双子の受難③
「ねえ、マル――」
「マルスさん、今からデートに行きましょう!」
俊敏な動きで俺に迫ってきた兎人の声に、銀髪の少女は言い掛けた言葉を止めた。
いつの間にか、俺はデートをすることになっていたらしい。
「ちなみに、どこに行くんだ?」
「では医務室に行きましょう!」
「ちょ、ちょっと! 医務室って、一体何をするつもりなんだよ!」
焦ったように声を荒げたのはエリーだった。
「あら? エリシャさんどうかされたんですか?
お顔が赤いようですが、何かよからぬ妄想でも?」
「よ、よからぬって、それはラフィさんのほうでしょ!」
「ラフィはただ、今日の訓練でお疲れになっているマルスさんに、
マッサージでもと思っただけなのですが?」
「~~~~~っ!?」
意地悪そうにニヤニヤとするラフィに、エリーは目を見開いて動揺を露にした。
放課後の教室で一際賑やかな俺達に、教室を出て行こうとしていた数人の生徒の足が止まっていた。
苦笑を浮かべる者や恨めしそうにこちらを睨んでいる者、微笑ましく見守っている者など、周囲の生徒達の反応は様々だった。
「マッサージとか絶対嘘」
「頭の中はピンク色」
二つの声が聞こえ。
褐色の森人が、俺達に歩み寄ってきた。
「な、なんですか闇森人!
言っておきますが、マルスさんは渡しませんからね!」
まるで俺を守るみたいに、ラフィが双子の前に立ち塞がった。
その様は、俺と双子を隔てる壁のようだ。
「つんつん」
「つんつん」
無表情のまま、双子はその壁を突く。
兎耳やら頬やら胸の辺りを指先でツンツンしている。
ピクっと反応を示すものの、ラフィはその場から微動だにしない。
「つんつんつん」
「つんつんつん」
クスッと双子の頬が少し緩んだのがわかった。
動かないラフィの様子を面白がって、両手で様々な場所を突き始めた。
流石に堪えられなくなってきたのか、ビクビクと身体を震わせて。
「い、いい加減にしなさい!!」
怒声を上げて、ツンツンする双子の指を振り払おうとしたのだが。
褐色の森人はそんなラフィの攻撃をさっと軽やかな身のこなしでかわした。
「そんなの当たらない」
「兎は鈍間」
「むっ~! 兎人が鈍間なんじゃなくて、ラフィが訓練不足なだけです!」「おい、それは認めるのかよ」
「あ、あはは……」
思わず突っ込みを入れると、エリーが渇いた声で苦笑した。
「ぐっ……敵ながら見事な誘導です。
まさかこのような形でラフィに墓穴を掘らせるなんて……!」
悔しさと感心半々といった口調のラフィ。
そこは全く感心するところではないのでは?
口には出さずそんなことを思っていた俺に。
「ねえマルス、兎とデートなんてしなくていい」
「そう、今日は私たちとデートする」
双子はラフィを無視して、そんな提案をしてきた。
闇森人の金の瞳が俺を捉えている。
デートなどと口にしているのに、二人の瞳はどこか虚ろな感じだ。
彼女たちを人形のようだと感じるのは、表情の変化に乏しいからだと思っていたが、
瞳に灯る意思が薄いからなのかもしれない。
「コラ! 抜け駆けするんじゃありません!
マルスさんとデートするのラフィです!」
「わ、私、マルスと訓練がしたいな」
ラフィとエリーが言葉を挟んでくる。
それぞれ思惑はあるのだろうけど。
「だったら、全員でデートしないか?」
俺は提案した。
しかし。
「ま、マルス! ぜ、全員でなんて、どういうつもりなの!」
最初に不満を口にしたのはエリーだった。
不満というか、少し怒っているようにも見える。
「おかしいことを言ったか?」
「だ、だって、みんなでデートするなんて、ダメだよ!」
なぜだろうか?
「デートというのは男女が一緒に出掛けることなんだよな?」
「そ、そうだよ」
「なら、何人いても問題ないだろ?
例えば、全員で訓練をするとかどうだ?」
「え……?」
どうしてだろう?
俺が再び提案した途端に、エリーの怒りが唖然へと変化していた。
「マルスは勘違いしている」
「デートは二人きりでする。
それ常識」
「そうなのか?」
俺はてっきり何人でデートをしてもいいと思っていたのだが。
どうやらデートというものをずっと勘違いしていたらしい。
「だったら、デートはやめておくか。
折角みんないるんだ。
さっきも提案したが、全員で訓練でもどうだ?」
「ふぅ……あ――私は大歓迎だよ!」
「ラフィはデートのほうがいいですが、
マルスさんが訓練をするというなら、それに付き合います」
エリーは嬉しそうに、ラフィは渋々と賛成してくれた。
席は離れていたが、訓練という言葉にセイルも反応し立ち上がった。
どうやらあの狼人も参加の意思があるようで、こちらに歩み寄ってきた。
「マルス、訓練するならオレも付き合わせてくれ」
「ああ、勿論いいぞ」
セイルが参加意思を示したところで、俺は双子に目を向けた。
「お前たちはどうする?」
「私たちは帰る」
「訓練は授業だけで十分」
素早く意思決定した双子は、特に粘着することもなく踵を返した。
騒ぎが収束したのを確認してか、他の生徒たちもぞろぞろと教室を出て行く。
その中には、授業中に闇森人を蔑んでいた金髪碧眼の森人の姿もあった。
教室を出て行くこと自体は不自然なことではない。
だが、双子が出て行くのを確認し、まるでそれを追っていくように出て行ったことに違和感を感じたのだ。
俺の考え過ぎならいいのだが、悪い予感は不思議と当たるものだ。
行動した結果何事もなければそれでいい。
何もせずに不満が残るよりは遥かにマシだ。
そう考え、俺は自分の行動を決めた。
「どうかしたの、マルス?」
「悪い、やっぱ訓練は中止だ」
「え……ま、マルスさん!?」
訓練の中止を伝え、俺は教室を出ようとしたのだが。
「ちょっと待てよ」
教室を出ようとする俺を妨害するように、長身痩躯の人間の男が扉の前に立った。
俺が一度も話したことがない生徒だ。
「なんだ?」
「……なあ編入生、少し話をしないか?」
「悪いが、後にしてくれないか?
