双子の受難⑦
ルーシィ&ルーフィ視点継続
「ねえねえ~、もしかして魔族の襲撃でもあったのぉ!?」
大慌てで頭をぐるぐる振り回し、周囲を確認する小柄な教官に。
「いや、そこに倒れてる森人が魔術の制御をミスしたみたいで。
こんな大事故が起こったんだ」
マルスは平然とそんなことを言った。
その表情は苦笑すらなく、大真面目な顔をしていた。
だから私たちもそれに続く。
「そう、森人の癖に森を破壊した」
「うん、この男は邪道な森人」
森の妖精と言われ、自然と調和し森の中で生活を営む森人が、これほどの大伐採を行なうことなど本来は有り得ない。
だから、これは私たちなりの、ちょっとした冗談のつもりだった。
そして、それに気付いたようでマルスは苦笑した。
「そこの森人って……ああ~!!
ウチのクラスのジェネッタくんじゃん。
じゃあ、自分で切った木の下敷きになっちゃったのぉ!?」
目を剥くリフレ教官が、あたふたと失神中の森人に近寄っていく。
(……どうでもいいけど、ジェネッタって名前なんだね)
(……うん、今更名前を覚える気もないけどね)
内心でそんな会話を交じわした。
「全くもう。
ウチのクラスの男の子はお馬鹿さんしかいなんだなぁ」
生徒が大木の下敷きになり失神しているというのに、随分と暢気な教官だ。
もしかして、助ける気はないのだろうか?
「助けない?」
「放置する?」
「これ、事故なんでしょ?
なら一応、助けてあげないとねぇ~」
リフレ教官は手に持っている杖で地面を突いた。
そして、聞いていると眠くなりそうなほどゆったりとした声――ではなく。
「我は癒す、生きとし生ける物を癒す、安らぎの光は全てを照らし、
穏やかなる光は全てを包む、母なる女神よ聞き届けたまえ――」
この世のものとは思えないほどの心地の良い声音が鼓膜を揺らした。
全身からいい加減な雰囲気を醸し出していた教官の姿は既にない。
今の彼女からは、神々しさすら感じさせる。
それはまるで、全てを抱擁せんとする癒しの女神だった。
「――完全治癒」
詠唱が終わり治癒魔術が行使された。
光の雨が降り注ぎ、世界を照らす。
切り倒されたはずの木々がその光に包まれると、まるで再生をするように元の雄大な姿を取り戻し、鬱蒼としていた森が復活した。
優しく穏やかな光が包み込んだのは森の木々だけではない。
私たちの全身が温かな光に包まれていく。
(あ……傷が……)
(痛みが……)
その治癒魔術は、全身の傷をあっという間に癒してしまったのだ。
(凄いね……)
(うん……)
一見、子供が魔女の仮装をして遊んでいるようにしか見えないけれど。
こんな小柄な少女でも、流石にこの学院の教官をしているだけのことはある。
私たちは素直に感心した。
「これだけの治癒魔術が使えるなら、修道女顔負けじゃないか?」
マルスも素直な称賛を送っていた。
「わたしは~、治癒系統の魔術に特化してるだけだよぉ。
それ以外の魔術はてんでダメだからねぇ~」
そう答えるリフレ教官は、神々しさの欠片もなく。
のんびりとした口調でマルスに言葉を返していた。
特に誇るわけでもないのが、この教官の人柄を表しているようだった。
謙遜しているが、三年生の担当教官を務めているだけの実力は十分にあるということだろう。
「さてさて、お~いジェネッタく~ん。
起きて~! 起きてよ~! 魔族が襲ってくるぞ~!」
金髪碧眼の森人、ジェネッタの傷も既に癒されている。
リフレはしゃがみ込み、森人の身体を揺すった。
「……って、ジェネッタくん、お漏らししてる!?
あははっ~、いっつもカッコ付けてる割には、まだまだお子様だなぁ~」
ニシシと心底楽しそうな笑みを私たちに向けた。
この教官の軽い感じに、私たちは少し好感を持った。
「はっ――し、しかも、生意気にも魔吸石なんか付けちゃってるじゃん!
これ結構レア物なんだよぉ~……!」
「その首にかけてるのは、やはり魔吸石だったのか」
マルスとリフレ教官は魔吸石という魔法道具のことを知っているような口振りだ。
「――!? ね、ねえ~みんな~、この魔吸石は~、大木に潰されちゃった。
そうだよね~? 潰れてるところ見たよね~?」
ニヘラッとリフレ教官は下種顔を見せた。
「「……盗むの?」」
思わずジトッとした目を向けてしまった。
「な、何を言ってるの~?
リフレ教官は~、生徒の物を盗んだりしませんよ?
でも~、壊れちゃったんじゃ仕方ないよね~」
そう言って、ジェネッタの首に掛けられていたペンダントを奪い、ローブの中にしまった。
「……落ちてた物を拾っただけ。
それでいいんだな?」
「マルスくんは話がわかる!
さっすがラーニアちゃんのお気に入り!」
この教官、色々と酷い人だ。
でも、その魔吸石のせいで酷い目にあった私たちからすると、この森人が魔法道具を持っていない方が安心だった。
もしかしたら、私たちが襲われたことを知っていて、その為に魔吸石を没収したのだろうか?
