双子の受難⑧
ルーシィ&ルーフィ視点継続
もう少しだけ双子編が続きます。
森を出ると、学院の正門が見えた。
出て行った時と何ら変化はないのだけど、何度見ても仰々しく感じるほどに巨大な門だ。
マルスはこれを飛び越えたのか。
それも、私を抱えたまま。
隣を歩くマルスの顔を、私たちはこっそりと窺う。
(……ルーシィ、さっきからずっとマルスのことを考えてる)
(……うん、マルス凄くカッコ良かったから)
(……そうだね。
カッコ良くて、強かった)
伸ばした手は何も掴めないと思っていた。
空を切るはずだった私の手を、マルスが握ってくれた。
あの瞬間、感じたことのない気持ちが芽生えていた。
(……温かい気持ちが溢れてくるね)
今までこんな感情を持ったことなんてなかった。
私たちは、隣を歩くマルスの顔を眺める。
心がポカポカ温かくなる。
それだけじゃなくて、ドキドキもしている。
((……この気持ちはきっと――))
私たちは、ある共通の見解に達した。
「どうかしたか?」
私たちの視線に気付き、マルスは優しい微笑を向けた。
「……今はまだ言えない」
「……とりあえず秘密」
「そっか」
マルスは苦笑して、その力強い眼差しを前に向けた。
そして正門の前まで到着し。
「とうちゃ~く! 開くのだ門よぉ~!」
魔女の仮装をした少女が下手な演技でもするみたいに門に向かって両手を向けた。
ちなみに、こんなことをしなくても門を開くのだけど、まるでそれに反応するように、ゆっくり門が開いて。
「マルスさん! お帰りなさいです!」
直後――白い人影がマルスに飛びついた。
「おう、ラフィ。
待っててくれたのか?」
「はい! お帰りをお待ちしてました!」
兎の短い尻尾がフリフリと揺れた。
ラフィに続くように。
「マルス、お疲れ様。
無事で良かった」
「勿論だ。
エリーも、教室ではありがとうな。
大丈夫だったか?」
「うん、ラフィさんやセイルもいたから」
同じクラスの凛々しくも可憐な銀の少女がマルスに優しい笑みを向けた。
「ふん、あんな雑魚じゃ相手にならねえよ」
「セイルもありがとな。
お陰で、二人を助けられた」
「べ、別にお前の為にやったんじゃねえよ」
狼人はそっぽ向いたが、尻尾は揺れていた。
獣人族は感情が素直にでるからわかりやすい。
三人はマルスを囲むように集まっていた。
私たちがマルスを囲む三人をじ~っと見ていると。
「ルーシィ、ルーフィ、この三人もお前らの味方をしてくれたんだぞ」
振り返ったマルスが、私たちに向かってそんなことを言った。
この三人が?
意外だった。
マルス以外にも、私たちに手を差し伸べてくれた人がいたことが。
しかもその中のうち二人は、兎と狼だ。
決して私たちと友好な関係にあるわけがないのに。
「こら双子! ちゃんとマルスさんにお礼は言ったんでしょうね?」
「大丈夫だった? 怪我をしたようなら医務室に行く?」
「……ふん、俺はマルスを手伝っただけで、テメーらを助けたわけじゃ」
ラフィ、エリシャ、セイルが順番に口を開いた。
どうやら、本当に助力してくれたようだ。
いや、マルスを助けた結果、そうなっただけなのかもしれないけれど。
(でも……それでも、助かったのは事実だもんね)
(うん……今回は本当に危なかった……)
下手したら、魔族に殺されていたかもしれない。
いや……ギリギリ殺される寸前に、もしかしたら救助が入ったのかもしれない。
でも、それでも恐ろしいほどに身の危険を感じたのは事実だ。
「……ありがと」
「……感謝」
みんなに会釈をした。
こういう時、どういう風に感謝の気持ちを表現したらいいのかわからないのが、私たちの悪いところだ。
昔から感情を発露するのは得意ではなかった。
いや、いつの間にかそうなっていただけかもしれない。
子供の頃は良く涙を流していたのに。
涙なんて、もう随分流していなかった。
「す、素直に感謝されると、なんとも返事に困りますが、
まあ、マルスさんにしっかりと感謝しているのならいいのです!」
「何かあった時はお互い様だよ」
「……だから、オレは別にテメーらの為にやったわけじゃねえ」
こんな不器用な感謝の言葉でも、一応三人には私たちの気持ちは伝わったようだ。
「いいね~いいね~友情って感じだね~!
青春だね~! 若いっていいね~!」
見た目の年齢で言うなら最も若い少女にしか見えない年齢不詳の教官の言葉だった。
「まあ、こういった青春も若さの特権であるのは事実ですよね」
「だね~!」
ロニファス教官は苦笑し。
リフレ教官はうんうんと首肯してみせた。
それから。
「さ~て、取りあえず帰ってきたし――って、あれ?」
学院の敷地内に足を踏み入れたリフレが、素っ頓狂な声を上げた。
なんだろう?
そう思い、私たちも門の中に目を向けると。
「……あれ?」
「……なんで?」
おかしな光景が広がっていた。
「あいつらは、精神統一でもしてるのか?」
正門から少し離れた場所で、森人たちが正座していた。
いや、森人だけじゃない。
小人族や人間もいる。
そして、正座をする生徒を見下ろしている森人が一人。
「あれ、アリシアちゃ~ん。
なにやってんの~?」
リフレがその名を呼んだ。
正座する生徒たちに侮蔑の目を向けていたのは、生徒会のアリシア会長だった。
「……リフレ教官。
この者達に罰を与えていたところです」
「罰って……あ~、もしかして、この子たちが双子ちゃんをイジメた子たち~?」
名前を呼ばれこちらに目を向けたアリシアだったが、その顔色は優れない。
というより、かなり機嫌が悪そうだ。
そんなアリシアに怯えるように、正座された生徒たちはビクビクしていた。
よく見ると、正座する生徒たちの両手足は、植物の茎のような物によって束縛されている。
その生徒の中には、私たちを蔑んだ上に甚振った金髪碧眼の森人の女もいた。
アリシア会長の翠石のような緑色の双眸が、ただ真っ直ぐに向けられて。
「……ルーシィさん、ルーフィさん」
私たちの名前を呼んで――そのまま深々と頭を下げた。




