双子の受難④
* ルーシィ&ルーフィ視点 *
教室を出た私たちは、女子宿舎に帰ろうと玄関口を目指していたのだけど。
(ねえルーシィ、気付いてる?)
(うん、もちろん気付いてるよ。
何人か、後を付けてきてるね……)
口に出して会話をしているわけではない。
これは私たちの技能。
お互いの全てを共有することの出来る技能効果の一つだ。
今のように思考も共有できれば、お互いの魔力量も共有できる。
多くのメリットがある技能ではあるのだけど、攻撃を受けた際にはダメージも共有されるなどデメリットも多いのが欠点だ。
(ルーフィ、どうする?
このまま女子宿舎まで逃げる?)
(でも、ここで逃げても、
また明日何かを仕掛けてくるかもしれないよ?)
私たちは思考する。
振り向かず気配を探る。
相手は四人。
そのくらいなら、どうとでも相手にできそう。
(倒しちゃおう!)
(わかった!)
一度外に出て、仕掛けてきたところを応戦することに決めた。
そして玄関を出ようとすると。
「やっと来たか」
そんな声と共に私たちを一瞥してきたのは、金髪碧眼の森人の男だった。
その男を挟むように、二人の森人が立っていた。
どうやら待ち伏せされていたようだ。
(ねえルーフィ、この人って初対面だよね?)
(そうだと思うけど、なんだか見たことがある気がするよね)
私たちが思考していると。
「ふふっ――あはははははははっ!」
背後から、高らかな下卑た笑いが廊下に響いた。
振り向かなくても相手が誰かはわかった。
この蔑んだような声は、あの陰険森人のものだ。
「おいおい、随分待たせてくれたな」
「ふふっ、ごめんなさいお兄様」
背後の森人が、金髪碧眼の男をお兄様と呼んだ。
(ああ、なるほど。
この二人兄妹なんだね!)
(下卑た笑いがそっくりで、びっくりしたね!)
既視感を覚えたのはそのせいか。と私たちは納得した。
「何か用?」
「用件は?」
聞く必要もないことだけど、念の為聞いておこう。
「いやなぁ、ウチの妹は優しい子でな。
学院の皆の為に、掃除をしようなんて言うんだよ」
「ええ、お掃除は必要ですから」
下卑た笑い声が廊下に響いた。
(相変わらず、わからないね……)
(うん、どうしてなんだろうね……)
こういうことは昔から何度もあった。
子供の頃から何度も向けられた蔑みの声。
慣れているけど、未だにわからない。
――なぜ私たちは嫌われているのだろう?
それを教えてくれる者はいない。
せめて両親が入ればその答えを教えてくれたかもしれない。
でも、物心付く前に両親が他界していた私たちには、それを尋ねられる相手すらもいなかった。
両親が他界し、初めて村の外に出たときのことだ。
肌の色が汚れていると石を投げられた。
流れ出る血が汚れていると言われた。
痛かった。
痛い痛いと泣き声を上げても、手を差し伸べてくれる人はいない。
それどころか、周囲の者達は心底面白くて仕方がなさそうに、笑い声をあげていた。
それは、今も私たちの脳裏にこびり付いて離れない。
心も身体も痛かった。
なんとか稼いだお金で食糧を得ようとしても、お金だけを取られて一方的に暴力を振るわれた。
だから、子供の頃は食糧を得ることすら難しかった。
森に生える草や落ちている木の実を食べて飢えを凌ぐ毎日だ。
毒草を食べた時はお互い死にかけた。
それでも、他人を頼ってはダメだと少ない人生経験から学んでいた。
((私たちは生きていちゃいけないの?))
幾度となく私たちは思考を巡らした。
でも、その答えが出ることはなかった。
ただ、闇森人という存在が、周囲に受け入れられないものだと言うことは理解できた。
差別や偏見から逃れることはできないと知った。
生きることは死ぬことよりも遥かに辛く難しいとわかった。
何度も死のうと思った。
それでも、お互いが繋がってる私たちには、心の奥底にある叫び声ははっきりと聞こえていた。
死にたくない!
死にたくない!!
魂が心の底から叫んでいた。
生きていても何もいいことなんて、とっくに知ってるはずなのに。
それでも生きていられるのは、私たちが一人じゃなかったから。
きっと一人だったら、そんな本心にも気付かずに私たちは死んでいただろう。
(ルーフィがいるから大丈夫だよ!)
(ルーシィがいるなら大丈夫だよ!)
