本当の敵
そんな学院長の不意打ちに驚きもせず、最初に口を開いたのはラーニアだった。
「学院長、確認させていただきたいのですが、
この迷宮に人為的な仕掛けがありました。
あれを用意していたのは?」
「ここの迷宮内の仕掛けを用意したのはアリシア君だ」
アリシアが? 一体どんな目的があったのだろうか?
「そうだろ、ファルト君?」
意外なことに、学院長はファルトに話を振った。
「さて、どうでしょうね?」
学院長に対しても、飄々とした態度を見せるファルト。
「昨日、キミらが迷宮に入ったのは確認している。
彼女は迷宮に魔法陣――魔封じを描いた。
その魔封じの中心にキミを残した状態で、土系統の魔術を用いて部屋の出入り口を塞いだ。
一部、カビや苔の生えていない新しい石壁があっただろ? そこが魔術で塞がれた出入り口だ」
ラーニアは気付いていたのだろうか?
目を向けると、気まずそうに顔を歪め俺から目を逸らした。
どうやら気付いていなかったらしい。
まあ、完全に出入り口を塞がれていたわけだから、壁を破壊して進んだのは間違いではなかったわけだが。
「話を続けるぞ。
ファルト君、キミの役割は魔封じが機能しているかを確かめることだ。
転移にも似たキミの技能があれば、
魔封じなど関係なく、あそこから脱出するのも容易だからな」
全てを目にしていたように、すらすらと学院長は説明した。
ファルトは口を開かない。
否定がないということは肯定の証しだろう。
何気にファルトの能力まで聞いてしまったしな。
ファルトの技能は触ったものをどこかに飛ばす能力だと思っていたが、自分自身も飛べるのか。
「だが、君たちがそれを何に使おうとしていたのかなど瑣末なことだ。
アリシア君は仕掛けを意図せず使われただけで、この事件の犯人ではないのだからな」
学院長は言い切った。
だが、アリシアが事件の犯人でないというのは当然だろう。
この学院の最高成績者として高い能力を持っているのだろうが、コカトリスやバジリスクを使役したり、風龍の子供を助けた際に戦った悪魔のような化物を召喚することはできないはずだ。
「犯人はアリシアの仕掛けを利用した。
つまり、迷宮に仕掛けがあることを知っていたヤツになるよな?」
「その通りだ」
それが可能だった人物は誰か?
この学院の生徒ではないだろう。
これだけのことが出来る生徒はいないはずだ。
となると教官側に犯人がいるということになる。
わざわざ学院長がここまで来た理由を考えると。
「学院長は、犯人がわかっているんじゃありませんか?」
ラフィが尋ねた。
だが、そう考えるのは自然なことだろう。
ここに犯人がいるから、学院長はここまで来たのではないだろうか?
この場にいる者達の視線が一斉に学院長に集まっていく。
「実はな、先程までリフレ教官を疑っていたよ。
先週、学院近郊の管理をしていた上に 、真っ先にスミナ教官を犯人だと疑ったのはリフレ教官だったものだからな」
「え~、学院長ひど~い!」
リフレはふくれっ面になった。
本人的には怒っているかもしれないが、まるで怒りが伝わってこない。
「すまなかった。
完全に敵の術中にハマっていた。
スミナ教官を失った時点で、我々は痛手を負わされとる。
この学院の代表として情けない限りだ」
学院長はリフレだけでなく、俺達全員に頭を下げた。
弟を助ける為に俺達を襲ったとあの小人族の教官は言っていた。
スミナがそんな状況になっていたことに気付けなかったことを、学院長は悔やんでいるのかもしれない。
スミナの弟も、最早生きていないだろう。
「……ス、スミナ教官は、本当に亡くなられたのですか……?」
コゼットは言った。
ショックを隠しきれないのか、唇を震わせている。
「非常に残念なことだが」
「っ……」
スミナが死んだと断定され、コゼットは両手で口元を覆い隠した。
沈痛な雰囲気がこの場を支配していく。
そんな重々しい空気の中で。
「悔やんでいても仕方ないわ。
今は、これからするべきことをしっかりと考えましょう」
口を開いたのはラーニアだった。
それは、俺達全員に向けられた言葉だ。
何かを気付かされたように、はっとする者。
頷き返す者。
反応はそれぞれであったけれど、場の空気は変わった。
そして彼女は続けて口を開き。
「もし学院長が、敵の正体に気付いているのであれば、それは尚の事」
学院長に言った。
「……勿論、もとよりそのつもりだ。
ここにいる者の中で千里眼というものを知っているものはいるか?」
「千里眼……?」
言葉を返したセイルだが、聞き覚えはなさそうだ。
「眼――と言うことは、魔眼の類ですか?」
そう口にしたのはラフィだった。
魔眼というのは、俺にも聞き覚えのある言葉だ。
「魔族――魔人と呼ばれるの者の中には、そういうのを持つ者もいると聞いたことがあるな」
「魔人? 学院長たちが倒した魔王とはちがうのかよ?」
俺の言葉に反応を示したのはセイルだった。
「魔族を束ねていた者が魔王だ。
魔族の中でも高い力を持つ者たちが魔人と呼ばれている。
