双子の受難
ほとんどのペアの試合が終わり。
「ラフィ、俺達もそろそろやるか?」
「こ、ここでですか? まさかマルスさんからお誘い頂けるなんて」
ラフィの真っ白な肌に朱が指した。
両手を頬に当て困ったように身体をくねらせている。
いや、悶えていると言ったほうがいいかもしれない。
「兎が発情してるの」
「万年発情期だから」
そんな兎人の様子を見てさらりと蔑みの視線を向ける双子の少女。
「闇森人!
訂正してください!
ラフィが発情するのはマルスさんにだけです。
今の物言いでは、ラフィが誰に対しても発情しているみたいじゃないですか!」
ルビーを彷彿とさせる双眸でラフィは双子を睨み反論した。
その表情と口調は真剣そのもので、今の発言が本気なのか冗談なのかわからなかった。
だが、そんなラフィの発言に対し誰もがきっと思ったろう。
反論するのはそこなのかと。
「くすっ、兎はやっぱり面白い」
「くすっ、からかいがいがある」
闇森人の双子は、精緻な人形のように整った容姿に僅かな微笑を浮かべた。
その笑みは見る者全てを惹きつける。
まるで相手を誘惑でもしているかのように。
数人の男子生徒は双子の美しさに目を外すことすらできなくなり固唾を呑んでいた。
勿論、それはこの双子が狙ってやっていることではないのだろうが。
「……汚らわしいのよ。
闇森人」
そんな言葉がはっきりと聞こえた。
俺の気のせいではない。
その証拠にこの場にいた数人が反応した。
確実に発言されたその言葉は、果たして双子の耳に届いていただろうか?
「そこの森人が何か言ったよ?」
「そこの森人が何か言ったね?」
どうやらはっきりと聞こえていたらしい。
双子の視線が、ラフィから金髪碧眼の森人の少女に移った。
この森人の少女は一切悪びれるわけでもなく。
「あら? 聞こえたの?」
堂々とした佇まいで口を開いた。
「聞こえるように言ってた」
「聞こえないわけがない」
いつもの調子で無表情に淡々と言葉を返す双子の姉妹に。
「ならこの際だから言わせてもらうけど、
あなた達は自分が汚らわしい存在だとわかってるのかしら?」
突然、そんなことを言ったのだ。
「お風呂なら入ってる」
「臭くないし汚くない」
お互いの身体をクンクンと嗅ぎ、ルーシィとルーフィは答えた。
「そういうことを言っているんじゃないのよ!
高潔な血が流れる我々森人と違い、
あなたたち闇森人には汚れた血が流れている。
そう言ってるの」
闇森人は忌み嫌われた種族という話は聞いたことがある。
その存在自体が甘い蜜と変わらず、男を獣欲に溺れさせ災いをもたらすと言われている。
それが闇森人の血のせいなのかはわからないが、個人が欲に負けず自分を律することができれば問題のない話だと思う。
俺がそう思っているだけで、そうは考えていない者も多くいるのだろうけど。
「一方的に決めつけて、森人は傲慢」
「性格悪い、どこが高貴かまるでわからない」
無表情な双子の姉妹の声音に、少しの苛立ちが宿っていた。
「何を言おうと、あなた達が汚れているのは間違いないでしょ?
その浅黒い肌がその証拠よ。
私たち森人の肌を御覧なさい。
汚らわしいあなたたちと違ってくすみすらないのよ」
この大陸に住む多くの種族の中でも、森人は特にプライドが高いなどと言われているが、実際にこういった場に遭遇するとそれが事実であることがわかった。
長寿であり博識であることが、その傲慢さに繋がっているのかもしれない。
数百年以上前はそもそも他種族と関わろうとすらしなかったらしいので、その頃に比べると随分とマシなのかもしれないが。
「もしかしたら、闇森人の汚れた血というのは、
魔物の血でも流れているのかしら?」
よりにもよって、こんなことを言い出した。
何の根拠もない話だ。
「魔族が冒険者育成機関を襲っているのも、
闇森人がいるからかもしれないわね」
罵詈雑言は止まらない。
なぜこの森人はこんなことを言うのだろうか?