ルーシィとルーフィは二人で一人。
私たちなら、どんなピンチも乗り越えていける。
「じゃあ、掃除を始めるとするか」
「ええ、汚らわしき種族はこの世界には不要ですから」
森人たちが、一斉に魔石を使い武器を形成。
それぞれが戦闘態勢に移行した。
「やるよ、ルーフィ」
「うん、ルーシィ」
こんなことは慣れている。
今はもう子供じゃない。
自分たちの身を守れるだけの力を付けた。
降りかかる火の粉は振り払えばいい。
「「闇よ――視界を塞げ」」
先手を切ったのは私たちだ。
周囲の敵に対し、相手の視界を塞ぐ魔術を行使した。
「な、なんだ!?」
「し、視界が!?」
途端に焦り声をあげ、おろおろと周囲を彷徨うように両手をあたふたさせる森人たち。
(これなら直ぐに倒せそう!)
(このまま学院を出て、広い場所に移動しよう)
そして、私たちは魔石に魔力を流し武器を形成した。
私たちの武器適性は小刀。
玄関口を塞ぐ敵に向かい疾駆する。
だが。
「なぁ~んてな!」
こちらを馬鹿にしたような挑発的な声と、相貌を大きく歪めた表情に、私たちは足を止めた。
「光の精霊よ――我が呼び声に答えよ」
こちらの魔術の行使に合わせて、森人の男が下級精霊を召喚した。
光球のように強い光を放つ丸い羽の生えた球体が、周囲を飛び交い闇を払う。
「バァ~カ!!
お前らが闇系統の魔術が得意だって話は聞いてるんだよぉ!」
「これで闇の魔術は使えないんじゃない?」
室内の狭い空間でこれだけ光の精霊を召喚されると、闇の元素を作り出す闇の精霊が逃げてしまう。
闇の魔術を使いにくくなるのは確かだった。
でも、この程度で勝ったつもりになられては困る。
(ルーフィ、半分くらい魔力を使っちゃうけど)
(うん、仕方ないから魔法を使おう)
技能によりお互いの魔力量すら共有している私たちの切り札。
莫大な魔力量にものを言わせた魔法の行使。
ただし、本来の魔法と違いほんの少しだけ過程が存在するのが欠点だ。
私たちは身体を向きあわせ手を重ねて組み合う。
目を閉じお互いの想像を重ねる。
「なんだ……この魔力量――!?」
放出される魔力に気付いたのは、リーダー格の森人の男だった。
「や、ヤバいんじゃないか?」
「何をするつもりかわからないが、今のウチにやっちまえ!」
先程とは違う、森人たちの本気の焦燥感を伴う声が聞こえる。
前方から敵が迫ってくるのがわかった。
だが、私たちに焦りはない。
寸分の狂いもなく、極めて正確に。
想像するのは闇で溢れた世界。
魔力で形成した闇が室内の光の精霊を吹き飛ばし空間を闇で覆い、私たちの為の戦闘空間を形成する。
「「闇世界」」
全てが闇に覆われた暗黒の世界。
闇森人の為の戦闘空間。
一見、空間変異にも似ているが、その効果はまるで違う。
この闇世界は、私たちの想像により作り出された空間。
「な、なんなのこれ!?」
「何も見えないぞ!」
「お、落ち着け、また光の精霊を呼べば」
森人の一人が光の精霊を呼び出そうとしたが。
「ど、どうして、どうして召喚できない」
それは、この空間には闇しかないから。
しかも、私たちの魔力によって生み出された闇だ。
元素として存在する闇の元素ではなく、魔力で生まれた闇。
この闇を使うことが許されているのは、この世界で私たちだけ。
「暫くはこの場で反省する」
「死ぬ前に助けてあげる」
深淵の闇に冷たく響く私たちの声。
その声に、森人たちは身体を震わせた。
たった一人を除いて。
「吸いつくせ――魔吸石」
闇に響く男の声。
金髪碧眼の森人の首元に下げられたペンダントに、魔力で生み出された闇が吸い込まれ暗黒の世界は崩壊した。
「闇森人風情が、驚かせてくれるじゃないか。
まさかあれだけの魔法を行使する魔力量があるなんてな」
その声音からは感心が伝わってきた。
魔法を使われたことを純粋に驚いているようだったが。
(……あんな魔法道具を持ってるなんて聞いてないよ!)
(驚きたいのはこっち!
どうする……あんなのがあるんじゃ形勢はかなり不利だよ!)
まさか魔力を吸収する魔法道具があるなんて。
私たちが首に下げられているペンダントを凝視していると。
「ああ、驚いたか?