「よ~し、今度ラーニアちゃんと殺し合いになった時に早速使ってみよ~」
……どうやら、それは考え過ぎのようだった。
ていうか、殺し合うって凄いことを言ったけど。
「そんなにいつも殺しあってるのか?」
「ま~、遊びみたいなもんだよぉ~。
あんまり深く考えなくていいからねぇ~」
遊びで殺し合いをするって一体、どんな関係なのだろうか?
この教官について謎が深まったが、一つだけ確実に言えることは。
(……この教官、下種だね)
(うん……相当な下種だね)
結構いい人かもと思ったけど、油断してはいけない人物のようだった。
私たちがそんなことを考えている間に、リフレ教官はジェネッタの身体を杖で突き始めた。
「お~い起きろ! 起きろ~!」
優しく起こすのが面倒になったのか、ゲシゲシと突きまくっている。
それは結構な衝撃だったようで。
「っ――……り、リフレ教官?
ぼ、僕はなぜこんなとこ――」
ようやく目を開いた。
そう思ったのだけど。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
情けない叫び声を上げて、再びひっくり返ってしまった。
どうやら気絶しているようだ。
「……なんでわたしの顔を見て、悲鳴を上げたの?」
「さあな」
その声音からは確かな怒りを感じた。
顔が笑っているから余計に怖い。
だが、リフレ教官は勘違いしている。
あの森人は、リフレ教官ではなくマルスの顔を見て悲鳴を上げたのだ。
どうやらマルスのことがよっぽど怖いらしい。
トラウマになっているのかもしれない。
「どうする? 放置するのか?」
「……う~ん、このまま魔族を釣る為の餌にしちゃおうかなぁ」
なんだかリフレ教官が、平然と凄いことを言っている。
「な~んて冗談。
これでも可愛い生徒だからね~。
でも、魔族のほうから来てくれたら楽なんだけどなぁ。
全員ぶっ殺しちゃえば、こんな面倒な見回りもしなくて済むしさ~」
優しく微笑んでいるはずなのに、その言葉は非常に好戦的だった。
ウチのクラスの担当をしているラーニア教官もかなり好戦的な印象があったけど、この人の方が遥かに酷い。
「仕方ない。
マルスく~ん、背負ってい――」
ガサガサ――と枝葉を揺らす音が聞こえた。
直後。
「――リフレ教官!」
生い茂る枝葉を掻き分けながら男が姿を現した。
「あ~、ロニくんおっそ~い!
あの音が聞こえてなかったの?」
「いえ、聞こえていたんですがかなり離れた場所にいたので」
二年Bクラスの担任であるロニファス・クインク教官だった。
良く言えば優しそう。
悪く言えば気弱そうな青年という印象の教官だ。
「……しかし、なぜ生徒達がここに?」
「あ~……そういえばどして?」
今更聞かれた。
というか、私たち自身も失念していた。
なんて話そう?
ほんの少しの間逡巡した結果。
「あの森人に連れ出された」
「それで、ここで強姦されそうになった」
あることないこと言ってやることにした。
「……――ええええええええええええええええええええっ!?
じぇ、ジェネッタくんがあああああああ!?」
「……魔族の襲撃があるかもしれないこの状況で、
わざわざ外で性欲を発散しようとしたというのか?
それも無理矢理に……」
リフレ教官は絶叫を上げ。
ロニくんと呼ばれた好青年風の男は頭を抱えた。
(流石に冗談が過ぎたかも……)
(そうだね、冗談だって伝えておこう……)
流石にマズい雰囲気だったので、直ぐに本当のことを伝えた。
ジェネッタたち森人に襲われたこと。
そしてジェネッタに外に連れ出されたこと。
マルスに助けられたこと。
木々を切り倒したのはジェネッタという嘘だけは訂正しなかった。
「……なるほどね~。
闇森人が魔族のわけないのに~。
そもそも魔族だったら入学させるわけないってのがわかんないのかなぁ~」
「大義名分を主張しているつもりかもしれませんが、
森人族の生徒たちが個人の私情に走っただけというわけですか」
「だね~。
闇森人が魔族じゃないなんて、少し考えればわかることなのに~」
どうやらリフレ教官たちは、私たちが魔族ではないということがわかっているみたいだ。
「森人と闇森人が仲が悪いのは、大昔からずっとだろうからね~。
それでも魔王戦争以降は、多少マシになっていたはずなんだけど~。
もし命の危険を感じるようなら、悪いことは言わないから双子ちゃんは学院をやめた方がいいかもね~。
勿論、本当に死にかけてたら助けるよ~。
でも~、腕がとぶとか~、足がとぶとか~、さっき言ってた強姦された程度なら、わたしは助けないかなぁ。
まあ、それは個人の裁量だから、他の教官だったら助けに入るかもしれないけど」
軽い口調でリフレ教官は言った後。
「でも、この学院を出たからって差別や嫌がらせがなくなるわけじゃない。
それが本当に許せないなら、実力でどうにかするしかないよ」
真剣な眼差しを向けた。
「……わかってる」
「……弱くちゃダメ」
せめて自分たちの身を守れるくらいは強くなくちゃダメ。
それは、リスティーにも言われている。
生きていく為の力を得る為に、私たちはこの学院に入学したのだから。
(今回はマルスが守ってくれたけど……)
(他人に守ってもらおうなんて考えはダメ……)
私たちは改めて意志を統一し、リフレ教官に頷き返した。
「うん、いい目だ!
それじゃ~、取りあえず学院にもどろっか~」
そんな間延びした声を号令に。
私たちは学院に戻るのだった。




