第四話
本日二つ目。
アイリに案内されたのは小さな村だった。
小さな村といっても俺の記憶にある『村』という感じではなく、五百年前に比べてそれぞれの家の作りもしっかりしていた。
すれ違う村人はこちらをチラリと見るだけで、まるで関わりたくないと視線を逸らしていた。
まあ、当然だ。
村の女の子の後ろに下着一枚の男が歩いているのだから。
怪しい男にしか見えない。
俺だったらすぐに騎士を呼びつけるね!
…………。
呼ばれてないよね?
「師匠だけのせいではないですよ」
「ん?」
前を歩いていたアイリが振り返らず言う。
「私、この村では厄介者なんです」
「アイリが?」
「この村の人たちに元気がないのは分かりますか?」
「……ああ」
それは村に入った時に感じた違和感。
どんな小さな集落でも人が集まれば、自然と活気は生まれるもの。
しかし、この村にはそれが感じられなかった。
何かに追われているというか、恐怖感に駆られているというか。
「この村は盗賊に怯えているんです。この周辺を根城にしていて、村を襲わない代わりに、お金と食糧を要求されていまして」
「何故、騎士に助けを求めない」
王国に仕える騎士に依頼すれば、盗賊を捕らえに来てくれると思うが。
「何度か助けを呼んでみたんですけどね。こんな外れの村では騎士が駆けつけるまでに、盗賊たちは逃げてしまうんです。それに収めている税も小さい村ですからあまり多くないので、この村のことは優先されないんですよ」
騎士とて人だ。
そして限りがある。
いつまでも小さな村に滞在させ、戦力を分断させるわけにもいかないのだろう。
「……それで、何故アイリが厄介者なんだ?」
「お父さんとお母さんが盗賊に抵抗したためなんです」
アイリの家族は村のために立ち上がろうとしたと言う。
村の戦える者を集め、武器を蓄え、ひそかに盗賊相手に決起した。
盗賊が金や食料を要求する日。その日に身を潜め、背後から襲い、盗賊たちを倒す予定だった。
しかし、いつもなら盗賊の集団が村に来るはずなのに、その日に限って村に盗賊が現れることはなかった。
不思議に思っていた彼らは、気が付けば盗賊たちに囲まれてしまっていた。
「たぶん村の人の誰かが報復を恐れて情報を伝えてしまったんだと思います。決起に参加した人たちは殺されて、村には更なる要求を加えられるようになりました」
「殺された……」
つまり。
アイリの両親は。
「あの日、お父さんもお母さんも私を置いて行っちゃいました。私には力がないから。もっと私に戦う力があれば、お父さんとお母さんと一緒だったのかな、ってふと思っちゃう時があるんです」
「それは――!」
「師匠、ここが私の家です。碌なおもてなしできませんが、どうぞ」
村の中の一軒の前でアイリが振り返る。
そこにあるのはいつもの笑顔。
まるで、この話はここまでだ、と打ち切るように。
アイリがそうするなら、俺には何も言うことはできなかった。
アイリは「ただいま」と言って、うす暗い家に入り、玄関付近にあったランプのボタンを押す。すると、火の仄かな灯りが部屋をほんのりと照らし出した。
……もしかして。
これ魔導ランプか!
ライティン王国の魔導開発部が実験していて、実物は王宮の中にしかないという噂は聞いたことはあったが。初めて見た!