これはうちの家系に代々伝わる魔法道具でな。
魔力を吸収することができるんだ」
そんなことは今この目で見たからわかっている。
「つまり、お前らは最初から我々に勝てる可能性は皆無だったってことだな」
「あはははっ、お前らはお兄様に遊ばれてただけなんだよ!」
苛立たしい声が、私たちの鼓膜を震わせる。
だが、今は腹を立てている場合ではない。
(どうしようルーシィ、このままじゃマズいよ)
(……一度体勢を立て直さないと。
どこか逃げられる場所は……)
周囲を見回すが。
「さあお前ら、汚らわしい闇森人に罰を与える時間だ」
その言葉を切っ掛けに、森人たちが周囲を囲む。
「さっきはよくもやってくれたな!」
「クソがっ! ビビらせやがってよ!」
リーダー格の金髪碧眼の森人の両隣にいた森人が、俊敏な動きで私に襲い掛かってきた。
学年が一つ上だけのことはあり、精錬された動きに無駄がない。
最小限の動きで短刀が振るわれた。
それを回避することは簡単ではあったが。
「こっちも忘れんなよ!」
「「っ――!? ぐっ――!?」」
背後からの現れた敵の攻撃に対応できず、背中の中心を殴打された。
その衝撃に、呼吸が止まり思わず膝を付いてしまう。
「おいおい、なんだこいつら?
片方を殴っただけなのに、どっちも崩れ落ちやがったぞ?」
「あははっ、おもしろ~!」
笑い声を上げながら、膝を落とした私たちを蹴り上げようとする森人の女。
なんとか立ち上がり、ギリギリでその攻撃を回避したのだけど。
「生意気にかわしてんじゃねえぞ!」
「「がっ――!?」」
回り込んでいた森人が、私たちの腹部を殴りつけてきた。
拳が深々と内臓に刺さり吐き気が込み上げてきた。
「「うぇ……おぇ――」」
胃酸が込み上げ、耐え切れず胃の中のものを吐き出してしまった。
「げっ、きったねえな!」
「汚らわしい闇森人には、お似合いの姿だけどな」
身体の痛みを堪えて、なんとか立ち上がろうとした。
でも、足に力が入らない。
マズい。
このままじゃ、二人ともやられてしまう。
(……ルーフィ、私がなんとか時間を稼ぐから、逃げて……)
(……だ、ダメだよ! そうしたらルーシィが!?)
(私のほうがお姉ちゃんだから、妹を守るのは当然……!)
(で、でも……!)
(大丈夫、私もすぐに追いかける!)
刹那の間。
そんなやり取りをした直後のこと。
「ね、ねえ、ちょっとやり過ぎじゃない?」
小人族がそんなことを言った。
森人の女の取り巻きだと思っていたのだが、違うだろうか?
「はい? あなたは魔族の味方なの?」
「そ、そういうわけじゃないけどさ……闇森人が魔族だって決まったわけじゃないだろ? それを試すっていうから、ぼくは手を貸そうとしただけだ。
ただ痛めつけるだけならぼくは抜けるよ」
「ちっ――これだから臆病者の小人族は……!」
「なんだって! 小人族が臆病!?」
「待て待て、彼の言う通りだ。
確かに本来の目的を忘れてお遊びが過ぎた。
予定通り、闇森人を学院の外に連れ出す」
学院の外?
どういうことだろうか?
「――だが、二人も連れ出す必要はないよな」
言った途端、森人は私たちに近付き。
「「あっ――」」
ルーフィの髪を引っ張り、無理矢理自分の元へと引き寄せた。
「ルーフィ!」
「……ルーシィ……」
足に力を込め、なんとか立ち上がりルーフィに手を伸ばした。
ルーシィもルーフィに手を伸ばした。
だけど。
「おらっ、お前は寝てろっ!」
「「んぐっ――」」
私たちが伸ばした手は、届くことはなかった。
ルーシィが頭を殴られた。
身体を横たえて身体を丸める。
(ごめん、ごめんねルーフィ……!
必ず、必ず助けるから……!)
(大丈夫、大丈夫だから、ルーシィ……!)
横たわるルーシィの身体が、森人の女に蹴られた。
「「――っ!?」」
先程吐いたはずなのに、再び胃酸が喉の奥から込みあげてくる。
「言っとくが、殺すんじゃないぞ?