森人と闇森人は過去に争っていたこともあるらしいが、現在も一部の者の間では何らかの因縁が残っているだろうか?
「ねえ、あなた方もそう思いませんか?」
金髪碧眼の森人は、この場にいる者達に問い掛けた。
その発言は生徒達の間で物議を醸した。
「闇森人が魔族?」
「でも有り得るかもよ。
闇森人は忌み嫌われてるって聞くじゃん」
「魔人っていうのは、実は闇森人のことだったとか?」
あんなくだらない戯言で、様々な憶測を呼んでいる。
本来なら失笑で終わりそうな話題だが、魔族に襲撃を受けた今の状況では生徒達にとっても他人事ではない。
まるで、それを利用して闇森人を排除しようとでも言うような打算が見えてしまって。
「随分と醜いんだな」
そんな言葉が口から零れていた。
「あははっ、醜いですか。
あなたもそう思うのですね!」
俺の言葉を、見事に自分の都合のいい方に勘違いする森人に。
「違うよ、俺が醜いって言ったのはあんたのことだ」
「は?」
はっきり言ってやると、驚愕したように大きく目を見開いた。
「わ、私を醜いと言ったんですか?」
「ああ、醜くて陰険だな」
自分の主義主張や確執に他人を巻き込み、学院の身内同士を争わせようとするその姿が、俺は堪らなく醜いと感じた。
「は、ははっ、人間の分際で……!」
「そうやって外見や種族でしか相手を判断できないあんたのどこか高貴なんだ?」
「森人が高潔で高貴あるのは当然のことです!」
憎しみの籠もった目が俺に向けられた。
自称高貴な森人の美しい顔が、醜悪に塗れていく。
「誰が決めたんだよ?
他の森人がどうかは知らないが、少なくともあんたは高貴でも高潔でもないと思うぞ。
少なくとも俺には、下賎で下劣に見えるがね」
「ぐっ――人間如きに何がわかると!!」
怒声を上げた森人が、魔石により形成した杖を俺に向けた。
その時――。
「マルス、もういい」
「そう、もう十分」
背後から声が聞こえた。
「ここは冒険者育成機関」
「文句があるなら実力で排除すればいい」
そう言って、双子は足を踏み出し俺の前に立った。
「野蛮な魔族の血が流れているだけあって好戦的ですね」
「先に武器を手にしたのはそっち」
「やるならいつでも相手になる」
二人は既に臨戦態勢のようだ。
「だったら、思い知らせてあげますよ!」
その偉そうな言葉を皮切りに戦いは始まったのだが、金髪碧眼の森人は一瞬で双子に敗北していた。
今は泥穴の中に埋められるみたいに、地に出来た闇の穴に埋められ首から上だけが地面に生えている情けない姿を晒していた。
埋められた森人を見て、クラス中が失笑している。
「ふ、二人がかりなんて卑怯だと思わないの!」
しかし全く反省する様子は見せず。
「ルーシィとルーフィは二人で一人」
「卑怯でもなんでもない」
ラーニアは傍観を決め込んでいる。
生徒の問題は生徒が対処しろ。
そういう態度を取っていた。
元々、これがこの学院の方針だったな。
なら、あの森人には反省を促す為に暫くはこのまま放置しておくのがいいかもしれない。
もとより双子もそのつもりのようだった。
「マルス、感謝する」
「マルスは優しい」
感謝されることも、優しいと言われるようなこともしてないというのに、双子は俺に感謝の意を示してくれた。
そして、双子は俺の腕を取り抱きつくみたいに身体を寄せた。
「ちょ、そ、そこはラフィの指定位置ですよ!」
兎耳を逆立て、ラフィは怒りを露にした。
「早い者勝ち」
「兎の場所はない」
ニヤッと皮肉に笑った双子を無理矢理引き離そうと、ラフィは奮闘していたところで。
――カーン!
――カーン!
授業終了の鐘が鳴った。
(……俺達、まだ試合をしていないんだが)
そんなことを思ったが。
ラフィも双子もそのことを全く気にしていないようなので、口には出さないでおこう。




