双子の受難②
意外なことに。
昼休みを知らせる鐘がなって直ぐ、双子の闇森人は森人の拘束を解いてしまった。
昼休みの間くらいは晒し首状態で放置しておいてもいいと思うのだが。
「あなたたち、覚えておきなさい!
このままで済むと思わないことね!」
こんな捨て台詞を残していく辺り、この森人は何も反省していないようだ。
「良かったのか?」
俺が聞くと。
「ご飯が食べられないのは可哀想」
「飢えるのはダメ、一番良くない」
双子は無表情だが、しみじみとそんなことを言っていた。
元々、拘束するのは昼休みに入るまでと決めていたのかもしれない。
確かに飢えとは恐ろしいことの一つだ。
飢餓の苦しみは気が狂いそうになるのだ。
飢餓は体力を奪い精神すら蝕んでいく、それはまるで病魔のように。
もしかしたらこの双子も、そんな飢えの苦しみを知っているのかもしれない。
「じゃあ、私たちは行く」
「もう、お腹がペコペコ」
そんなことを言いながら腹部を撫で、双子は踵を返した。
あの双子は、いつもどこで食事をしているのだろうか。
「マルスさん、ラフィ達も行きますか?」
ラフィに聞かれた。
壁際に身を寄せていたエリーとセイルも、俺に歩み寄ってくる。
どうやら、俺と双子が話し終わるのを待ってくれていたようだ。
「そうだな」
俺達は四人で食堂に向かい、料理を受け取ると空いている席に腰を下ろした。
食堂では、生徒達は食事を取りつつ談笑を楽しんでいる。
それは俺達も例外ではなく。
「マルス、私とセイルの試合はどうだったかな?」
食事の手を一旦止めたエリーが、銀の双眸を俺に向けた。
口は開かなかったが、セイルの狼耳がヒクッと反応を示した。
「初日に俺と戦った時と比べたら、二人とも格段に良くなってたぞ」
二人ともという部分に反応して、セイルの尻尾が揺れたのがわかった。
椅子に座っているので目で確認はできないが、ペシペシと尻尾がぶつかる音がする。
表情はやけに硬く不機嫌そうだが、どうやら喜んでいるようだ。
そんな狼人とは反対に、銀髪の少女は安心したように目尻を下げて。
「嬉しいなぁ。
マルスがそう言ってくれるなら、すごく励みになるよ」
本当に嬉しそうに俺に微笑みを向けてくれた。
その笑顔はとても純粋な笑顔だった。
心の奥底から生じる感情が溢れ出てきたような。
絶対に穢してはいけない。
失くしたくないと思えるくらい、大切なものに感じた。
どうしてエリーは、俺にそんな表情を向けてくれるのだろう。
信頼の証ということなのだろうか?
だとしたら、俺もエリーの信頼に応えられるよう一層努力しよう。
「ま、マルス、その、どうかしたの?」
「え?」
エリーが笑みを崩し、俯き加減に俺を窺う。
ほんのりと紅が指さった表情は照れているようにも見えた。
「どうかって、俺がどうかしたか?」
「だ、黙ったまま見つめてくるから……」
「そうだったか? それは悪かった」
意識して見つめていたわけではないのだが。
恥ずかしそうに、エリーは身体をもじもじとさせていた。
「も~う! ラフィを無視してイチャイチャしないでください!」
隣に座っていたラフィが、俺の制服を引っ張りゆさゆさと揺さぶってきた。
「い、イチャイチャなんてしてないよ!」
「してます! 物凄くしてます! ラフィが羨ましく思うくらいしてます!
エリシャさんから雌の匂いを感じました!」
「めっ――!? なっ、何を言ってるんだよ!」
エリーは湯で上がるみたいに赤くなった。
その場で立ち上がり、全力で否定を始める。
「マルスさんには、積極的にアプローチをするよりも、
エリシャさんのようになさり気ないアピールをしたほうが効果的なんですか?」
「いや、俺に聞かれても困るが」
そもそも効果的というのは、何に対する効果なのだろうか?
「まあ、積極的でいればエリシャさんには出来ないイチャイチャができるので構いませんが」
ベタベタと身体を寄せてきて、胸部を腕に押し付けてくる。
「そ、そういうのはダメだよ!
