表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の育て方  作者: ヒライチカ
一章
3/39

第二話


「は?」

「だ、か、ら、王国歴767年ですよ」


 子供に言い聞かせるように人差し指を立てて説明するアイリ。

 ちょっと待て。

 考えが追いつかない。


「じょ、冗談とか」

「……はっ! ここって冗談を言うところでしたか?」

「いや、言うところじゃない、かな」


 その反応は冗談ってことじゃないのか。

 ということは、元の世界でも、別の世界でもなく。

 未来の世界。


「大丈夫ですか?」

「だいじょばない、かも」


 五百年以上未来の世界って。

 ほとんど別の世界みたいなものじゃないか!


「えっと、怪我が痛むなら、治癒魔法を」

「きっとそれじゃあ治らない」


 だって、心が痛いのだもの。


「げ、元気出してください! きっと、何かいいことあります!」


 両手で握り拳を作って心配するアイリ。

 ……はあ。

 本当、何やってるんだろうな、俺は。

 何度この子に励まされるのだろう。


「お母さんも言ってました。『下を向いて過去を悩むより、上を向いて未来に悩みなさい』って」


 いや、その未来に来たから悩んでるんですけどね。


「だから」

「ありがとう。もう大丈夫だ」


 クヨクヨしても仕方ない。

 元より死ぬだけの未来だったのだから。


「取り返しのつかないのは命だけ、だったか」

「! はい、その通りです!」

「そうだな。これからのことを考えよう」

「その調子です」

「さて」


 人が生活するに必要なもの。

 衣食住。

 俺が最初に考えるべきものは。


「服どうしよう」


 下着一枚のこの格好。

 過ごしやすい気候で、今は昼だから大丈夫だが、夜になったら冷え込むかもしれない。

 お金もないし。

 動物でも狩って毛皮でも剥ぐか。

 そんなことを考えていると、


「んしょ」


 アイリが着ている服を脱ぎだした。


「わっ!」


 俺は慌てて体を反転させる。

 下着姿を見てしまった。

 女性の体、初めて見ちゃった!


「な、何してるんだ!」

「そのままだと、ディランさんが寒いかなって」

「だからって脱ぐな!」

「私の服じゃ小さいかもしれませんが、適当に切って縫えば何とか」

「お前はどうするんだ?」


 恥ずかしがっているのは俺だけ?

 もしかして、アイリは何とも思っていないのか。

 こんな男に見られても平気とか。


「わ、私は家に戻れば服がありますし」

「下着姿で村に帰るのか」

「そ、それは……でも、ディランさんが困っているし」

「俺は葉っぱにでも包まるさ。だから早く服を着ろ!」


 俺の言葉を聞いて、アイリは少し沈黙したあと、背後からごそごそと服を着る音が聞こえてきた。


「……もう、いいですよ」

「あ、ああ」


 振り返ると服を着たアイリの姿。

 アイリも恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして俯いていた。


「……」

「……」


 気まずい雰囲気のまま二人で困っていると。

 木の影から何かが飛び出してきた。


「――っ!」


 咄嗟に身構える。

 魔物か!?

 殺気など感じなかったが。


「スラちゃん!」


 アイリが両手を広げて受け止めたのは……グリーンスライム?


「それは?」

「私の友達です」

「友達ね」


 確かにスライムは低級モンスターで、人族との生活共存も果たしている。その体に取り込んだ物を溶かすので、ゴミの処理や下水道処理などで役に立っている。


「私が修練する時に手伝ってくれるんです」

「へえ」


 この子は何の修練をしているんだ? 

 騎士にでもなりたいのか。

 スライムは核となる部位さえ損傷しなければ死ぬことはない。子供用の戦闘訓練にも用いることは聞いたことはあるが。


「えっ、何、スラちゃん……えっと」


 アイリの腕にいたグリーンスライムが少し震えると、アイリが耳を傾ける。


「アイリはそのスライムの言っていることが分かるのか?」

「はい、何となくですけど」

「契約したのか?」

「契約?」


 モンスターと魔力経路の一部を繋げて、モンスターと意思疎通できる人がいるという。それは上下関係を決めるようなもので、モンスターを従わせるものである。

 しかし、アイリとスライムがそのような関係に見えない。


「あの、ディランさん」

「何だ?」

「童貞って何ですか?」

「ぶふぉ!」


 思わず吹き出してしまった。

 なんてこと聞いてくるんですかね。


「スラちゃんがディランさんのことを童貞臭いって」

「このスライムが!」


 低級モンスターのくせに!