今はちょっと忙しいんだ」
双子はまだ出て行ったばかりだ。
今なら直ぐに追いつける。
「お前さ、あの双子のとこに行こうとしたんじゃないか?」
細い目をさらに細め、皮肉な笑みを浮かべてそんなことを聞いてきた。
「……だとしたら?」
「だったらここは通せないな」
目の前の男がそう口にした途端、教室内に残っていた生徒が数人が立ち上がった。
森人が二人、人間と小人がそれぞれ一人ずつ。
手には魔石を持っているがわかった。
その様子を見ていたエリー達も警戒を強める。
「……どういうつもりだ?」
「今日の授業で、お前も聞いてただろ?
闇森人は魔族かもしれないってさ」
「あんなくだらない話を信じたのか?」
「勿論根拠がない出鱈目の可能性は高いわな。
でも、完全に否定することもできないと思わないか?
亜種族の中でも、闇森人は魔族に近いって話は実際にあるんだぜ?」
確かにそういった文献も存在しているだろう。
その時代を生きていた者の都合で書かれ、歪んだ情報として後世に残ってしまっている場合もある。
他種族との交流が当然となった現在では、そういった間違いは徐々に訂正されてきているようだが。
「もしあの双子が魔族だとしたら、この学院で一緒に授業なんか受けてる場合じゃないだろ?」
「それを確かめる手段はないだろ?」
「あるさ」
目の前の男は、口元を歪めた。
「魔物を召喚し、あの双子を襲わせる。
もしあの双子が魔人なら、魔物を従えるところを見られるかもしれない。
そうすれば魔族であることが確定する」
「今日の訓練で、そんなところは見れなかったが?」
「それは俺達が見ていたからだろ?
人の姿がなければ、本性を見せるかもしれない。
例えば、あいつらを学院の外に追い出してみればいい」
「学院の外が危険だって話を聞いてなかったのか?」
現状、学院長が安全を保障すると明言したのは学院の敷地内のみだ。
学院外であれば魔族の襲撃に会う可能性がある。
「だからこそ、帰ってこれるかを試すんだよ」
「それが何になるんだ?」
「馬鹿かお前?
今、学院の外に出たら魔人に襲われる可能性があるんだろ?
そんな状況化で無事に帰ってきたら、魔人の仲間の可能性が高いと思わないか?」
「襲撃に会わない可能性だってあるだろ?」
「魔族の襲撃がなかったとしても、魔物に襲わせることはできる。
下級の魔物を召喚する為の巻物があるんだ。
この学院の購買部はいいよなぁ。
簡単な依頼をこなすだけでちょっとした物なら手に入る」
何が楽しいのかわからないが、男は不気味に思えるほどに口元を歪め開く。
同じ人間とは思えない。
少なくとも、あの双子よりは目の前の男のほうが魔族らしい残虐性を秘めている気がする。
「一つだけ確認するが、ルーシィとルーフィの命が危険に晒された場合どうするつもりだ?」
「は? そんなこと知ったことか。
ヤバそうなら教官が助けるんじゃねえか?
ま、万一死んだら、そりゃ自分に力がないだろうが。
ここは実力主義の冒険者育成機関なんだからな」
「そうか」
こいつの考えはよくわかった。
「そうだな。
ここは実力主義の冒険者育成機関だ」
「ははっ、やっとわかったかよ。
だったらここで大人しくしててくれや。
それとも、ボクらに協力し――ぶごおおおおおおおおおおおっ!?」
俺は、長身痩躯の男の顔面を全力で殴りつけた。
鼻の骨がめり込み、陥没する感触が拳に伝わる。
だが構わず拳を振り抜くと教室の扉ごと男の身体が廊下に吹き飛んだ。
「だったら、俺がここから出て行くのだって自由だよな」
廊下の壁にブチ当たり、男は力なく白目を剥いて気絶してしまった。
口だけが達者だったようだ。
「なっ――学年五位のリリックを一撃で……!?」
「……不意打ちだ! いくら強くたって全員でかかれば!」
「闇森人の肩を持つなんて!」
「相手は一人だぞ……!」
残り四人が魔石で形成した武器を構えた。
殺さないように手加減しながら戦うのは面倒なのだが。
やるというなら仕方ない。
こいつらがやろうとしていることがわかった以上、双子を放っておくわけにもいかないしな。
俺が四人を相手にしようとした時だった。
「一人じゃないよ!」
そう言って、エリー達が四人と対峙する。
「あんな話を聞いちゃったら、放っておけないから!
ここは私達に任せて、マルスは二人を追って!」
「微力ながらマルスさんのお役に立たせてください」
「こんなヤツら、オレ一人で十分なんだよ」
三者三様の反応ではあったが、エリー達の存在を俺は心強く感じた。
「……――頼む!」
三人は俺の言葉に力強く首肯を返し。
俺はエリー達にこの場を任せて、双子を追いかける為に疾走した。




