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魔王の育て方  作者: ヒライチカ
一章
6/39

第五話

少し短いですが



 村の長ということもあり、ソソの家は他の家に比べて一回りほど大きかった。

 俺はソソに渡された皮製のズボンと袖なしの黒いシャツを着て、居間でくつろいでいた。囲炉裏の火がパチパチと音を立てて揺れている。


「大きさは良さそうだね」


 ソソがお盆を持って現れる。

 お盆の上に湯呑が二つ。


「悪い、丈夫そうな服を借りてしまって」

「いいさ。もう着る人間なんていないし」


 そう言ってソソは俺の隣に湯呑を置き、俺と向かい合うように座る。

 息子とか言っていたな。

 いないということは村を出て行ってしまったのか。

 もしくは……。


「お前さんの想像通り、息子は村の決起に参加して殺されちまったよ。この村の未来のためだとよく言っていた。まったく馬鹿な子だよ、親より先に死ぬなんて。それ以上にない親不孝だっていうのに」


 様々な感情が混ざったような笑み。

 呆れ、悲しみ、怒り……そして村のために立ち上がろうとした誇り。


「息子は昔冒険者稼業もやっていた。村の蓄えを少しでも増やそうとしてな。それはその時使っていた服さ。お前さんにやろう」

「でも、大切なものなんじゃ」

「阿呆か。息子の思い出の品なんぞいくらでもある。だけど、そんなモン持っていても、盗賊共に奪われるかゴミくらいにしかならんよ」


 本心か俺に気を遣っているのかは分からない。

 俺は言葉に出さず、感謝の意を込めて小さく頭を下げた。


「そろそろ本題に入るとしよう」


 ソソが俺を見据える。

 服を渡すくらいならアイリの家でも構わなかったはず。半ば無理やりこの家に招いたのは、俺に用があるということくらいは理解していた。


「お前さん、アイリのことどう思う」

「えっ!?」


 こ、これって。

 もしかして――コイバナってやつ?

 まじか!

 ついに俺もコイバナをする機会が!

 五百年前の仲間ともそれっぽい話があったけど、いつも『ディランさんは女性の知り合いなんていないし、女性のこと知らないから、話を振っても無駄ですよね』と馬鹿にされて、聞かれることはなかった。

 まあ、いないし知らないから話を振られても困っちゃうけど。

 ……でも、初めての相手が老婆かあ。

 相手に少し不満はあるけど、ちょっと嬉しいかも。

 アイリでしょ。外見は間違いなく可愛いと言える。胸がそんなにないのが残念だけど、まだ可能性はあるんじゃないのかな。見ず知らずの俺に対しても、明るい笑顔を向けてくれるし、女性に免疫がない俺が思わず勘違いしそうになっちゃうくらいちゃんと目を見て話してくれるし。

 などと、考えていると、


「何を考えてるのか分からんが、どうでも良さそうなことを考えてるつらだね」


 盛大に溜息を吐くソソ。


「冗談はそれくらいにしておきな。私はお前さんがアイリについて知りたいことがあると思ったから尋ねただけさ」

「あ、ああ」


 そういうことか。

 早く言ってくれ。

 照れながら「……か、可愛いよね」って言いそうになったぞ。


「アイリは何故魔王になりたがる?」

「まだあの子はそんなこと言ってるのかい」


 呆れた風にソソがまた溜息を吐く。

 あまり溜息吐くと幸せ逃げるぞ。


「あの子が魔王になりたいって言い出したのは、あの子の両親が殺された後のことだ。それから一人で森に入ったり、護身用の武器を持ち出したりしているみたいだね。厄介者のあの子が、変なことを言うもんだから誰もあの子に関わろうとしない」


 ソソはお茶を一口飲む。

 あの広場。

 アイリはこう言っていた。

 『私は……この世界は嫌いです』と。

 両親が殺されて、村の人たちから厄介者扱いを受けているアイリ。

 だから、アイリは壊したいのかもしれない。

 彼女に優しくないこの世界を。

 そう思ってしまえば、意外と単純な理由であり、妥当な理由であった。


「そういえば、どうしてアイリだけが厄介者と扱われている? 決起に参加したのは何人もいただろ。アイリの両親だけじゃなかったはず」

「あの子の両親が首謀者ということになっている」

「なっている?」

「盗賊共がそう言っていたそうだ。本当のことは私にも分からん。だけど、それで十分だったんだよ。村の連中に必要だったのは真実じゃなくて憤りを向ける弱者さ」


 一口お茶を飲む。

 苦味が舌を、熱さが喉を刺激する。


「私もあの子に目をやっているが、いつ村の連中があの子に危害を加えるのか分からん。お前さんのように夜這いをしでかすヤツもいるかもしれん」

「……いや、俺は夜這いじゃないぞ」


 下着一枚だっただけだ。

 そんな度胸はない。


「お前さん、これからどうするつもりだい?」

「どうするって?」

「いくら身ぐるみを剥がされていたとはいえ、お前さんは他の貴族や騎士とはどこか違うように思える。ならば旅の者か。旅の者ならいつまでのこんな辺鄙な村にいるつもりではあるまい」

「……ああ」


 それもそうだ。

 俺はこの村の住人ではない。

 数日のうちに村を発つつもりだ。

 当面の目標はこの大陸の王都へ向かい、別の大陸へ渡る手段を得ること。そして最終的にルークスフォン大陸を目指そうと思っている。

 ソソは座ったまま少し後方へ下がる。

 そして、ゆっくりと頭を下げた。


「お前さん――いや、ディラン・ルークス殿。どうか、どうかアイリを連れてやってください」

「ち、ちょっと!?」

「この村は滅びゆく運命だ。これも自然の摂理だと村の連中も受け入れている。だけど、このままアイリを一緒に巻き込むのは忍びない。あの子は何も悪くないのに」

「頭を上げてください」


 俺の言葉にソソは顔を上げる。

 その瞳に微かな涙を浮かべていた。

 それほどまでにアイリを想っているということか。


「あの子は優しい子だ。他の者に心配をかけまいと決して自分の弱音を吐かない。両親が死んだ後も周囲へは必死に笑顔を見せて、一人で隠れて泣いていた。そんな子だ。老婆心ながらアイリには幸せになってほしいと願ってしまう」

「……分かりました。一度アイリに聞いてみます。だけど、一緒に行くかどうかを決めるのはアイリです」

「ありがとう」


 再度、ソソは小さく頭を下げた。

 


続きは明日になります

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