気付くとそこは
耳を劈くような激しい爆発音が起こったにも関わらず全身に痛みはない。
それどころか、爆発による衝撃は一切なく意識もはっきりしている。
何らかの手段でスミナが自爆をしたのかと思ったが、そうではなかったのだろうか?
それともギリギリで行使した防御魔術が上手く攻撃を防いだのか。
現状を確認したいのだが、強烈な閃光により奪われた視界と、爆発により奪われた聴覚はまだ回復しない。
敵の気配はないが、全員無事だろうか?
そう考えた時だった。
俺の腕の中で何かが動く感触が伝わってくる。
抱き寄せたラフィかコゼットのどちらかだろう。
腕の中でもぞもぞと動いているので、どうやら無事のようだ。
少しずつ、視界が回復してきた。
まだボヤッとしてはいるが、誰かの顔が見える。
輪郭でなんとなくわかるのは、白い髪に白く長い耳。
「ラ……か?」
ラフィか? と言ったつもりだったが、自分の声ははっきりと聞こえなかった。
「ま、……さん、だ……で……か」
どうやら鼓膜は破れていないようだ。
聴覚は少しずつ回復してきている。
ラフィの隣、俺がもう一人抱き寄せているのはコゼットだろうか?
力なく項垂れているのは、気絶しているせいだろうか?
怪我はないようだが。
肩の上にはプルらしき小さな物体が身体を震わせていた。
少し離れたところにはセイルらしき人物が立っている。
どうやら無事のようだ。
ラーニアは?
俺は振り返り、後ろを見回した。
赤髪の女が立っている。
視界は回復してきた。
「ラーニア、大丈夫か?」
今度は自分の発した声が聞こえた。
聴覚も大よそ戻ったようだ。
「……やられたわ」
俺達に近付いてくるラーニアが、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
だが、それもそのはずだ。
「どうなってやがるんだ?
なんでオレたちはこんなところに……?」
セイルの言葉が、今の状況を物語っていた。
先程まで学院の地下牢にいたはずの俺達。
だが今は、全く見覚えのない場所にいた。
周囲は土色の石壁に囲まれており、所々に苔が付着している。
出入り口らしきものはない。
腹立たしいことに、地面には魔法陣が描かれている。
恐らく魔封じだろう。
誰かが意図して、俺達を閉じ込めたというわけだ。
「スミナ教官が、何か罠を仕掛けていたのでしょうか?」
「犯人は名前を知られるわけにはいかない。
だからスミナが自分の名前を告げようとすれば、仕掛けが発動するようになっていた。 そんなところだろうな」
ラフィの疑問に俺は答えた。
「魔封じの効果がなかったことを考えれば、
魔法道具か、技能を使用したんでしょうね。
スミナの死と同時に、転移が発動するようなっていたみたいだから、最初からスミナを犠牲にするつもりだったのよ。
犯人の目的はあたし達のウチの誰かってことかしら?」
そんな見解を口にしたのはラーニアだ。
だが、そうなると真犯人はやはり学院の関係者だ。
そして、俺達が放課後にスミナと会うことを知っていたのは、昼休みに俺とラーニアの話を聞いていた学院の教官だけのはずだから。
「……待ってください。
スミナ教官の生死は、まだわからないのでは?」
「確定ではないけど、恐らく死んでいるわ。
彼女の体内に何か仕掛けがあったのよ。
体内であれだけの爆発が起こったのだから、跡形も残ってないわよ」
ラーニアの説明にラフィは口を閉ざした。
あの状況で助かったと考えるほうがおかしいだろう。
「ん……」
耳元から聞こえた声はコゼットのものだ。
どうやら目を覚ましたらしい。
「大丈夫か?」
「ぁ……あ、あれ……マルス先輩?」
まだ意識がはっきりとしないのだろうか。
寝惚けたように目をコゼットは目をパチパチとさせていた。
「怪我は?」
「怪我……? は――そ、そうです!
す、スミナ教官は!? そ、それに、ここは?」
状況を思い出したのだろう。
俺にぐっと身を寄せ、顔と顔がくっ付きそうなほどだった。
「コゼットさん、少し落ち着いて下さい。
それと、近いです」
「ぁ――す、すみません」
ラフィに注意され、慌てて身を引いていく。
この状況に戸惑う半森人の少女に、ラフィは簡単に事情を説明した。
「て、転移?」
「地下牢にいた我々がこんな迷宮のような場所にいるのはそうせいです」
周囲を見回すコゼット。
「あ、あのスミナ教官は?」
小人族の教官がこの場にいないのが気になったようだ。
「それは……」
ラフィは口を噤んだ。
スミナを慕っていた様子のコゼットに、事実を伝えていいのか迷っているようだ。
「死んだわ」
答えたのはラーニアだった。
黙っていても仕方ないことだが。
「……そんな……スミナ教官が」
コゼットはショックを隠しきれないようだ。
プルは心配そうに見上げている。
「今はスミナ教官の生死より、自分達が助かる為に何をすべきか考えなさい」
それは俺達全員に向けられた言葉だった。
この場にいる全員が、緊張した様子で表情を引き締める。
ラーニアの意見は最もだ。
このままじゃ、俺達はここで飢死することになるからな。
「といっても、相手はあたし達を殺すつもりはないんでしょうけどね」
「ど、どうしてそう言えるんですか?」
当然のように言うラーニアに、コゼットは聞いた。
「あたし達を殺すつもりなら、わざわざ転移なんてさせずに、
殺す為の仕掛けを用意してるわよ」
「ぁ……」
わざわざここに転移させた理由がある。
そう考えるのは当然だな。
「なら、このまま何もせずにここにいるのか?」
「それも一つの手だけど、まずはあんた達を逃がさないとね」
普段荒っぽい言動が多い我らが教官だが、ここぞという所では責任感の強さを見せている。
ラーニアにとっては、俺達は守るべき生徒ということなのだろう。
「だが、この状況じゃどうしようもねえだろ?」
セイルは言った。
出入り口はない、完全に封鎖された空間。
この程度の石壁なら魔術でぶっ壊せるが、魔法陣で魔術も封じられた状態だ。
「どこかに出口があるんじゃないでしょうか?