 スライムが小さく震える。


「えっと……『その反応じゃ正解だ』って」

「カマ掛けんなよ! スライム野郎!」

「違います、ディランさん。この子は女の子です」


 詰め寄ろうとする俺から守るように抱き寄せるアイリ。

 当のスライムはまた小さく震えていた。

 笑っているに違いない。

 くそ!

 後でしばいてやる!



 スライムはどうやらアイリが何時までも日課の修練に来ないので迎えに来たのだという。

 これは俺が原因なので、素直に申し訳ないと思う。


「えっと『下着一枚の変態に襲われているのかと思った』って」

「下着一枚なのはその通りだが、好きでこんな格好してるわけじゃない」

「そうだよ、スラちゃん。ディランさんは昼寝していただけだよ」

「それも違う」


 いつまでそのネタを引っ張るのだろう。

 俺たちはアイリがいつも修練しているという場所へと向かっていた。

 森の木々を抜け、しばらく歩くと、小さな広場に出た。


「いつもここで修練しているんです」

「へえ」


 広いわけではないが、剣などを振り回す分には十分で、周囲に喧騒などなく、集中するにはもってこいの場所だった。


「いい所だな」

「はい。私とスラちゃんは修練しようと思うんですけど……」


 どうするんですか、そう瞳で問われる。


「俺は端っこで、これからのことを考えているよ」

「分かりました。それじゃ、始めようか」


 アイリは広場の中央へ向かうと置いてあったいくつかの木製の武器を手に取る。抱えられていたスライムは飛び降りるとアイリと少し距離を取って、修練姿を眺めていた。

 邪魔にならないようにしよう。

 そう思い、目を閉じる。

 気になることがあった。

 勇者との戦闘。

 体がボロボロだったのは勿論、中身の方もボロボロだったに違いない。

 自分の魔力経路をイメージする。

 魔力とは貯水タンクと蛇口のようなものだ。

 個人の力量によって溜められる魔力量が決められていて、行使する魔法の威力は蛇口で調節する。

 今の自分はどうか。

 確認して、心の中で舌打ちをした。

 タンクにヒビが入っており、全盛期の十分の一も溜められない。調整の感覚も鈍く、上級魔法がうまく扱えるかどうか。

 要するに人並みになってしまった、ということ。

 こうなったことに嘆くべきか。

 このくらいで済んで良かったと喜ぶべきか。

 溜息を零す。

 文字通り、いつまでも過去に引っ張られるのはよくない。

 そんなことを思い、目を開けるとアイリがこちらを見ていた。ついでにスライムも。


「どうかしたか?」


 自分の視線に気付かれて恥ずかしかったのか、少し顔を赤くしてアイリはスライムと一緒に近寄る。


「すみません、集中しているところ」

「いや、大丈夫だけど」

「ディランさんって、実は凄い人なんですか?」

「何で?」

「集中している姿が、何て言えばいいんでしょうか……霧みたいでしたので」

「霧ねえ」


 なるほど。


「そこにあるのに形が捉えられないというか、姿が変幻しているというか」

「ははっ」

「何でそこで笑うんですか」


 言葉選びに悩んでいるアイリに思わず笑ってしまった。


「いや、ありがとう。今後の参考にさせてもらうよ」

「そう、ですか? お邪魔してすみませんでした」


 ぺこりと一礼して、アイリとスライムは元の位置に戻り、修練を再開した。

 そんな二人の様子を眺める。

 アイリが何度か木剣で素振りをし、その姿を見てスライムが二本の触手を伸ばしてバツの形を作る。

 何となく不格好だった。

 剣を振っている、というより、剣に振られている。

 体も安定せずに、泳いでいた。

 何でだ?

