双子の受難⑥
ルーシィ&ルーフィ視点継続。
外は陽が落ち始めていた。
敷地内を駆け抜けていくと正門が見えた。
正門の扉はしまったままだ。
森人の姿は見えない。
私は目を瞑り、余計な情報を遮断し、感覚だけを研ぎ澄ませた。
しかし、ルーフィの存在を感じない。
(……ルーフィ!)
呼びかけても反応はない。
どうして?
もしかしたら、気絶させられているのだろうか?
「――ルーシィ、しっかり掴まってろよ」
言われるままに、私はマルスの身体にしがみ付いた。
私を一瞥し、それを確認した後。
見上げるほどに高い学院の正門に向かい跳躍した。
「っ――!?」
身体強化の魔術か?
それとも風の魔術を行使したのか?
そう思わせるほどに高い跳躍で、マルスは軽々と正門を飛び越えた。
着地の衝撃はほとんどなく、地に着いた足は森人を追いかけんと動き出す。
「ルーフィの位置はわかるか?」
「……待って」
もう一度感覚を研ぎ澄ませる。
(ルーフィ! どこ! どこにいるの!?)
妹のことを強く思う。
そして、強く、強く呼びかける。
(お願い……!)
今だけでいい。
今だけいいから!
もう二度とこの技能を使えなくなってもいいから!
今、ルーフィを助けられないなら、こんな技能を持ってる意味なんてないの!
だから――!
(……シィ……)
「――っ!? 聞こえた!!」
森の中。
まだ近い。
「マルス、あっち」
方向を指差す。
通路すらできていない森の中。
普通なら入っていきそうにない場所だが。
「わかった」
マルスは一切の迷いもなく、私の言葉を信じその森の中に入った。
そして、鬱蒼とした森の中を疾走していく。
少しずつ、少しずつ、私の中にあるルーフィの存在が強まっていく。
それは、心の中が少しずつ満たされていくような。
私は再び、強く呼びかけた。
(――ルーフィ!!)
(……ルーシィ)
聞こえた。
今度ははっきりと聞こえた。
近い。
直ぐそこに。
――ルーフィがいる!
疾走したその先。
木々が犇く通路すらない森の中。
枝葉が生い茂り、動くことすらも困難なその場所で。
両手両足を光の魔術で拘束され、地に寝かされていた。
そんなルーシィを、金髪碧眼の森人は口が裂けそうなほど不気味に歪め、見下すような見下ろしていた。
「ルーフィ!」
「ルーシィ……」
無事だ。
ちゃんと生きてる。
間に合った。
私の声に反応し男は振り向く。
「……なんだお前、どうしてここに来られた?」
つまらなそうに私を一瞥したかと思うと、直ぐにその瞳はマルスを捉えた。
マルスを見る森人の目は、私に向けたそれとは違い、多少興味の色が灯っていた。
「そこの……人間――確か……マルス君だったか? ラスティーを倒したっていう」
「俺のことなんて、どうでもいいだろ」
「はぁ~? 君さ、ラスティー程度に勝ったからってちょ――」
森人の言葉が途切れた。
カサカサと地に落ちる葉を踏みしめる音と共に、森人が慌てて振り返ったのがわかった。
「――!?」
さらに、声にならない声を上げ後ずさった。
森人にはマルスの動きが見えていなかったのかもしれない。
そんな男の様子など一切気にした様子もなく、マルスは私を下ろしルーフィの前にしゃがんだ。
「大丈夫だったか?」
「……マル……ス」
「ルーフィ!」
私はルーフィの身体を抱き起こし、力いっぱい抱き締めた。
直ぐに魔術解除をかけて、束縛された四肢を解放する。
(……ルーシィ……ごめん、ごめんね)
(無事で良かった、無事で良かったよ……!)
傷ついた身体は力なく項垂れている。
でも、ルーフィの身体の温もりはしっかりと伝わってきた。
その胸の鼓動が、しっかりと伝わってきた。
(……マルスが、助けてくれたの?)
(うん! そうだよ! マルスが助けてくれた!)
(……そうなんだ。
ルーシィの温かい気持ち、嬉しかった気持ち、私にも伝わってくる)
私たちに手を差し伸べてくれる人がいた。
それは不思議な気持ちだった。
嬉しくて、温かくて、優しくて、色々な感情が溢れてくる。
心が満たされていくのを感じる。
こんな気持ちは初めてだった。
マルスを見つめる。
彼は私たちの頭を優しく撫でた。
その手の平は大きくて、そして温かかった。
「ちょっと、待っててくれ。
――直ぐに終わらせてくるから」
そう言って、マルスは立ち上がった。
「……感動の再開はもう終わりでいいのかぁ~?」
いつの間にか、男の姿が消えていた。
「テメェ~らがのんびりお話してる間に、こっちはとっくにテメェ~らをぶっ殺す準備はできてんだよおおおおおおお!!」
周囲を見ると、辺りに巻物が撒き散らされているのが見えた。
「召喚――」
その声に呼応するように、巻物が燃え宙には魔法陣が描かれた。
魔法陣から激しい光が放出され、そこから魔物が出現する。
鬱蒼とした森の中に魔物が犇いた。
全て下級の魔物ばかりではあったが、その数は十数体。
多種多様の魔物の群れだ。
「さぁ~、楽しいパーティーの時間だ」
襲い来る魔物の群を目にしても、マルスの目には一切焦りがない。
魔石を手に持ったマルスの手から光が放たれ、彼の手には黒い大剣が握られていた。
その大剣は暗い森の中ですら黒いとわかるほどに黒く輝いている。
「そうか、パーティーか。
なら――存分に楽しめよ」
その声と共に、マルスが何かをした。
私たちは目で捉えることはできなかったけど、何かをしたのだけはわかった。
そして。
「……?」
周囲の魔物の身体が真っ二つに切り裂かれ、闇に染まった森の中を魔物の鮮血が照らしした。
「え……?」
間抜けな声を上げたのは金髪碧眼の森人だ。
あれだけ居た魔物の群が一瞬で消え去った。
その状況を理解できなかったのかもしれない。
「まだ――死ぬなよ」
「ふぇ……」
淡々と警告したのはマルスだった。
その警告の直後――森の木々がゆっくりと動き出した。
いや、動き出したという表現は正確ではなく――倒れていくと言うのが正解だ。
――ドン! ――ドン! ――ドン!
