2.写真の女性
もう、一年近く前のことになる。年の暮れも迫ったある日のこと、僕は目敏く一枚の写真を見付けた。
「なあ、立石。これ誰?」
「え、あ、あ……あ。って、え、何で新田さんが……」
「何でって、今、お前の鞄から見付けたんだが……」
「え、ええー。って、あの人か……。全く、もう……」
同僚の立石の慌てぶりが面白くて、僕はついついからかってやりたい衝動に駆られた。ああ、あの人を叱れないな、私も。
「何だ、彼女か。全く隅に置けないね、お前も。「七海さん」に報告しよう……」
「やめ……やめてくださいそれだけは!」最後まで言い終わらない内に、更に慌てた立石に写真を取られてしまった。
「分かった分かった。言わないでおく。で――」
「ん? 何か面白い話でもあるのか?」
「あ、ありませんよ、そんなもの。っていうかどこ行っていたんです!」
誰? と訊く前に、当の「七海さん」が戻って来て、以来この話はお流れになってしまっていたが、今、その忘れかけていた話を思い出した。
「間違いない。君だ」
「え?」きょとんとするその女性に、僕は言葉を続ける。
「立石の彼女。貴女でしょう。一度写真で見たことがある」
去年の話だが、間違いない。何しろ目の前に本人がいる。記憶力には自信があった。これでも警察官である。
「え? 何ソレ、写真って」「あのですね、去年……」
「じゃあ、貴女が国安伽凛さんね」
案の定、食い付いて来た「七海さん」に説明しようとした自分を遮って、立石の母親が彼女に詰め寄る。
「和馬がね、恋人が出来そうだと手紙を寄越したの。自分にはもったいないほどの女性だと褒めていたわ」――立石らしい。
「そう……なんですか……」
自分たちは、本日初めて見る女性二人の会話を眺めていた。いや、大人しく全員が「眺めている」わけが無い!
「ふ~~む、ずっりいぞ! 俺だけ知らねえとは、あの野郎! やい、お前ら! よくもこの俺に黙っていやがったなあ!」
「ちょ……ちょっと……。首絞めないで下さ……」
慌てて抵抗する。黙ってて下さいと言われたもので……、と言ったところで、余計怒るのは火を見るより明らかだ。そんなこと、この単細胞の上司は百も承知だろう。
今度は女性二人が、もう一人、立石の弟も共にこちらを眺めているーーというよりは唖然としている場面になってしまった。「ちょっと。こんなところで――」
同僚の助太刀もあって、少しは言葉の方でも抵抗を試みる。「僕だって写真で見ただけですから――」
「私も知りませんでした。そんな事あったんですか」「お前さん、いなかったからな。わしも立石の慌てぶりを見ていただけだ」「自分もです。写真見たの新田さんだけでしたね」「そんなに慌てたのか、和馬の奴?」僕に続いて同僚たちが口々に言う。これが一番有効だということを知っている。
「彼女が国安伽凛さんという名であることすら知りませんでしたから」一気に喋る。掴む場所が襟になった手が戻らない内に。
「だろうな」やっと手が首から離れた。「だがしかあし、彼女の存在を知ってた時点で同罪だ!」
一応刑事が、相変わらず下らないことで「同罪」という言葉を使っている。
それにしても、「国安伽凛」。僕の記憶に間違いがなければ、存在を知らないわけないと思うんだが……。我々同僚四人全員、互いの顔を見る。ということは、全員同じことを考えていることが互いに伝わった。
「取り敢えず、話を戻すか。大分狂ったぞ、お前のせいで。写真の話なんかしやがって」
「あなたが騒いだせいもあるんですがね」ここは一応病院である。余程写真が腹に据えかねたのか。
「それで? 和馬がお宅のせいで事故に遭ったというのは……」
平然と僕の指摘を無視して、彼女――カリンさんの方に顔を向ける。刑事五人、立石の家族二人、そして彼女――総勢八人をまとめているのは、もっとも調和を乱している人であった。
「あ……え、と……」
「つまり、庇ったんだな。和馬は」
「あ……はい」
先程は顔を合わせた瞬間に謝ってきたカリンさんだが、今は呆然としてしまっている。――まあ、「わあ、美人さん! 誰、お姫さん?」と、開口一番言われ、更に好き勝手なことを喋られ続けている。これで平常心を保っている人はあまり居ないだろう。実際カリンさんはなんとかついていっている感じだった。
「やっぱりなー。どうせあいつのことだからさ、まっしぐらに突っ込んできたんだろうけどよ」
「そう……です……」カリンさんは目を見開く。相変わらず、さらっと核心を言い当てる人だ。
「で――。それで……和馬とはどうやって知り合ったの?」
――これだ。
本当、この上司は。「上司」扱いよりも「女子」扱いしたくなる――というのは、私たち部下の共通意見である。
変なところで終わってしまった。最初はまだ途中だったんです。終わった理由は……単純に長いのは苦手だから。今回は新田さんの視点でした。作者にはちょっと意外。かといって、七海さん視点で描くわけにも……。