双子の受難⑤
ルーシィ&ルーフィ視点継続
「……なんで……謝る?」
意味がわからなかった。
助けてもらう義理なんてない。
「……どうして、助ける?」
「当たり前だろ?
手を伸ばしてたじゃないか。
俺には、それが助けを求めているように見えた」
当たり前?
助けることが?
そんなのおかしい。
今まで、何度も手を伸ばしても、その手を取ってくれる人はいなかった。
「……マルスは、おかしい」
「そうか?」
「……助けるメリット、何もない」
「メリット?」
そう言って、マルスは温かい笑みを浮かべた。
「助けたいと思った。
それだけじゃダメなのか?」
「……」
打算はない。
真っ直ぐな目。
純粋な意思。
この人は違う。
頼ってもいいの?
助けてって言ってもいいの?
でも、言葉は出ない。
怖いんだ。
信じて裏切られるのが。
「俺がそうしたいから、勝手に助けさせてもらうぞ」
でも……信じたい。
そう思えた。
だから。
「……マルス」
握られたその手を握り返す。
「……ルーフィが、連れて行かれた。
……私、守れなかった」
私の言葉に答えるように、彼は私の手をギュッと握り返してくれた。
たったそれだけのことなのに、私の中で恐怖は消えて。
言えなかったたった一言を。
「マルス――助けて……!」
こんなにも簡単に口にすることができた。
「任せろ」
私をその場に下ろし、優しい眼差しを向けて軽く頭を撫でてくれた。
そしてその優しい眼差しは、力強く強靭な瞳に変わり森人たちに向けられた。
「あははははっ、任せろだって?
カッコ付けてんじゃないわよ!」
不愉快な声が聞こえた。
笑い声だけで、ここまで人を苛立たせることができるのは最早才能かもしれない。
「状況わかってるの?
この人数が見えないかしら?」
小馬鹿にするような物言いを続ける森人に。
「一つ確認だが、ルーフィたちに謝る気はあるのか?」
最後通告をするように、マルスは確認を取った。
「はぁ? あなた馬鹿なの?
どうして私が、そんな塵芥に謝る必要があるのかしら?」
「謝るつもりはないんだな?」
「そもそも、何を謝る必要があるのかしら?
ねえ、皆もそう思わない?」
右に左に首を動かし、まるで演技でもするみたいに大袈裟な素振りを見せる。
周囲の者達はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。
「ないだろ?
ゴミの掃除をしてただけなんだから」
「だな。
掃除されるのがイヤなら、この学院をやめりゃ――」
二人の森人がそう口にした。
瞬間――バタバタと、二人の森人は廊下に倒れ伏せた。
何が起こったのか、私にはまるでわからなかった。
でも、それは私だけじゃない。
その唐突な光景に、周囲は静寂に包まれ。
「は……?」
唖然とした様子の金髪碧眼の森人が声を漏らした。
「え、え……!?」
そして、次の瞬間にはマルスの姿が女の目前に移動していた。
マルスの右手が女の首に伸ばされ、その指が森人の首を締め付けた。
女の両足が地を離れ宙に浮く。
「ぐ――あぁ……!?」
苦しみにもがき目を見開く。
見開かれた目に映っているのは、未知の存在に遭遇したような恐怖の色だった。
「苦しいか? でも、ルーシィたちはもっと苦しかったはずだぞ」
マルスが指にさらに力を込めたのがわかった。
「がぁ……」
恐怖に表情が歪めながら、女はマルスの腕に爪を立てた。
その腕を引っかき、なんとかその手から逃れようとする。
だが強靭な腕はびくともせず。
「あ……ぁ……」
ピクピクと身体が震え、森人の女はその場で失禁した。
ポタポタと雫が床に零れ落ちる。
マルスは、この森人を殺してしまうかもしれない
「……マルス、ダメ。
やめて……」
彼を止めた。
そんなことをする必要はない。
私たちのために、こんなヤツを殺す必要はなんてない。
そんなことしてほしくない。
ボロボロになった身体をなんとか起こして彼に歩み寄った。
途中で転んでしまって、背中から抱きつく形になってしまう。
「……お願い」
「……」
その懇願に、マルスは締め付けていた指から力を抜いた。
バタ――と、力なく崩れ落ちた森人が、咳き込みながら酸素を求めていた。 周囲の者達は、そんな様子をただ呆然と眺めているだけだった。
一部の森人に味方していた者達を除いて。
「あ、ああああぁ……」
「た、助けてくれ、お、オレたち、その女に脅されて仕方なく……」
「そ、そうなんだよ!
悪かったよ、謝るから」
そう言ったのは同じ二年の生徒だ。
次は自分の番だとばかりに恐怖に身を竦ませていたのだが。
「何をしているのですか!」
凛々しい声が廊下に響いた。
目を向けるとそこには。
「会長!?」
「た、助けてください!」
「オレたち、こいつに襲われて……!」
生徒会の会長であるアリシアの姿が見えた。
三人はここぞとばかりに救いを求める。
先に手を出してきたのは、そっちだというのに。
「騒ぎを聞きつけて来てみれば……一体、何をしているのですか?」
厳しい口調でこの場にいる者たちを問い詰めた。
そして会長は、その場に倒れ伏している森人にも目を向け。
その後、眼鏡の奥の冷淡な瞳が私に向く。
「……あなたは闇森人の双子の……。
随分と傷ついているようですが……」
以前購買で会った時のことを覚えているようだ。
「もう一人はどこに?」
周囲を確認した上で、そう聞いた。
この場に私しかいないことが気になったみたいだ。
「……連れて行かれた。
学院の外に行くって」
「学院の外? なぜです? 学院長の話を聞いていなかったのですか?」
「……私たちが、魔族かもしれないからって」
「何を馬鹿な……!? 急ぎ連れ戻さなければ……」
会長の声音から焦燥感が伝わってきた。
それは、今学院の外に出ることがどれだけ危険なのかを理解させるには十分だった。
このままじゃ、ルーフィが……。
「……マルス」
私はマルスに視線を向けた。
「わかってる。
ルーシィはここで待っててくれ。
アリシア先輩、ルーシィのこと、頼んで――」
「わたしも行く……!
お願い、私ならルーフィの居場所、わかるはずだから」
今はどうしてかわからないけど、ルーフィの存在を感じない。
もしかしたら、私たちの力は一定の距離が開くと効果を発揮できないのかもしれない。
でも、こんな力なかったとしても、私ならきっとルーフィの居場所に気付ける。
気付かなくちゃいけない。
それに、学院の外は広い。
マルスがどれだけ凄くても、捜索に時間はかかるかもしれない。
「……わかった。
でも無理はするなよ。
それと、俺から絶対に離れるな」
「うん」
「ま、待ちなさい!
学院の外に出るのであれば、捜索隊を編成して……」
「悪いな先輩。
時間が惜しいんだ……後、この場を頼む。
誰も殺しちゃいないが、治療が必要なヤツもいそうだ」
「ちょ、ちょっと待ちなさ――」
それだけ会長に伝えると、マルスは私を抱き抱えて玄関口を飛び出した。