万が一にも退学になんかなりたくないからな。
この闇森人たちと違って、我々には輝かしい未来があるんだ」
「はい、わかってますよお兄様。
我々は高貴な森人、下賎に身を落とすつもりはありません」
「ならいい。
では、僕はこの闇森人を連れて外に出てくる。
お前らも適当に楽しんだら、予定の位置に集合しろ」
リーダー格の森人は光の魔術によりルーフィの四肢を束縛し。
「る、ルーフィ!」
「ルーシィ!」
叫ぶ声も虚しく、森人はルーフィを抱え玄関口を出て行った。
「さて、では続きを楽しみましょう」
ガシガシと、背中をを蹴られた。
身体を丸め、その痛みを堪える。
「ははっ、妹ちゃんは容赦ないね~」
そんなことを言いつつ、森人の男達も私を殴り蹴り、笑い声を上げる。
今は耐えろ。
この程度の苦痛は、なんでもない。
今までだって、もっと辛い目にあってきた。
こんなこと、なれっこだった。
でも……傍にはいつもルーフィがいてくれて。
(ルーフィ! ルーフィ!)
ルーフィに呼びかけた。
でも、返事はない。
何かあったのだろうか?
(ルーフィ!? 返事をしてよ!?)
何度呼びかけても返事はない。
(どうして? どうして!?)
何かあったのかもしれない。
急がなくちゃ、急いでルーフィを助けなくちゃ!!
震える腕に力を込めて、立ち上がろうとした。
だけど――。
「あら? まだ立ち上がる余裕があるの?」
立ち上がることすら許さないと。
上から押しつぶすように頭を踏まれた。
そのままグリグリと押し潰される。
「あははっ、そういえば、あなた方は私を生き埋めにしてくれましたっけね。
お返しに、もっと屈辱を味合わせてあげないと……何がいいかしら?」
頭を踏みつけたまま、何やら思案を続けるように唸る森人の女。
(ねえ、ルーフィ! どうしたの!? 返事をしてよ!?)
これから何をされるかなんてことよりも、今はルーシィからの返事がないことのほうが不安で仕方なかった。
ルーフィとルーシィは二人で一人。
だから、こんなのダメ!
こんなのダメだよ!!
心の中では悲鳴が上がっていた。
苦しくて、苦しくてしょうがなかった。
(私たちは一人ぼっちだとこんなにも弱いんだ……!)
涙が零れそうになった。
もう枯れ果てたと思っていたのに。
涙なんて、子供の頃に流し過ぎたから。
通りがかった人と目があった。
廊下を歩く生徒の中で奇異の目を向けるものがいた。
手を伸ばした。
でも、当然のようにその手を取ってくれる人はいない。
私たちを助けようとしてくれる人なんて一人もいない。
(ああ……そうだった)
馬鹿だな。
私は馬鹿だな。
何度も思い知らされたじゃない。
他人には頼っちゃダメだって。
なのに、なんでこんな大事なときに、私は誰かに頼ろうとしてるんだろう。
そんな自分が情けなくて、涙が零れた。
「あら? あらあらあら? 泣いていらっしゃるの?
あははっ、闇森人も涙が流れるのね。
無表情、無感情だと思っていたのに!」
高らかな笑い声が聞こえる。
「痛かったかしら? 怖いのかしら? 高貴な我々(エルフ)の偉大さを思い知ったかしら?」
何か言っているのが聞こえる。
でも、そんなのはどうでもいい
(ごめん、ごめんねルーフィ……)
お姉ちゃんなのに、助けにいけなくてごめんね。
「でも、許してなんてあ~げない!」
ガシガシと頭を踏まれ、遠慮もなく腹部を蹴られ、気を失いそうになって。
最後の力を振り絞って、手を伸ばした。
せめて、せめてこの手がルーフィに、ルーフィに届けと。
妹を助ける力になれますようにと――届かないとわかっていても、何も掴めないとわかっていても、その手を伸ばさずにはいられなくて。
「何を掴もうとしているの?」
金髪碧眼の女が、伸ばした手に向かって。
「何も掴めないのに」
最後の希望を砕くように、足を踏み下ろした。
ガン――!
激しい音を上げた。
でも、不思議と痛みはない。
どうしてか、温かい温もりに包まれていた。
どうしてか、伸ばしたその手が力強く握り返されていた。
不思議に思って、擦れた目を見開いた。
「何も掴めないなんてことはないだろ?」
抱き抱えられているのがわかった。
「少なくとも、俺の手は掴めてる」
微笑みかけられた。
温かい。
握られたその手も、抱き抱えられた身体も、その笑顔も、言葉も。
全てが温かかった。
擦れた私の目に、はっきりと映した出されたその人は。
「……マル、ス」
「ごめんな、遅くなって」
クラスメイトのマルス・ルイーナだった。