激しい地響きを立て、次々と木々が倒れ伏せ。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――!?」
そして、情けないほどに甲高い悲鳴が上がった。
歩くことすら困難だったはずの森の中が、見晴らしのいい広場に変化してしまった。
「「凄い……」」
私たちの口から漏れたのは感嘆だった。
「ひいいい、い、いたい、イダいよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
叫び声が聞こえ、私たちが目を向けると切り倒された一本の大木に足を挟まれた森人の姿が見えた。
男に向かって、マルスが一歩一歩、ゆっくりと歩みを進める。
「た、たすけて、たすけてええええええ、し、しぬ、じぬううううううううううううううううううううう!」
「なんだ? 楽しいパーティーの時間なんだろ? もっと楽しめよ」
背筋が凍るような、冷たい声だった。
私たちに向けてくれた温かい笑みが嘘だったみたいに。
その声音は、一切の感情が排されていた。
「だのしいわけあるかあああっ! あ、足が、ぼぐのあしがあああああああああっ!!」
「足が潰れただけで、随分と大袈裟な声を出すんだな」
「だ、助けて、助けぐくれえええええ! た、だのむ、なんでもする、なんでもするからああああああああ」
私たちの位置からでは、マルスの顔は見えない。
でも、きっとその顔に感情は刻まれていないだろう。
「助けてほしいか?」
「はい、はい、はひいいいい!」
男を見下ろすその目には、きっと慈悲の欠片もない。
「なあ、お前らはルーシィたちが助けを求めたとき、何をした?」
「わるかった、わるがったよおおおお、いだい、いだいんだあああ、あやまるから、いくらでもあやまるがらああああああ!!!!!」
涙や鼻水を流し泣き叫ぶ姿はあまりにも情けない。
(立てる、ルーフィ?)
(……うん、行こう、ルーシィ)
私たちは立ち上がった。
ボロボロの身体で歩く。
一歩足を進めるたびに、身体が痛んだ。
でも、あんな情けないヤツに痛めつけられたのだと思うと、それが情けなくて。
辛い様子なんて見せたくなかった。
だから、平然とした顔で歩いた。
「それで謝ってるつもりなのか?」
森人の首元に大剣を向ける。
それは罪人を裁く断首台の刃のようだった。
きっとマルスは、いくら謝ってもこの森人を許しはしないだろう。
「ま、まってくれえええ! の、のぞみはなんだ? ぼくにできることなら、なんだって――」
聞く耳など一切もたず。
ただ無慈悲に、大剣は振り上げられた。
「ひ、ひいいいいいいいいいっ!? や、やめてくれ、やめてくれえええええええっ!
あやまるから、すみません、すみません、ごめんなさい、もうぜったいだーくえるふをおぞったりしないがらああああああ」
そして、その断罪の刃が森人の首を切り離す直前――。
「――マルス、もういいから」
「――こんなヤツ、殺す価値ない」
私たちはマルスに言った。
背中から、彼を抱き締める。
マルスの身体は、とても温かい。
冷たいわけじゃない。
温かいのだ。
感情がないわけじゃない。
「……いいのか?」
その言葉には、きちんと感情が灯っていた。
「もし殺すとしたら」
「私たちが自分でする」
彼が背負う必要はない。
私たちを助けてくれた彼に、背負わせちゃいけない。
こんな男の命でも、軽くはないと思うから。
「……そっか」
それだけ言って、マルスは剣を引いた。
金髪碧眼の森人は失禁し失神していた。
「……戻るか?」
「うん」
「そうする」
木々が切り倒され、見晴らしの良くなった森を見渡す。
来た時よりも、学院に戻るのは楽そうだった。
「手は下さないが、こいつは放置でいいよな?」
「これは事故だから、仕方ない」
「そうだね、事故だからね」
なぜか倒れてきた大木に潰されただけ。
これは事故で。
誰の責任でもない。
まあ、放っておいても見回りをしている教官に助けられるだろう。
そんなことを思いつつ、私たちは学院に戻るために足を進めようとすると。
「凄い音が聞こえたから急いで来てみれば、すっごい状況になってるね~!」
暢気そうな間延びした声が聞こえた。
黒い尖がり帽子を被った小柄な少女が、バタバタとこっちに向かって走ってくる。
「リフレ教官」
「あ~、マルス君だ! どうしてこんなところにいるの?」
思っていたよりも早く、教官が駆けつけて来てしまった。
あれだけ大きな音が立てば、気にならないほうがおかしいけれど。
(……この森人、悪運が強いね)
(……うん、せめてもう少し痛めつけておけば良かった)
心の中でそんな会話を交わせて、私たちは苦笑するのだった。




