15.到着
「七海さん……」盛大な不満を見せつける上司に、和馬はこれ見よがしに肩を落とします。ここ、一応病院なんですけど……。
が、「わー、七海さん御無沙汰してます!」「和泉さん! 久し振り~会いたかったーー」
もしかして坂上さん、このテンションに付き合いたくなかったんじゃ……。
始まってしまった七海さんと「和泉さん」の世界を眺めながら和馬は思いました。
「……」
「何だ、なんだ。その顔は」
「え」和馬はやっと我に返りますが。
「あ、いや……。こ、こ、本当に、僕の家なんですか?」
七海さんに連れて来られたのは妙に立派なマンションの一室。なんだか立派すぎて、モデルルームみたいに無駄に綺麗だけど、生活感の無い部屋を見ながら和馬は問います。ーー自分の部屋というより……、
「何だ、俺がまるでお前を騙すために、どっかの豪邸にでも連れて来たんじゃないか、みたいな顔してねえか?」
「違うんですか?」そこまで当てられると、そうなんじゃないかこの上司、みたいな気が一層、和馬の中で増えていきます。
「ちげーよ。俺がそんなことするわけねえだろ」「……そうですか?」和馬は七海さんが、勘が良いことを知っていますが、同時に、いやそれ以上に、悪ふざけが好きなことをよく知っていました。
七海さんはわざとらしくため息をつき、「そんなことするわけねえじゃねえか。第一、金が無い」
「……あったらやるんですか」
「……」
ーー妙な間の後、
「お前……姫さんがいねえからって何ひねくれてんだ?」「な……何、何言ってるんですか……そ、そんなことあるわけないじゃないですか!」「お前……」七海さんはこれ以上ないほど気の毒そうな顔で、「犯罪のド素人だって、もうちょっとウソ上手いぞ」と言います。
「……放っといてください!」「あ、逃げた」
背を向けた和馬に七海さんが容赦なく突っ込みます。
ーー本当に何で僕、こんな不安なんだろう……。七海さんに気付かれないように、和馬は心の中で考え込んでしまいます。ーー気付かれないわけないんですけど。
「まあ良い。明日お前にせめてもの退院祝いとして、プレゼントをやろう。ありがたく受け取れ」
「え、何ですか」七海さんの追及に対する緊張感とはまた違う緊迫感が和馬を襲います。
追及が緩んだことも和馬は安堵するよりも、不安になっていました。和馬の身体に染み付いた七海さんの性格は、記憶を喪っても忘れてはいないことを和馬は自覚していませんでしたが。
そして七海さんは、和馬以上に和馬のことを解っていたのです。
「楽しみにしとけ」七海さんは本心から言います。「あ、今夜迎えに来るから、うち来い。うちの奥さんが晩飯、招待するって言うから。分かったな」
「……」
和馬の中の七海さんへの猜疑心が、みるみる驚愕に変わっていきます。
「え……ええ……! 七海さんって「奥さん」いるんですか!」
七海さん、わざとらしくガクッと体勢を崩し、「何でいないことになってるんだ!」「だ……だって……」いや、確かにいても不思議は無いと言えば無いんですけど。っていうかいるのが普通なんでしょうけど。どうも七海さんが普通に「家庭を築いている」ことが和馬にはピンと来ません。「つまり、結婚してるんですか!」七海さんが! 「当たり前じゃねえか!」「はあ……」七海さんの「当たり前」って何だろう?
「何考え込んでるんだ……。全くお前という奴は、ちっとも変わらんな」
憮然とした七海さんの呟きが、虚しく和馬の家に響きました。
ーー七海さんがねえ……。
一時、七海さんは(一応真面目に)仕事に戻ったため、一人部屋に残った和馬は未だ先程の驚きから抜けられないでいました。
ーーいや、そんなこと考えている場合じゃないんだけど。
七海さんに言われるまでもなく和馬も判ってはいるんですけど。喪った記憶を取り戻そうと部屋を物色(?)していますが、気が付くとそのことばかり考えてしまいます。
ーーきっと記憶喪失以前の僕も相当驚いたに違いない。
和馬は無理矢理理屈をこねて正当化しようとしています。
うん。きっとそうだ。七海さんもそんなこと言ってた。「ちっとも変わらん」って。
全然誉め言葉じゃないのに、七海さんは明らかに不満全開だったのに、無理矢理納得しようとしています。
ーーそう! きっと、以前の僕と同じことを考えれば記憶がパッと戻るかも知れない!
ーーそうして同じことを繰り返すんだろ、と七海さんーー或いはもう一人の自分の忠告を、和馬は明らかに無視しています。その頭に過るかつての夢と一緒に。
でも、いくら無かったことにしようと思っても、現実というものは何らかの形で目の前に現れることを和馬はそれでもどこかで解っていたのです。
それが最初は「悪夢」として。そしてーー。
「ん? 何だ、これ?」
部屋中のものというものをパラパラ、ガタガタ見ている中、クローゼットを開けて、ふと上の棚を見ると何かの箱が入っています。
結構高い場所で、和馬も背が低いわけではありませんが、つま先立ちしてやっと手が届くくらい。「あんなとこに、何をしまうんだろ?」
前回からの続きという感じで書いたので、副題がそんな感じに。ーーそういえば、この二人やっぱ車で来たんだろうな……ってどんなので来たの!
七海さんの「奥さん」出すの楽しみでそこまで考えてなかった!
しまった~それだけで面白い話が見れたのに。




