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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
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守りたい者

 男子宿舎に戻った俺たちは、まず浴場で汗を流し、その後食堂に向かった。

 浴場でもそうだったが、食堂もやけに騒がしい。


(……どうかしたのだろうか?)


 理由は直ぐに判明した。


「なあ聞いたか?

 魔王が復活したって噂?」


 こんな話が聞こえてきた。


「ああ、聞いた聞いた。

 でも、そんな話デマだろ?」

「それがそうでもないらしいぜ。

 放課後に爆発音が聞こえただろ?

 実はあれは魔族の仕業らいいぜ?」


 宿舎の生徒達の間で、こんな噂が持ちきりだった。

 誰かが意図して流したのか。

 どこからか話が漏れたのか。

 精査されていない情報が一人歩きし、間違った情報へと変化している。


「そんな事件があったなら今頃大騒ぎだろ?」

「だから教官達は大忙しらしいぜ。

 ぼくら生徒は、明日あたり詳しい話が聞けるんじゃないかな?」

「ふーん。

 ま、もし魔王が現れたらオレが瞬殺してやるよ!」

「はははっ、そうしたらお前のことを英雄様って呼ばないとな」


 日常的でたわいもない会話がなされている。

 それほど悲壮感がないのは、話をしている本人達が、この話を噂程度に考えているからだろう。


「おいおい後輩、突っ立ってないでさっさと飯にしようぜ。」

「……そうだな」


 ファルトに言われて。

 俺は夕食を受け取る為のトレイを持ち、カウンターに向かった。


「皆さん、お帰りなさいませ!」


 疲れた身体を癒すような笑みで、ネルファは俺達を迎えてくれた。

 この家政婦(メイド)はいつでも溌剌としている。

 毎日の重労働で疲れているだろうに、やはり彼女は家政婦(メイド)の鏡だ。


「ネルファの笑顔を見てると、疲れが吹き飛ぶな」

「急にどうされたんですか?」


 ネルファは白いカチューシャを付けた頭を傾げた。


「おいおいマルス後輩、ネルファさんを口説いてるのか?」


 そんなことを言って、ファルトが俺の首に腕を回してきた。


「そんなつもりは全くないが?」

「軽口に聞こえなくもねえな」


 ムスッとした顔で追従する狼人(ウェアウルフ)の一声。

 打ち合わせもなしにしては、見事なコンビネーションだ。


「まさかマルスさんに口説かれてしまうなんて……。

 一体、こういう時はなんとお答えすれば」


 両手を頬に添え、ネルファは純情そうに照れていた。

 今のままでは旗色が悪い。


「……ところでネルファ、今日のオススメはなんだ?」


 俺は話を変えることにした。


「本日は特別メニューをご用意しています!」


 するとネルファは、先程まで照れていたのが嘘のように完璧な家政婦(メイド)の顔に戻っていた。


「昨日は、マルスさん達が依頼(クエスト)で大変な目に遭ったと学院長から聞いております。

 そんな皆さんの為にネルファ特製「スペシャルサンド」をご用意させていただきました!

 勿論、通常のメニューもご用意できますが?」


 こんなところで、まさかの学院長からのサプライズだ。

 食べてはみたい。

 だが、特製とサンドという言葉は俺のトラウマを呼び起こす。

 ラフィの作ったあの恐怖が……。


「マルス、なんだか震えてねえか?」


 まさに身の毛もよだつというヤツだ。

 だが、ここでネルファの特製を食べることで、俺はこのトラウマを払拭できるのではないだろうか?

 根拠はないがそんな気がした。


「それをもらってもいいか?」

「はい! お待ちください!」


 一度カウンターの奥の調理場まで下がり。

 急ぎ足でその特製を持ってきてくれた。

 そして手に持っていた白い皿をカウンターに置いた。


「ここで魔法のシロップを掛けます!」


 右手に持っていた黒いシロップの入った容器を両手でギュッと搾ると、

 ブボッという音をたてどろっとしたドス黒いシロップが飛び出した。

 白いサンドイッチが真っ黒に染まっていく。


(お、おかしい……)


 この料理はラフィが作ったあれを彷彿とさせる。


「これで完成です!

