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8.それぞれの心中②―仮の名―

 

 和馬(かずま)の奴、こうなることが判っていたから何も言わなかったんだろう。俺が怪しんでいるのが分かっていていて、それでも口をつぐんだ。――写真さえ、俺には見せてくれなかった。


 七海(ななみ)さんは心の中で思い切り舌打ちします。


 愚かな人間の浅はかな行動。腹が立って仕方ありません。だからこそ、もっと上手く調べられる筈のことまで、こんな風にこそこそする羽目になったのです(普段はいくらなんでも「可愛い」部下の持ち物を勝手に見るなんてことしない! ーーと誰に言っても訝しげな眼で見られるのですが……)。

 今日の泥棒石についての話。それで分かった三人の偽りの関係の中にあった真実。「泥棒石」によって得た和馬と「あの女」との繋がり。


――だったら。


 「泥棒石」の繋がりなど消し去ってやろう。

 絶対、思い通りにしてみせる。ここまで見過ごしてやったんだ。もう容赦しない。見過ごしてやった結果が「これ」なのだ。やはり最初から思っていたことをとっとと実行に移しとけば良かった。

 今日見た彼女の涙。思い出すだけで自分の中にある怒りが、沸点に近付くことが自分でも判ります。

 一応は、自分の中にあるなけなしの慈悲をこれ以上ないくらいかけて、放っておいてやったのだが。その結果がこの世で最も嫌悪する大っ嫌いな表情。


 彼は国安伽凛(くにやすかりん)みたいな人間が大嫌いでした。――その名前も口に出すことすら嫌うくらいに。だから今まで会わずにいました。「和馬の彼女」を彼が察して会いに行かない筈がないことくらい、彼の性格を知る者なら、容易に想像がつきました。身近な者の恋愛事には、口を出さずにはいられず、一度、その相手を気に入ると、何度となく一人で会いに行ったり。「応援」と称してやっていることは半ば「邪魔」でしたが。だから、和馬も七海さんが気にしないことに対して、気味悪がっているぐらいでした。正しくは「気にしない」ではなく、「見過ごしていた」だけでしたが。

 無論、会おうと思えば、無理やりにでも会いに行ったでしょう。――でも、もう会わずにいることは出来ません。


――しょうがない、か。


 精一杯、愛想を振りまいてやろう。せいぜい「味方」に見えるように。ちゃんと部下の恋を応援しているかのように。


 七海さんは誰も居ない中、決意を固めます。気の進まぬ日々を憂いながら。それでも楽しみながら。自分の思い通りの結末を迎えるために。


――お前が悪いんだぞ、和馬。最初に、「姫さん」を酷い目に遭わせたのはお前なんだからな。


 これは、勘だが。あの人のことを調べれば、あの女はいなくなる。名前さえ判らないが、和馬は辿り着いた。ならば自分に出来ない筈はない。


 ーーまあ、とにかく彼女のことは「姫さん」とでも呼んで調べてみようか。さぞ警察に囲まれたくはないだろうが。

 

 さあ、どこまで信頼させられるか、勝負といこうか。


 そういう行動はある意味「彼女」に似ていました。




「あ」

 和馬が思わず声に出してしまった瞬間、「坂上(さかがみ)さん」は、こちらを向き頷くように頭を下げました。慌てて自分も頭を下げます。


 ひょ……表情が読めない……。

 

 病院でこうして顔を合わせる事何回か。その間、声を聞くこともあまり無く、いつも無表情でした。こうして無視はされていませんから、嫌われてはいない……と思いますが、いたたまれなくなってきます。

 恐らく同い年くらいでしょう。若く、黒(とほんのわずかの白)が基調のシンプルな服装で、短く刈り込んだ髪形がなかなか似合う人です(ちょっと、自分のただ短いだけの髪に引け目を感じてしまいます)。本人はいたって健康そうですから、誰かのお見舞いでしょう。よく見かけますから、まめに通っていると思われますが、そういうところを見ると見舞いの相手とは親しい関係かも知れません。

 

 今日は、あの女性(ひと)はいないんだな……。

 

 その場を通り過ぎながらぼんやりと和馬は思います。坂上さんといつも連れ立っているやはり同じくらいの若い女性がいました。坂上さんと違い、いつも明るく、よく喋り、和馬にも愛想よく挨拶してくれました。――だから坂上さんの名前も知っているくらいでした。髪は明るい茶色で、全体的に明るく淡い色合いの服装の綺麗な女性でした。

「和馬さん」と呼ぶその声もまた澄んだ声で、無条件に信頼したくなる感じがしました。


――どういう関係かな。姉弟っぽいな。仲の良い。他人だとしても、すごく気心の知れた仲なんだろうな。無邪気に先導する姉と、無愛想について行く弟。恋人同士だとしても、不思議はないかな。

 直接訊いたことはないので、頭の中で勝手に想像します。


――あ、でも苗字で呼び合っていたな。坂上さんが彼女を呼ぶとき、名前かと思ったら苗字だった。

 

 ふと振り返って、坂上さんを見て思いました。

 

 でも、呼び捨てで親しそうだった。案外待ち合わせしてるのかも。



――「立石(たていし)和馬」か。

 「坂上」さんは、最も楽な姿勢である腕組みをし、壁に寄りかかりながら、立ち去った和馬を見やります。

 すれ違うことを装って何回か。まさか、目的が「立石和馬(じぶん)」や「カリン」とかいった女に会うためとは思わないだろう。あーくそ。あの名前さえ立石和馬が思い出してくれればこんな面倒なことせずに済んだのに!

 おかげで「坂上」なんて仕事(・・)用の名前出す羽目になっちまった。


また、こんなとこで終わってしまった。早く出そうと思ってたのに気が付いたら8話目で「坂上」さん。ってことは9話目だ……。

まあ、肝心の人どころか、肝心の名前すら出してないんですが。 

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