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16.奥さんと家と車と

「ふーん。見たところは普通だな、やっぱり」

ーー同じことを僕も思った。


「そう! ちっとも変わんないの、こいつ」

「その方が良いんじゃないのか?」

その人はそう言い放つと、僕を見て、

「まあ、とにかく入りな、立石(たていし)君」と言った。

「あ、はい。……お邪魔します」


見たところは普通の女性だった。ーー七海(ななみ)さんの「奥さん」である。七海さんより若干背が低く、肩より少し長い髪は後ろで一つに束ねている。

でも、なんと言うのか……強いて言うなら、「オーラ」が違った。

腕組みが似合い、口調も態度もちょっと乱暴。木村(きむら)さんほどじゃない……けど、凜として笑みを浮かべたその人は、ともすれば、人を見下した印象を与えるのかも知れない。どちらかといえば、坂上(さかがみ)さんに似ている感じだろうか。でも不思議と、取っ付きにくくはなくて(別に坂上さんが取っ付きにくいわけではないんだけど)、例えて言うなら、「頼れる(あね)さん」って感じの人。



「ま、大変だったろ。そこら辺で(くつろ)いどきな」「はあ……」「七海の相手は」「え、そっち?」「そうですね」


良かった。奥さんーー伊達吉乃(だてよしの)さんという名前だと教えてもらったーーは、解ってくれる人らしい。

安心しつつお言葉に甘え、意外とごく普通な一軒家の意外とごく普通なダイニングらしいお部屋にお邪魔させていただく。


うん。家の外観からじゃ、内側(なか)の実態なんて判らない典型だな。


部屋を見渡しつつそんなことを考えながら、そこの椅子(中々趣味が良い)に腰掛ける。ふと前を見ると……。


「……?」


四人掛けのテーブルの、僕の対角線上に乱暴に座った七海さんは肘をついて仏頂面。吉乃さんの方は……キッチンに向かいながら、クックッと、笑いを……堪えてる?


え? 何かあったっけ、笑うようなことが。


「おい、こら和馬(かずま)。てめ、今無意識かよ」「さすがだな。立石君は立石君だ」

え、僕? 首をかしげると、

「……お前な。俺の相手が疲れる、とは何事だ」と言いながら、七海さんが真面目な顔で僕に詰め寄って来た。え? あー。……何か、ちょっと前同じようなことを七海さんも言ったな、と思いつつ、「え、そこ……ですか?」僕は考えて、

「いや、だって……」「そんなことありません、と言って欲しかったのか?」

口ごもった僕に被さるように吉乃さんが一言。ーーえ?



「さてと、夕食だ、夕食。おい、これ持ってけ」今の会話など無かったかのように吉乃さんは七海さんに目線で指示を出す。「へーい」


奥さんに当たり前のように「おい」扱いされて、食事を運んで来る七海さん。

ーー成程、これが普通なんだな。

日頃絶対敵わない上司の弱点らしき光景に僕は、お言葉に甘えて寛ぎながら、今の疑問も忘れて、一人ニヤニヤしていたーー。



「それじゃあ、今夜はご馳走様でした」僕は玄関でお辞儀をする。それくらいの礼儀は僕も持ち合わせている。

相手は頷き、「ああ、じゃあまた。七海が(・・・)迷惑かけているからな、いつでも何かあったら言ってくれ」

「心強いです」

「何か、すっきりしない会話だな……」

「そうか?」吉乃さん、後ろにいる七海さんの方を振り向くと首を(かし)げて、「挨拶って普通こうだろ?」「吉乃の「普通」って普通な気がしないんだよな……」「それはお前だ」


……そういえば以前、他の同僚達に、あそこの夫婦の会話は見ていてスカッとすると言われた。そもそも、七海さんに「奥さん」がいるとさえ思っていなかった僕にとって、半信半疑の話だったが……。成程、僕は今、それを実感していた。

吉乃さんの返しが素晴らしい。



それにしても……目立つ車だな。ごくごく普通な一軒家の玄関を出て、そこに停まっている赤い車を改めて見て、僕は思った。家は茶と白の落ち着いた色合いで、他に埋没しているので、逆にワンポイントで目立っている。目立つといっても、別にスポーツカーみたいな車ってわけでもないんだけど、どちらかといえばこじんまりとした印象の車種ーー僕はよく知らないーー。さすがあの七海さんの車だと思った。七海さんだって外見は、ごく普通なおじさんなんである。車で言えば、形はごくごく普通なのに、色によってその印象がガラリと変わってしまっているのである。病院で迎えに来てもらった際、初めて見たが、その時、隣がちょっと大きめの普通自動車だった。だから、引っ込んでいて、肩身が狭いようにも見えたが、それでも存在感が隠し切れていなかった。

隣が白だったのもあるかも知れないが、やはり目立っていた。「七海さんの車」として見ているから、かも知れないけど。

「何ガン見してんだ。赤だし、パッと判るだろ。上司の車を覚えようという殊勝な働きにしても。んな超レア物見てるみたいな顔で」

七海さんが、その赤い車に堂々と乗り込みながら言った。いや、自分の車なんだから、堂々と乗り込んで良いわけなんだけど、何かそう見えるのだ。思わず立ち尽くしてしまった僕に、「ほら乗れ」と顎で示され、慌てて荷物と一緒に後部座席に座り込んだ。「どこにでもありそうな車に、何オタオタしてるんだ。高級車に乗っているみたいに寛げ」……余計寛げませんけど。

まあ、確かに「どこにでもありそうな車」だし、赤い車だって多いけどさあ。

「何で赤いんですか?」何と言って良いのか判らず、どうでも良いことを訊いてしまった。

「良いだろう! 派手な色が良いって。吉乃は黒で良いとか言ってたけどさあ、何か平凡なんだよね、吉乃が乗るには。やっぱ赤かねえって。白は論外だった」

吉乃さんって奥さん?! が基準なのか。一体どんな人なんだ!?

ーーと、思っていたら、着いたのが、見るからに高そうなマンションだった、というのが、前回の話の空白の部分である。

出したかった七海さんの奥さんを出して満足。

ついでに車ってどんなんだろう、と書き出したら、止まらなくなり、あっという間に時間が経ってしまいました。いつも以上に妄想全開の話になりました。

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