 どうぞ、マルスさん!」


 にこやかに、トレイの上に黒く染まった皿と水の入ったコップ、フォークにナイフを載せてくれた。


「手が汚れてしまうので、ナイフとフォークをお使いください」

「ね、ネルファにしてはワイルドな料理だな」

「はい! 自信作なので!」


 ネルファがふふんと胸を張った。

 あのネルファがここまで言うのだ、信じても大丈夫だろう。


「セイルさんとファルトさんも同じ物で宜しいでしょうか?」

「おれは依頼クエストには参加してないんだが?」

「折角の機会ですので、是非ご一緒に」


 随分とオススメするな。

 これはそれほどの自信作なのだろう。


「じゃあ、おれもそれをもらってみようかな」

「オレも同じのを」


 二人も俺と同じ特製を注文していた。

 見た目がおどろおどろしいので断るかと思ったが、ネルファが出す物であれば、なんでも美味いと考えているのだろう。

 俺もネルファを信じているが、口に入れてみるまでは安心はできない。


 全員が料理を受け取り。

 そして今、全員が同じ品を並べて席に付いた。


「じゃあ食うか」


 ファルトが真っ先に口に入れた。

 一口食べて、後はもくもくと食べていく。

 ナイフとフォークを持った手が止まらない。


「マルス、食わねえのか?」


 凝視するようにファルトを見ていた俺を変に思ったのか、セイルの青い瞳が俺を見ていた。


「い、いや、ファルトが美味そうに食ってるなぁと思って」

「おう、美味いぞ! こりゃネルファの料理の中でも絶品だ!

 流石特製だな!」


 もぐもぐと口を動かしながら絶賛した。

 そんなファルトの言葉を聞いてか、セイルの喉がゴクッと動き、フォークでサンドイッチを刺すとそのままかぶりついた。


「……っ!!」


 セイルの耳がピクンと立った。

 もぐもぐごくんと、食べる手と口が止まらない。

 これなら、感想は聞くまでもないだろう。


「……ごくっ」


 二人の様子を見れば問題ないことはわかる。

 これは殺人サンドではない。

 ネルファの作った料理なのだ。

 俺は覚悟を決め。

 ナイフでサンドイッチの隅を切った。

 一口サイズよりもさらに小さい。

 それをフォークで刺して口に運ぶ。

 その一欠片が口に入った瞬間。


「……」


 脳に電流が走ったような衝撃を受けた。

 舌から全身に至福が伝わってくる。

 これは美味いなどという言葉では表現できない。

 最早――食べることに快楽を覚えるレベルだ。


 食とは素晴らしいものだと、ネルファは俺に改めて教えてくれた。


「これは素晴らしいものだったな」

「あの人はマジですげえ」

「ああ、ネルファさんは料理の王だな」


 まっさらになった白い皿が、机に三つ。

 最高の満足感が得られた。

 俺の殺人サンドに対するトラウマが、上書きされたようだった。


 それから俺達は席を立ち、カウンターに皿を置きに行った。

 セイルは薄青色の尻尾をふりふりと揺らしている。

 食事中は、実はかなりご機嫌だったのかもしれない。


「皆さん、特製メニューはいかがでしたか?」

「言葉で表現すると陳腐になるが、最高に美味かった」

「今まで食ってきた何よりも美味い」


 俺とセイルの言葉と、空になった皿を見て、ネルファは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます!

 そう言っていただけて、わたしも嬉しいです」

「ネルファさんはこの大陸の王だな。

 料理の王様だ。

 いや、もしかしたら神様の生まれ変わりかもな」

「ファルトさんは大袈裟です」


 流石のネルファも苦笑した。

 それから俺達は食堂を出た。


 すると、玄関の入り口付近にたむろっていた生徒数人の声が聞こえてきた。

 また噂話をしているみたいだ。


「随分と騒がれてるな」

「そりゃそうだろ?

 魔王や魔人なんてのは、おれたちくらいの世代には御伽噺の登場人物ってとこだ」


 階段を上りながら、そんな話を始めた。


「魔人ってのは、きっとつええんだろうな……」


 セイルの言ったことは、俺も考えていたことだ。


「魔王ほどじゃないんだろうが、強いんじゃないか?」


 ファルトが答えた。

 魔王とはどれほどの強者だったのだろうか。


「どうせなら、魔人じゃなくて魔王と戦ってみたいな」

「ははっ、魔王と戦ってみたいなんて、マルスはおれ以上の戦闘中毒者バトルジャンキーだな」

「ファルトは戦ってみたくないのか?」


 強者と戦ってみたいと思うのは、当然のことではないのだろうか?


