ある侍従の独白
ぼかしてはありますが後味の悪い結末になります。苦手な方はお読みにならない方が良いかと。
申し訳ございません、申し訳ございません!
この度の事は、すべてこの私の責任でございます!
ですから、なにとぞエイラム殿下に恩情を。あの方はあのような事をなさる方ではございません! あの娘に唆されたに違いありません! ええ、きっとそうです。
このような事になってしまいましたのは、一重に私が報告申し上げなかったことが原因でございます。
私は覚悟は出来ております。
エイラム殿下は悪くないのです。すべてはこの私が……!
……はい、ええ、そうでございますね。私でわかることなら、包み隠さずお話しさせて頂きます。
侍従である私には殿下の行動を諌め、目に余るようなら侍従長に報告する義務がございました。
わかっております。すべて私の職務怠慢が招いたことです。
たとえ殿下から命じられても、私はありのままを報告しなければならないのですから。
いえ、まさか! 殿下がそのようなことをお命じになられるわけはありません!
ただ……私に頼まれたのでございます。
この学園に通ってる間だけでも、自由にしたいのだとおっしゃいました。王太子としてではなく、ただの貴族として友人達と楽しんだり、恋をしてみたいのだと。
私はそれに同意致しました。
あの方はずっと弟君と比較され、苦しんでおられたのです! 長子ではありますが、亡き母君は男爵家の方。対してリシャール殿下の母君は正妃にしてイリーガ公爵家の出。
口さがない者達の声はどこにいても聞こえてきます。
サリーリア様が正式に婚約者となられてからは、それもずいぶん減りましたが。
殿下がサリーリア様の事を疎んじてらっしゃった?
ありえません! 確かにエイラム殿下は気持ちをお伝えするのは不得手でございますが、サリーリア様がいらっしゃるとそれはそれは嬉しそうにされておりました。
サリーリア様の前ではあまり口になさいませんが、着飾ったお姿に度々見惚れてらっしゃいましたよ。贈物もサリーリア様がお喜びになるような品をと、殿下自らお選びでした。
幼少の頃よりずっと、殿下はサリーリア様を想ってらっしゃるのです。ええ、そばでお仕えしていた私が一番よくわかっております。
……そう、です。リシャール殿下もまた、サリーリア様に心寄せてらっしゃいます。ええ、昔からでございますね。
ですがサリーリア様の婚約者はエイラム殿下でございます。あんなに想ってらっしゃたのに、殿下が容易く心変わりされるなどあるはずがございません!
あの娘のせいです! 呪いや妖しげな術で殿下を謀ったに決まってます。
なぜなら、この学園に入られて、殿下はとても楽しそうにしておいででした。
勉学も生徒会役員としての職務も精力的にこなされて、国政を担うに相応しい手腕を発揮されていました。
あんなに生き生きとされている殿下を拝見出来るのは久しぶりで。
次の年にリシャール殿下とサリーリア様が入学されてからも、特にエイラム殿下に変わった様子はございませんでした。
はい。殿下が変わられたのは今年、あの娘が特待生として入学してからでございます。
初めはエイラム殿下は生徒会長として、ごく常識的に声を掛けられました。
けれど、あの娘はあろうことか不敬にも殿下に対して馴れ馴れしい口をきき、許しも得ずに御名を口にしたのです。
私はすぐに娘を叱責しましたが、エイラム殿下は懐の広さを見せられ、平民ならば貴族社会に不慣れだからと不問になさいました。
あの娘が元伯爵家の御令嬢? まさか。ありえませんね。あのような下品で、常識知らずの娘が貴き青き血など信じられません。
万が一にもそうだとしても、あの娘は市井に染まりすぎて貴族としての在り方をすっかり忘れ去ってしまったのでしょう。もはや、青き血が一滴たりとも混じっているようには思えません。
あの娘の頭がおかしいのです。その後も立場をわきまえず殿下に付きまとい……殿下だけではありません。リシャール殿下や他の有力貴族の御子息など、見目良い男性にばかり擦り寄って……。苦言を呈すれば逆に殿下達に泣き付き、大袈裟にわめきたてて。
