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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
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ユーピテル学院の宿舎④ 友達を守るという事

 俺は視線だけ動かし相手の姿を確認する。


「セイル……」


 エリシアにセイルと呼ばれた狼人ウェアウルフの男は、許可も取らずに俺の隣に腰を下ろした。


「知り合いか?」

「……うん。同じクラスなんだ」


 同じクラスという割には、二人の様子は友好的には見えなかった。

 エリシアは顔を伏せ、その声は暗い。


「だめだろぉエリシアぁ~、編入生が何も知らないのをいいことに、仲良くなろうってか?」

「……」


 なんだこいつは?

 急に俺達の会話に混ざってきたかと思えば、わざとらしいくらいの皮肉を並べている。

 なぜエリシアは文句の一つも言わないのだろうか?


「お前みたいな『落ちこぼれ』と関わってたら、編入生にまで無能が移っちまうだろ?」


 雰囲気から察していた通り、どうやら二人の関係は最悪らしい。


「なぁ~編入生、こんなヤツとは関わらない方がいいぜ?」


 高圧的でなれなれしく、セイルと呼ばれた生徒は、俺の肩に腕を回してきた。


「お前はここにきたばかりだから、何も知らないだろうけど、こいつは――」

「不快だ、少し黙れ」

「は……あ、あれ? ――ああああああ、うああああああああああああああっ!」


 俺はセイルの背後に回り込み、腕を締め上げた。

 

(痛みに嘆く様まで不快なヤツだ……)


 そのお陰で、食堂にいる生徒の視線が俺達に集まっていた。


「ただ腕を締め上げただけで大袈裟なヤツだな」

「あっ、あああああああ、や、やめろ、やめてくれえええっ!」

「やめて欲しけりゃ、エリシアに詫びろよ」


 言って俺は腕をさらに締め上げた。


「うあああああああ、わ、わかったああ。悪かった悪かったあああ、謝る、謝るからああああ!」

「本当に心の底からそう思ってるか?」

「ぎやああああぁ、ゆ、許してくれ、オレが悪かった、悪かったよおおおっ!」


 痛めつけられた恐怖なのか、本当に心の底から謝罪しているのか判断はつき難いが……。


「ま、マルス! もういいから! 私はもう気にしてないから!」

「そうか? あんた、エリシアの寛大さに感謝しろよ」


 エリシアに言われ、仕方なくセイルを解放してやった。


「っ――親切心で声を掛けてやったのに! くそっ! 覚えてろよ!」

「あんた、典型的な小物だな」

「――!!!!!!」

 

 怒りで歪んだ醜い顔で、セイルは俺を睨んでいたが、結局何もできずに食堂から出て行った。


「どんなに食事が美味くても、ああいうクズがいちゃ楽しめないな」

「……ごめんね、マルス。ボクのせいで……」


 エリシアに謝られる理由はないのだが、俺が『食事が楽しめない』と言ったことを、エリシアは自分のせいだと感じたのかもしれない。


「エリシアのせいじゃないさ。さ、冷める前に食っちまおうぜ」

「……うん」


 まだ気に病んでいるのか、エリシアは弱々しく微笑んだ。

 それから食堂にいる間、エリシアは心此処に在らずといった様子で、話しかけても頷くばかりで大した反応は返ってこなかった。


            *


 食事を終えて部屋に戻ってきても、エリシアの表情は暗いままだ。


 ベッドに座り、何も話すことなく顔を伏せている。

 二段ベッドなのだが、俺は上を使えばいいのだろうか?


(一応、確認してみるか?)