「どうしたんですか、ランプを見つめて」
「いや……こういったランプってどこの家にでもあるのか?」
「? 当たり前じゃないですか」
不思議そうに首を傾げるアイリ。
当たり前なのか。
凄いな、羨ましい。
俺がいた時代では、いちいち魔法で燃料に火を灯していた。無駄に広い城だったので、本当に面倒だった。
「ちょっと見てもいいか?」
「安物ですけど、どうぞ……それじゃあ私、師匠の服になりそうなもの探してますね」
「すまない」
奥へと向かうアイリにお礼を言って、魔導ランプを手に取る。
どうなってるんだ、これ。
このボタンが魔力の切り替えをしているのは分かるんだけど……なるほど、小規模な魔法陣を展開しているのか。このボタンを押しこむことで描かれている魔法陣が正しく作動し、完成と未完成で切り替えると。じゃあ、火力の調整は……。
など、と。
魔導ランプを調べていると、家の扉がノックされた。
「アイリ、入るよ」
そう言って入ってきたのは、一人の老婆。
アイリと同じほどの身長で、長い白髪を後ろで結わえ、年齢と同じほど重ねたであろう顔の皺は柔和な印象を与えていた。
老婆と目が合う。
沈黙のまま固まる二人。
気まずい。
先ほどの台詞からアイリと知り合い、もとい村の人だろう。
対して玄関先に下着一枚で立っている村の外から来た男。
どちらが不自然と問われれば。
それは間違いなく男の方!
「……夜這いかね」
「違う!」
そう捉えられてもおかしくない格好をしているが。
「ん? お前さん」
「すみません、師匠。お父さんのじゃあ少し大きそう――って、村長さん!?」
「おお、アイリかい。お邪魔してるよ」
そう言って村長が微笑む。
「村長、この人は」
「村の者が噂しているよ。アイリが何か厄介事を起こすんじゃないか、とな。お前さんのことだったのかい」
村長が目尻に皺を蓄えた目で俺を見つめる。
内心を覗くような瞳。
やましい心を秘めた者なら、思わず逸らしてしまいそうになる真っ直ぐな目。
「まあ、こんな下着一枚の男を連れてきたら、厄介事かと思うかもな」
ワザとらしく肩を竦めて言う。
「突然のことで挨拶が遅れた。俺の名前はディラン・ルークス。身ぐるみを剥がされ、気を失っているところをアイリに助けられた」
改まった挨拶をしようかと思ったが、こんな格好なのだ、普段通りの口調で挨拶する。
俺の挨拶を聞いた村長は小さく溜息を吐いていた。
「普通は『アイリを助けた』、とかじゃないのかね」
まったく情けないね、と付け加える村長。
……すみません。
「私はこの村の長をしているソソだ」
そう言ってソソが右手を出し、握手をするために俺も右手を重ねた。
「それじゃあ、ちょっとこの子を借りていくよ」
重ねた右手をぐいっと引っ張られる。
意外と力が強い。
「村長さん!?」
「服を探してるんだろ。私の息子のなら大きさも丁度いいさ」
「でも」
「それにこんな身元の知らない男を一人暮らしの若い娘の家に入れておけないよ」
「私は別に構いませんけど」
アイリは真顔で不思議そうに首を傾げる。
……あー。
これは意味が分かってませんね。
もしも顔を赤らめて言った台詞だったら、俺に少しでも気があるのではないかと喜んだのに。
ソソがこれ見よがしに溜息を吐く。
「いつまでも子供のままじゃ困るというのに」
「もうっ! 私、成人の儀は終えましたよ」
「それが子供だって言うのさ。それに私の家ならこいつを泊める部屋もある。この家じゃ空いている部屋はないだろ?」
「それは、そうですけど」
ソソの言葉にアイリは俯いてしまう。
俺は野宿でも構わないんだが。
……でも。
これ以上、アイリを困らせるわけにはいかない。
「アイリ、俺はソソさんの家に行くよ。何かあったら来てくれ」
若い女の子の家と老婆の家。
どちらで泊まりたいかと聞かれれば、それは勿論、若い子の家だ。
声を大にして言いたい!
だけど、アイリはこの村の厄介者だという。
そんな中、素性の知らない男を泊めていることが知られると、また良からぬ噂でも立ってしまうかもしれない。
「……師匠が、そう言うのなら」
アイリは少し寂しそうに笑みを浮かべる。
「ほら、さっさと行くよ」
「わ、分かったから、引っ張らなくても」
老婆に引っ張られる下着一枚の男。
何とも情けない姿だった。
続きは明日になります。