殿下は心配する私達をたしなめられました。
貴族ばかりの学園でいつも緊張を強いられてるのだから、多少の気の緩みは多目に見てあげてほしいとおっしゃいました。
ええ、わかっております。
この時点で私が報告をしてさえいれば、このような事態には陥らなかったでしょう。
ですが私は、これが殿下の一時の遊びなのだと思い込んでしまいました。
あの娘に対する殿下のお顔は、サリーリア様に向ける恋情とは違います。
恋を楽しんでおられる。そう、私の目には映りました。あの娘も心底殿下を好いているようにも見えませんでした。
ですから私は目を瞑ったのでございます。
庶民がどう足掻いても王族に迎え入れられることはありません。殿下もそれは重々承知してらっしゃいますから、あの娘と一時の火遊びの真似事をなさっているのだと思ったのです。
まさか卒業記念パーティーにてサリーリア様との婚約破棄を宣言なされるなど、私はまったく存じ上げませんでした。
今でもまだ信じられません。悪い夢を見ている気分でございます。
ええ、あの娘がエイラム殿下や他の殿方に、サリーリア様から嫌がらせを受けているとたびたび泣き付いていたのは知っております。
ですが、次期王妃のサリーリア様が庶民の娘を気にかけますでしょうか?
美しさも知識も気品も教養もあの娘より勝る御令嬢が、まるで子供の悪戯のような嫌がらせをなさいますでしょうか?
何しろ証拠などございません。すべてあの娘の言葉のみ。
殿下も頷いてお聞きになってはいらっしゃいましたが、娘の言葉を肯定する様子はございませんでしたし、サリーリア様に事情をお尋ねになることもなさいませんでした。
ですから、私もすっかり気を緩めすぎてしまったのです。殿下が卒業なされればあの娘との接点など皆無でございます故、以前のような殿下にお戻り頂けると思っておりました。
その結果がこのようなとんでもない事に……。ああ。悔やんでも到底悔やみきれません。
咎はすべて私にあります。殿下のあやまちを正せなかった私の咎でございます。いえ、そもそもあのような娘を近付けてしまった事が間違いでございました。
お願いでございます! どうか、どうかエイラム殿下をお助けくださいませ!
廃嫡され、キックルの離宮にて生涯幽閉など重すぎます。
殿下はあの娘に誑かされただけでございます。未熟な学生の起こした騒ぎが行き過ぎてしまっただけ。
そうでございますよね?
エイラム殿下はこの国に必要な御方。本来ならば思慮深くてお優しい方ですから、必ずや目をお覚ましになられ、これまで以上に民の為に励まれるはずでございます!
どうか陛下にご恩情賜れるようお願い致します。書記官様、どうか……。
ああ! 充分でございます! 信頼の厚い貴方様の言葉ならば、きっと陛下も無下にはなさらないでしょう。感謝致します。
……ありがとうございます。ですが私にはこちらがございますので。
ええ、殿下が初めて狩猟へ参加された時におそれ多くも下賜されたものでございます。見事一番鹿を仕留められた殿下は、国王陛下より素晴らしい宝剣を賜られましたので、側付きの私にはこちらをと。
これは私の宝物でございますので、共に旅路へ連れて行きたいのです。
……ありがとうございます。
家族には申し訳ないですが、これもすべて私の不徳のせいでございます。
出来ますならば殿下にはこのことは内密にお願い致します。
エイラム殿下はとてもお優しい方故、ご自分をお責めになってしまうと思いますので。私が殿下の傷になるわけにはまいりません。
私の事は国外追放とでも……ああ、さしでがましく申し訳ございません。
なにとぞ、後のことはよしなに。殿下をよろしくお願い致します。
エイラム殿下の御多幸とガザン王国のご発展をお祈りしております。
では、書記官様もどうかご健勝で……。
ニコラス・アディ一等書記官覚書
『第一王子殿下付き侍従の調書全文』より
お読み頂きありがとうございました。