 話す話題も思いつかないし、丁度いい。


「なあエリシア、俺は上のベッドを使えばいいんだよな?」


 見たところ、上のベッドも下のベッドも、どちらも新品同様で皺や染み一つない。


「あ……うん、もしかして下の方が良かった?」

「いや、どっちでも大丈夫だ。それじゃ、俺は上を使うよ」


 上のベッドに上がって、そのまま寝転んだ。


 フワフワとした感触が眠気を誘ってくる。

 しっかりとシーツを干してあるのか、太陽の匂いを感じた。

 あまりの気持ちよさに、このまま眠ってしまいたくなる。


「……マルス」


 真下から聞こえる弱々しい声。


「うん?」

「聞かないの? ……さっきのこと?」

「何か聞いてほしいことがあるなら聞くが、そうじゃないなら聞かない」

「……ごめん」

「謝ることじゃないだろ?」

「……ありがとう」

「おう。感謝の言葉なら受け取っておくよ」


 エリシアの声に、徐々に明るさが戻っていく。

 この学校で何が起こっているのかはまだわからないが、エリシアは俺の友達第一号だ。

 落ち込んでいるなら、元気付けてやりたいと思う。

 俺の師匠も言っていた。

『友達が出来たら命を懸けて守れ』って。

『そうすれば、友達もきっと自分おまえを守ってくれるから』って。

 今まで俺には、友達や仲間と呼べる人は一人もいなかったけど、今は少なくともここにいる。


 だから、いざとなれば俺が全力で守ろう。


「ねえマルス、感謝ついでってわけじゃないけど、

 ここの先輩としてボクから一つアドバイス。

 食後で眠くなっていると思うし、直ぐにとは言わないけど、お湯が抜かれる前に浴場に行った方がいいよ。

 気付くと眠っていて、お風呂に入れなかったってよくある話だから」


 そういえばラーニアも、風呂の時間は決まってるって言ってたな。

 仕方ない。

 重い身体を起こし、ベッドを降りた。

 このまま眠ってしまいたい衝動はあったが、今日は随分汗を掻いた。

 まさか初日からクラスメートに汗臭いと思われたくはない。


「なら、風呂に行ってくるかな。エリシアも一緒にどうだ?」

「う~ん……誘ってもらってなんだけど、ボクは後にするよ。少し考えたいこともあるし……」


 もしかしたら、自分がいることで起こる可能性のあるトラブルを危惧しているのだろうか?


(あの程度なら、正直なんでもないのだが……今は、無理に誘う必要もないか……)


「わかった。それじゃ行ってくるよ」


 そうして俺は部屋を出て、浴場に向かった。




* エリシア視点 *




 一人になった部屋の中で、ボクは食堂でのトラブルを思い返していた。


(親しくなるべきじゃなかったかもしれない……)


 ボクの配慮が足りなかった。

 今日学院に来たばかりの同居人を、早速トラブルに巻き込んでしまうなんて。

  


(……遅かれ早かれ、マルスも知っちゃうよね……ボクが起こした事件のこと)


 いや、それ自体は構わない。

 あれは自業自得、自分の未熟さが原因で起こった事だ。

 でも、もし彼がボクと同室という理由で、またトラブルに見舞われるとしたら。

 ボクが原因で彼個人を攻撃するようなものが現れる可能性だってゼロじゃない。


(……やっぱり、同室は断った方がいいのかもしれない。

 明日、ネルファに相談してみることにしよう……)


 それがマルスの為だと、エリシアは思ったのだ。


(でも……嬉しかったなぁ)


 再び食堂での事を思い返した。

 今度はイヤなことでない。

 マルスが自分を助けてくれたこと。

 たった一口、シチューを分けただけで、マルスは『その礼に、必ず助けになる』なんて、何ら迷いなく堂々と言っていた。

 その言葉はただの本心でなく、彼なりのリップサービスだと思っていた。

 心の底から出た言葉だなんて思っていなかった。


(……でも、違ったんだね)


 マルスは本当に、ボクを助けてみせた。

 何の事情も知らないはずなのに、迷いのない行動。

 彼の言葉には嘘がない。


(友達だなんて言っておきながら、彼を軽く見ていたのはボクの方だったんだな……)


 情けないな……。

 そんな自分を恥じる。

 そして同時に、この感謝をいつか必ず彼に返そうと、ボクは決意するのだった。

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