魔王や魔人は魔物を統率する力を持っている」
簡単に説明をする学院長。
俺達くらいの世代だと(俺は自分の正確な年齢はわからないが)、魔王や魔人というのは物語の中での存在なのだが、今こんな話をするということは。
「学院長、まさか敵は……」
そう聞いた声は硬く、珍しく緊張した面持ちのラーニア。
学院長はその顔を見て。
「敵は魔族――それも魔人の生き残りだ」
はっきりと断定した。
「なぜそう判断したんです?」
学院長に尋ねたのはファルトだった。
「理由は複数ある。
学院近郊に本来出現するはずがないバジリスクやコカトリスの出現。
これらの魔物は使役することが難しい。
しかも魔法陣から見たことがない化物が召喚されたことや、希少種である龍族の子供までもがその場に捕えられていた。
こんなことを可能とする者がどれだけいるのかと考えた時、魔族の上位種族である魔人であれば魔物の使役も容易ではないかと想像はできた。
ただし、冒険者の中には召喚魔術を使える者もいるので、これで相手が魔族であると断定することはできなかった」
続けて学院長は口を開いた。
「もう一つは、スミナ教官を殺したことだ。
内部の者であれば、大手冒険者ギルドに所属する者を殺した危険性は理解できているはずだ。
何より、わしを敵にする覚悟のある者などほとんどいないだろう」
俺も含めたこの場にいる数人が、苦笑していた。
だが、学院長の意見は最もだ。
魔王殺しの英雄の一人にして数少ない魔法使いの一人。
この大陸で最強の一角にも数えられるだろう老人と戦おうとする者がどれだけいるか。
「いるとすれば、我々に怨みを持っている魔人達しかいない。
魔人の持つ千里眼――大陸中のありとあらゆる場所を見通す魔眼さえあれば、この学院の者を陥れるのも容易だろう。
スミナ教官の親族に何かあったのも、千里眼により居場所を特定されたからだとわしは考えた」
魔族がアリシアの用意した仕掛けを利用できたのも、千里眼でアリシアの行動を察知していたからというわけか。
「その考えが確信に変わったのは、先程届いた手紙を読んだからだ。
手紙には、冒険者育成機関の関係者に被害が出ていると書かれていた。
被害者に使われた手口も記されていたが、その手口はどれも同じだった。
内部に裏切り者を生み、軋轢を生む。
その手口は我々が受けた被害とも酷似していた。
何より問題なのは、実際に魔人との交戦もあったと記されていたことだ」
「つまり……疑う余地はないということですね」
重々しく口を開き確認を取ったラーニアに、学院長は頷いた。
「魔力を少しばかり消費することになったが、わしのほうで千里眼の対策はしておいた。
学院の敷地内に限り、敵は我々の行動を察知することはできない。
当然、今後は学院内部だけではなく近郊の管理も強化するが、生徒諸君も各々注意していてほしい」
この場にいた者達が身を引き締める中、魔族という確固とした敵の存在に、俺は高揚感を覚えていた。
近いうち、戦う機会が訪れるかもしれない。
そんなことを考え、気持ちを昂らせていると。
「今日は全員宿舎に戻りなさい。
明日、学院で詳しい説明があると思うから、質問があるならその時に」
そう言い残して、ラーニアとリフレは学院長と供に一足先にこの場から離れた。
今後の対策など、話し合うことが色々とあるのだろう。
敵の居場所が特定できれば、こちらから打って出てやりたいが、現状ではそれも難しそうだ。
何もできない以上、この場で立ち呆けていても仕方ない。
既に陽も落ちている。
宿舎ではもう、夕食が始まっているだろう。
「ラフィ、コゼット、送っていくぞ」
「へぇ、意外と紳士なんだな」
ニヤッと微笑むファルト。
重苦しかった周囲の空気がほんの少しだけ和らいだ気がした。
「狼男とファルト先輩は先に帰っていいですよ。
ラフィはマルスさんと二人でイチャイチャしながら帰りたいので」
ラフィは俺の腕に抱きついてきた。
「あ、そ、そうですよね。
わたしはお邪魔だと思うので、先に戻っていますね」
そんな俺達の姿を見て、申し訳なさそうにコゼットは頭を下げた。
「こ、コゼットさんは居てもいいですから!」
一人で帰ろうとするコゼットを、ラフィは大慌てで引きとめた。
「じゃあ、コゼットちゃんはおれとセイルで送っていこう」
「お、オレもか?」
眉を顰め、コゼット見るセイル。
ただ戸惑っているだけなのだろうけど、相手を睨んでいるようにも見えて。
「せ、セイル先輩、無理はしないでください……」
そんな狼男の顔を見て、半森人の少女は泣きそうな顔をするのだった。
「おいおい、後輩を恐がらせるな」
「やはり狼男は最低ですね」
ファルトとラフィ、両名に責められるような目を向けられて。
「オレのせいなのか……?」
「ま、気にするなって」
ますます戸惑いの表情を強めるセイルの背中を、俺はポンポンと叩いて。
「それじゃ、行くか」
こんなやり取りの後。
俺達はラフィ達を女子宿舎に送り届け、男子宿舎に帰宅したのだった。