 ……ああ、なるほど。

 その疑問の答えはすぐに分かった。


「アイリ」


 今度は俺が二人に近寄り、呼びかける。


「ディランさん」

「アイリ、その剣を貸してくれるかい」

「? はい、どうぞ」


 手渡された木剣を受け取る。

 やはりというべきか、当然というべきか。

 アイリは俺の身長の頭一つ分低い。アイリの胸元あたりまでの長さの木剣を振うには、少し筋力が足りないだろう。

 他に丁度いい長さの武器がないか探すが、ほとんど似たような武器しかなかった。

 仕方ない。


「スライム」


 俺の呼びかけにスライムがピクリと反応する。

 ……何故だろう。

 俺に呼ばれて、嫌な表情を浮かべている気がした。


「この剣を半分……いや、三分の二ほどに短くしてくれ」


 俺の意図を理解したのか、スライムは木剣に飛びつくとゆっくりと溶かし始める。剣幅もバランスよく調節する器用さ。


「これでよし、今度はこれで振ってみてくれ」

「は、はい」


 どこか緊張した面持ちでアイリは剣を受け取ると、俺の指示のまま剣を振い始める。

 先ほどとは違う、軽快な素振りの音が響く。

 舞うように何度が剣を振うアイリの姿を見て、スライムが触手で丸の形を作っていた。


「あはは、凄いですよディランさん!」


 アイリは楽しそうに笑っていた。

 今までのアイリの笑顔は他人の幸せを思うものだったが、今回は自分が楽しんで浮かぶ笑顔。

 それに釣られるように俺も笑みを浮かべていた。

 アイリは興奮した様子のまま、俺の手を握る。

 うおっ!

 びっくりした。

 おいおい、女の子と手を握ったのなんて数回くらいだぞ。


「ア、イリ」

「ディランさん――いえ、師匠!」

「し、師匠!?」

「はい、師匠と呼んでもいいですか?」


 良いも何も、すでに呼んでるし。


「ま、まあ別に」

「はい! ありがとうございます、師匠」


 嬉しそうなアイリに握った手を上下に振る。

 何故かこっちが恥ずかしくなってきた。

 そんな内心を悟られないように、手頃そうな剣を選び拾う。


「少し打ち合わせてみるか?」

「え、ええっ!?」


 何故か驚くアイリ。


「打ち合わせないと意味がないだろ?」

「え、でも、怪我しちゃうかもしれないし」

「大丈夫、俺は受けるだけだから」


 一応、心得くらいはある。

 伊達に魔王じゃないさ。

 ……やられちゃったけど。


「師匠が怪我しちゃうかもしれない」


 こちらの心配をするように呟くアイリ。

 その隣でスライムは小さく震える。

 アイリを通さなくても何となく言っている内容が分かった。

 『やっちゃえ、やっちゃえ』と。

 このスライム。

 本当に後でしばく!


「今まで打ち合っていた相手はどうしてた?」

「は、恥ずかしながら、修練はスラちゃんとずっと一緒で」


 いつも一人でやっていたということか。

 そこである疑問が浮かんだ。


「騎士になりたいと思っているヤツを他の人が放っておくのか?」


 五百年前の記憶だが、騎士というものは誉れあるものだったはず。だから、修練し騎士を目指す。

 辺鄙な村でも、自分の村から騎士が生まれることは名誉のようなもので、裕福な家庭の子供は、幼い頃から剣を振っていたり、魔法を学んだりする。


「騎士?」


 何故かアイリが首を傾げる。

 あれ?


「アイリはいつも修練してるんだよな」

「はい」

「騎士になりたいんじゃないのか?」

「私は別に、騎士になりたいとは思ってませんけど」


 じゃあ何のためだ?

 あと、思いつくのは、


「冒険者で稼ぎたい、とか?」

「少し憧れますけど、それも違います」


 冒険者という職業。

 命の危険も伴うが、その分一攫千金も目指せるという夢もある職業。

 まあ、アイリには少し似合わないか。


「村の警護のため」

「それは目的の一つですが、残念ながら違います」


 これも違うのか。

 うーん、分からん。


「お手上げだ。教えてくれ」

「いいですか、師匠。驚かないでくださいね」


 そう言ってアイリは剣を置き、無い胸を張る。

 ……なんだろう。

 不思議と嫌な予感がする。


「私は魔王になりたいんですっ!」


 …………。

 ……。

 ええぇぇっ!


ここまでがあらすじです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