんとお腹に布団を掛けているのかなって」

「お前は俺の母親か!」


 心配してくれるのはありがたいが、流石に俺はそこまで子供じゃない。

 ……好き嫌いはあるけど。


「向かっている途中で、タイミング良く師匠の姿が見えたんで、こっそりと付いて来ちゃいました」


 はにかみながら申し訳なさそうに言うアイリ。

 ということは、訓練を見られていたということか。

 困ることはないが、もしかしたら失望させてしまったかもしれない。


「ま、俺の実力はこんなものだ」


 肩を竦めて言う。

 勇者と戦う前はどうだったか、とか。

 本当はもっと強かった、なんて言うつもりはない。

 今は、これが自分の等身大なのだから。


「師匠は本当に凄いです!」

「アイリ?」


 俺の想像していた反応とは違う様子のアイリ。

 なんかもっとこう「師匠の実力ってこんなものだったんですね、スラちゃんの方が強そうです」的なことを言われるものだと。


「色々凄いことがあり過ぎて何を言っていいのか分からないんですが!」

 

 少し鼻息を荒くして詰め寄ってくるアイリ。


「お、落ち着け」

「……すみません」


 我に返ったアイリが少し顔を赤くする。


「立っているのも何だし、とりあえず座ろうか」

「はい」


 俺は地面に手を置き、頭の中でイメージした長椅子を生成する。

 その光景を見たアイリは何故か驚いていた。


「師匠は大魔法使いなんですか?」

「魔法は得意な方だったけど、そこまでの実力じゃないよ」


 俺より凄い魔法使いは何人もいた。

 それに、あの頃より弱くなってしまったし。


「でも戦っている時の攻撃魔法といい、今の魔法といい、呪文を口にしていなかったですよ」

「呪文なんて要らないだろ」


 呪文や魔法陣は術者の魔法力の補助に使われる。

 高度な魔法ほど、呪文は何節も重ねないといけないし、魔法陣は書き込む内容が増えていく。

 反対に簡単な魔法には魔法陣なんて必要ないし、術者の力量が高ければ呪文すら不必要となる。


「え? え?」

「ん?」


 何か変なこと言ったか?

 いつまでも立っているアイリに座るよう手で促す。アイリは小さく頷いて俺の隣に座った。

 良かった。

 距離を開けるように長椅子の端に座られたらどうしようかと。


「呪文は要らない?」

「ああ、これくらいの魔法なら」

「魔法は呪文を紡いで行使するんじゃないんですか」

「呪文自体には魔法を発動させる力はないぞ」

「あれ、でも」


 首を傾げるアイリ。


「言葉は『言の葉』というもので、その意味を口にすることで魔法を行使するとものだって」

「……それは精霊術の方だな」


 自分以外の魔力を用いて魔法を行使する術。大気のマナや生物のマナの余剰分を使うため、たしかに自分の許容量を超えた魔法を展開することはできるが、その反面術式は複雑になってしまう。

 簡単に言えば『お願い』に近い。

 モンスターを使役するテイムと呼ばれる術もこれにあたる。


「へえ、師匠は物知りなんですね」

「この辺は魔法学の基礎だぞ」

「す、すみません。一人で勉強していたもので」

「一人で?」

「はい。お父さんもお母さんも私に魔法を教えてくれませんでした。多分、魔法が使えなかったんだと思います。だから村長さんの家にあった古い本などをこっそり見て勉強していました。それでも魔法はからっきしですけど」


 あはは、と恥ずかしそうに笑うアイリ。

 それなら仕方ないか。

 魔法は生活する上で必要不可欠というわけではない。

 火が必要なら薪をくべて火を起こせばいい。

 水が必要なら川から汲んでくればいい。

 魔法はあれば便利くらいなもの。

 勿論、戦争においては必須であるが。


「でもアイリは治癒魔法が使えるんだろ?」


 治癒魔法は他の魔法に比べて、難易度が少し上がる。

 攻撃魔法のための火や水などは、魔力を体外へ形として生成すればいい。

 しかし、治癒は魔力を他人の体へと流すものである。自己治療の場合は問題ないのだが、治療の魔力とその人本人の魔力と反発してしまう可能性があるため、治癒魔法には才能というものが必要となる。


「治癒魔法が使えるのは良かったと思います。私の目標のためには必要でしたから」

「目標」


 アイリの目標。

 それは魔王になること。


「アイリは魔王になりたいんだよな?」

「はい」

「この世界が嫌いだから」


 壊してしまおう、と。

 俺はアイリの境遇を知ってしまった。

 もし、アイリが世界を壊すために俺から学びたいと言われたら、俺はどうするのだろう?

 復讐が悪いことだと思わない。

 必要だとさえ思う時もある。

 肝心なのは復讐が終わった後だ。

 彼女は一体何を失い、何が残るのだろうか。


「アイリ」

「何ですか?」


 隣に座るアイリを見据えて言う。


「俺と一緒にこの村を出ないか?」


今日はここまでです

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