それに、い、今は食事中でしょ!」
ムキになって反論するエリシャ。
騒がしい食堂の中で一段と騒がしい俺達は、この場にいる生徒達の目を明らかに引いていた。
騒いでいるラフィたちにではなく、黙っている俺にキツい視線が浴びせられている気がするのは果たして気のせいだろうか?
「おいクソ兎、だからテメーは万年発情期って言われんだぞ」
「それを言っているのは、あの双子だけじゃありませんか!」
双子――と聞いて、俺はさっきの授業のことを思い返した。
「なあ、聞きたいことがあるんだが」
言い争っていた三人が、ほぼ同時に俺の声に反応した。
「さっきの時間のことなんだが、あの森人は随分と喧嘩腰だったよな?
以前から双子と険悪だったのか?」
気になったのでエリー達に聞いてみることにした。
「どうだったかな?
ルーシィとルーフィは、元々他人とそこまで関わるタイプじゃないから」
「……わからねえ」
「あそこまで執拗に絡んでいたことはなかったと思います」
エリー、セイル、ラフィ、それぞれの意見だった。
普段からあの調子であったのなら、周囲の生徒もいつものことかと流したのだろう。
しかし今日の様子を見る限り、多少なり周囲の面持ちに驚愕の色が見えていた。
「種族間での確執のようなものはあると思います。
ただ、この学院は多種族が入り混じって生活する空間ですから、
小競り合いのようなことはしょっちゅうですよ」
多くの種族がいるのだから、ちょっとした小競り合い程度は仕方ないってことか。
魔族の件もあり、生徒達の神経が過敏になっている部分もあるのではと思ったが、気にする必要はないかもしれない。
「まあ、もしあの森人が何かをしてきても、また返り討ちに合うだけですよ」
「あの二人は、二年の中でもトップクラスの実力者だからね」
ラフィとエリーがそう言うと、セイルはつまらなそうに口をへの字にした。
確かにあの二人の実力なら、大抵のことは自分達でどうにかできるだろう。
だが、種族間での抗争になった場合、闇森人は数の多い種族ではないだろうから心配ではあるが。
「ふふっ、マルスは優しいね」
「ラフィとしては無闇矢鱈に優しさを振りまくのはやめて欲しいです」
なぜかこんなことを言われたのだが。
別に俺は優しくなどない。
なぜ二人はそんな見当違いをしているのだろう。
ただ、俺があの双子のことを気にしているのは事実だ。
どこか昔の自分に似ているからかもしれない。
無表情で感情の起伏が薄い。
世間ずれしていて、他人との関わり合いがない。
少なくとも、好かれる子供じゃなかったな。
双子は余計な口を利かない分、変に誤解されてしまいそうだ。
「何も起こらないなら、それでいいんだがな」
「一応、私もそれとなく気にかけてはおくよ」
「ほんの少しだけ、ラフィも気にしておきます」
「……双子のことで何かあったら、マルスに伝えりゃいいんだな」
三人がそんなことを言った。
実際に心配していると口に出したわけでもないのに。
まるで心を読まれたようだ。
それとも顔に出ていただろうか?
「……ところでよ、そろそろ喰わねえと、時間がヤバそうじゃねえか?」
セイルが冷静に状況を語った。
食事をする手を止めて話ばかりしていたせいで、皿に載った料理は半分も減っていない。
談笑を止め、俺達は食事に集中することにした。
昼休みが終わり、午後の授業に入った。
午後の授業は魔物との実戦だ。
ラーニアが召喚魔術を行使し、ゴブリンやスケルトン、スライムなどの下級の魔物を召喚し俺達が交戦した。
双子と魔物の交戦には、普段以上に多くの生徒が目を向けていた。
やはりあの森人の女が魔族のことを持ち出したせいだろう。
一部の生徒の間では、もし闇森人が魔族なら魔物を操るのでは? などと勘ぐっている生徒もいたようだ。
戯言と変わらないあの一言が、間違いなく周囲に影響を与えている。
勿論、ルーフィとルーシィはそんな特殊な力など使えるわけもなく、ただ魔術を行使し魔物を倒すという基本的な戦いを見せただけだった。
気になったのはこのくらいで。
この授業でも何かトラブルが起こるのではと考えていたのだが、結局何事もなく時間は過ぎて、午後の授業は全て終了し放課後を迎えたのだった。




