5.泥棒石の始まり
「実は――泥棒石というネーミングは私が考えたものなのです。いわば――私は名付け親です!」
「そんなことはどうでもいいんです」話を遮られた高見さんが、遮った七海さんを睨む。僕より年齢は少し上だけど、七海さんには断然届かない――比較することすら失礼だ――のに、態度は明らかに七海さんより上である。というか、班の中では八巻君ぐらいしか七海さんって上に見られていない。(八巻君は誰隔てなく、真面目な態度をとる真面目な青年である。)
しかも、その八巻君も、一番年若いが、一番背が高く、結局(物理的には)見下ろしている。尤も、一番小柄なのは木村さんなので、この場合身長差はあまり関係ないらしい。
――七海さんって僕を含めて六人いる、この班の班長って聴いた気がするけど……。
それはともかく。
七海さんよりは背が低いが、高圧的な態度の高見さんは、睨んだけど何も言わず、話を続ける。
「実は、立石君がその捜査を一手に引き受けていたのです」
「――え?」母の呟きと僕の心の声が被った。
「いえ、実は――」「その前に、泥棒石について一応解説しとくか」高見さんの話を七海さんが遮る。前回のラストと同じようなシーンだが、何か「間」が違った……? 「何か、話の当事者が第三者のような顔をしてるし」
付録のようなその言葉に全員がハッとこちらを見る。――ウッ。 からかいながらも指摘は的確だ。高見さんの表情が今回の冒頭と違うのが気にはなったが、全員に見られ思わず顔を背ける。
「ちゃんと聴いとけよ~。いつまでも目え、背けていないで」「――はい」
「そもそも泥棒石というのは、少し前までローカルニュースの定番みたいになってよく知られてるけど、よく解ってないんですよ、我々も」
「……はあ」母が生返事をする。
「何しろ全く判らないんですから。泥棒石の正体はおろか、事件の経緯も結果も、そして件数も。誰も把握できないんです。警察はおろか、泥棒石本人も。ただ、確かにあったというだけ。まるで――そこに突然置かれた泥棒石のように」
「最初の――恐らくは、ですが――それから話しましょうか。「ともかく、我々が初めて認識した実際の話を」
それが発端。すべてもの始まり。三人の人間の一生を変えることになる――とは、この時、誰も思わなかった。
「ある朝。水海市内の一軒の孤児院の玄関先に、泥が置かれていた」
一転して物々しく語りだす七海さん。因みに水海市とは僕たちの町から結構離れている、県下最大の都市である(県庁所在地ではない。念のため。アメリカでいえばワシントンでなくニューヨーク)。弟と母は真面目に聴いているが、刑事たちは何だか微妙な顔をしている。そして僕もそんな風なのだろう。何かこの人が真面目に話してると、真面目に聴けない……。
「察しはつくと思いますが、泥の塊に見えたそれは、全てが泥ではなく、「何か」が泥まみれであることが持ってみて判りました。ともかく玄関先に置かれては片付けるしかなくて、泥だけならまだしも、そんなものをそこらに捨てることもせず、しかもその「何か」は重い。仕方なく洗って捨てることにしたそうです」――普通ならそのまま捨てる奴もいるが。そう七海さんは続ける。ゴミの分別に真面目な方々だったのだなあ。
「びっくりしたろうね。てっきりそういう嫌がらせかとも思ったそれが――「宝石」だったんだから」
「ほ…う、せき?」
茫然とした声。何人かに振り向かれて初めて、それが僕のだと気が付いた。「あ、えと……」
「慌てて警察に届け出て、それが初めて公に知られることになった」
まるで僕の声など耳に入らなかったように七海さんは続ける。そんな筈はないのだが。
「最初はテレビのちょっとしたニュース程度だったんだが……。それがご承知の通り何件も続きましてね。警察も本格的に動くことになった」
孤児院の前に放置された泥まみれの宝石。被害者が判明し、盗まれたものであることは確実だったので、一応盗難事件として捜査はしたらしい――。だが、何の手がかりも得られなかった。もしそれきりなら、そのまま流れていたかも知れない。変わった事件として少々のニュースになったぐらいで。
ところが、そんなことが何件も続いた。放置された場所も孤児院に限らず、老人ホームやボランティア施設、さらには保育所まで、まるで寄付するように、各々の玄関先に泥まみれの「それ」が置かれていく。置かれるものも宝石が一番多かったが、中には何枚もの外国の硬貨などもあり、まず掻き集めるのが大変だったと、施設側が苦笑したらしい(もうその時点で事件は知れ渡っていたらしく、発見者も怒るより、とうとう来たという認識だったらしい)。
最初は模倣犯もいるのではないか(つまりニュースを見て事件を面白がって真似した阿呆がいるんじゃないか――とは七海さん)、と、警察側も疑ったらしいが、それはないと誰もがやがて否定していった。
気が付いたら年末になっていました。大分間を開けてしまいました。どうかそんなものだと思ってください。一人達観している作者です。
そろそろ人物紹介でもいれましょうか……説明が苦手なので段々訳判んなくなってきました。いるのに本文に出て来ない人とかいるし。今、和馬(この名前も初……)の病室にいるのは九人です。多……。