「そうだな。

 戦ってはみたいが、殺されたくはないな」


 ニヤッと微笑み、飄々とした態度で答えた。

 そのせいか、本音なのかどうかはわかりにくい。


「そういう化物とも、戦うかもしれねえんだよな」


 揺れていた尻尾の動きが止まった。


「どうしたんだ?」

「……今のオレがそういう化物と戦ったら、きっと殺されるんだろうと思ってよ」


 厳しい表情を浮かべるセイル。

 その表情は苦渋に満ちているように見えた。


「強くなりてえ。

 今よりも、もっともっと強く」


 俺を真っ直ぐに見るセイル。

 その目と言葉には強い意思を感じた。

 本当に強くなりたいという意思を。


「少なくとも、お前は今よりはもっと強くなれるさ」

「……ああ。

 せめて、足を引っ張らないくらいには強くならねえとな」


 セイルは誰の足を引っ張っているのだろうか?

 だが、目標としたい相手がいるのであれば、いいことだろう。

 俺も昔は、師匠の背中を追っていた。

 追いかける者がいる時は、人は前を向いていられるものだからな。


「いいねえ。

 後輩がそんなにやる気出してるところを見ると、

 おれもなんだか修行をしたくなってくるぞ」


 ファルトもまた、強さに貪欲なのだろう。


「そうだファルト先輩。

 アリシア先輩の許可があれば、俺と戦ってくれるんだろ?」

「訓練ならって条件付きだが。

 今の状況だとそれどころじゃないかもな。

 場合よっちゃ、生徒会おれたちは今よりも忙しくなりそうだ」


 生徒会が忙しく?


「まさか、生徒会も魔族との戦いに駆り出されるのか?」

「いや、そうじゃない。

 ただ、この騒ぎが切っ掛けで、生徒間でトラブルが起こる可能性があると思ったんだ」


 何故だろうか?

 魔族のせいで、生徒間で不和が起こるということか?

 人質を取られたりした場合は厄介かもしれない。

 今回の事件では疑心暗鬼にさらされることはあったが、それは内部の人間に敵がいたからだ。

 それも人質を取られ、脅されるという形で。

 だが、対策をしてくことで確実にトラブルは減らせるはずだ。

 学院長の力に守られている以上、学院内であれば大きな問題は起こらないはず。

 問題は学院外に出た時か。

 余程の事情がない時は外出許可が下りなくなる可能性があるかもしれない。


「ま、何も起こらなければ、それに越したことはないがな」


 話を切るようにファルトが言った時。

 俺達は三階に着いた。


「お前らはこの階だっけ?」

「ああ、それじゃファルト先輩」

「失礼します」

「じゃあな、仲良し後輩組。

 それとセイル、お前は自分のペースでしっかり前に進めばいい。

 焦り過ぎるなよ」


 強くなりたいと言ったセイルに、ファルトはエールを送った。


「うっす」


 その言葉にセイルはしっかり頷いて。

 ファルトは俺達に軽く手を振って、階段を上がって行った。


 俺達もそれぞれの部屋に戻り。


(……生徒間でのトラブルか)


 ベッドの上で寝転がりながら、ファルトの発言を思い返していた。

 これが学院全体の問題であること。

 ファルトの言葉で、俺はそのことを強く意識した気がする。

 この学院は多くの者たちが暮らしている。

 ラーニアやエリーにラフィ、セイルにコゼット、双子にアリシアやファルト、カネド、友達と呼べる者から、顔見知りになった者達もいるこの学院。

 大切だと、守りたいと思えるものは確実に増えている。

 だからこそ、この場所を奪おうとする者がいるなら、俺は全力で守りたい。

 敵がどんな手段を使ってきたとしても。


 その意思だけはしっかりと自分の中に固めて、俺は温かいベッドの温もりに包まれながら、次第に眠りに付くのだった。

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