そうでなければ、ここに魔法陣が描かれているのはおかしいですから」
「仕掛けはあるかもしれないわね」
冷静に状況判断をしていく兎人の少女に、赤髪の教官は同意する。
「で、では、その仕掛けを探すんですか?」
「罠があるかもしれないから、あんた達はここで座ってればいいわ」
そう指示を下し、ラーニアは周囲の石壁一つ一つを確認し、コンコンと手の甲で何度か壁を叩いている。
俺達はその様子を見守った。
暫くして、魔法陣の描かれた地面をチェックすると。
「何もないわね」
「ないんですか!」
堂々と宣言する我らが教官。
それに思わずといった様子で突っ込みを入れたのはラフィだった。
「全くわからなかったわ」
「ダメじゃねえか!」
続けてセイルが突っ込んだ。
「……ら、ラーニア教官」
普段は気弱なコゼットすらも、思わず顔を顰めていた。
「わ、わからないものはしょうがないでしょ!」
完全に開き直っているラーニア。
流石に恥ずかしいのか、動揺を見せていた。
「ちゃんと調べたのか?」
「できる限りのことはしたわよ」
「なら、仕掛け自体がないんだろ」
俺はそう結論付けた。
「で、ですがマルスさん。
それではラフィたちは、完全にここに閉じ込められたということになります。
そうなると、出入り口がない状態で魔法陣が描かれているのもおかしいです」
「魔法陣で魔術が封じられている状態でも、技能や魔法道具は使えるだろ?
なら、どうにでもなるんじゃないか?」
「それはそうかもしれませんが……」
ラフィは納得がいかないようだ。
自分達が置かれている状況に不安があるのだから、現状に説明が付かないことに納得がいかない気持ちはわからなくもない。
「少し危険はあるが、石壁をぶっ壊してみるか?」
「で、でも、魔術は使えないんじゃ?」
視線を伏せ、魔封じの陣を見つめるコゼット。
「さっきマルスが言ってたでしょ。
技能や魔法道具、もしくは魔法でも使えばどうにかなるわよ」
俺の代わりにラーニアが答えた。
魔封じの陣は、魔力と万物の結びつきを阻害する。
だから魔術が行使できなくなるのだ。
だが、純粋な魔力だけで構成された魔法であればこの魔法陣は通用しない。
俺の魔力量なら、この程度の壁を破壊する魔法を構成することは可能だ。
かなり無駄な魔力を使用することになるが。
「例えば巻物とかね」
そう言ってラーニアは、フードの内側から、巻物を取り出した。
「ここがどこかもわからないから、あまりを壊すようなことはしたくないのだけど……」
逡巡するような間があったが。
「もし崩落が起こったら、なんとかするわ」
我らが教官はこの壁を破壊することに決めたようだ。
「なんとかするって、大丈夫なんですか?」
「……き、教官、考え直したほうが……」
「大丈夫よ、あたしを信じなさい」
不安と緊張で表情を硬くする二人の少女に、ラーニアはニヤッと笑みを浮かべた。
この状況を楽しんでいるように見えなくもないが……流石にそれはないだろう。
一応、この女なりに責任感はあるようだしな。
「無茶苦茶な教官だと思ってたが、とんでもねえな」
「ま、大丈夫じゃないか?」
「では、いざとなったらマルスさんがラフィを助けてくれますか?」
「おう」
「なら、大丈夫ですね!」
「おいクソ兎、さっきまでの不安そうな態度はどこにいった!」
仮に崩落があったとしても、魔封じの外に出ればどうとでもなる。
崩落よりも、魔術が封じられているこの状況のほうが危険度は高いと俺は判断している。
「少し下がってなさい」
コゼットはまだ不安そうだったが、その不安を口にしようとはしなかった。
後方の壁まで後退した俺達を確認して。
「一応、耳を塞いどきなさい」
指示通り、俺達が耳を塞ぐと。
「じゃあ、やるわよ! ――火爆破!」
巻物を読み上げた。
瞬間――火の中級魔術が石壁に放たれ衝突と同時に。
ドガァァァァァン!
轟音を上げ爆発し、石壁が飛び散った。
開いた穴から、パラパラと石の破片が零れ落ちている。
どうやら崩落の危険はなさそうだ。
「やはりどこかの迷宮みたいね」
開いた穴の先を見て、ラーニアはそんなことを口にした。
狙い通り通路に繋がっていたようだ。
部屋にできた穴から一歩外に踏み出すと。
「す、凄い……」
感嘆の声を上げたのはコゼットだった。
そこは迷宮の中とは思えないくらい明るかった。
真っ直ぐに続く広い通路には、燭台のような物がいくつも立っており、そこには火が灯っており、煌々と揺らめいている。
まるで永遠に消えることなどないみたいに。
通路は土色の石壁でできており、所々に苔やらカビが付着している。
「とりあえず進んでみるか?」
俺の提案に全員が頷く。
そして、通路の先に進もうとした。
その時だった――。
タタタタタ――と地を蹴るような音が通路に響いた。
「何か来るわね?」
魔物特有の殺気は感じない。
人だろうか?
俺達はその場に立ち止まった。
音が少しずつ近付いてくる。
相手もこちらの気配に気付いているだろうか?
やがて、人影が見えた。
「あれ?」
見覚えがあるような気がした。
その影が近付いてくるに連れ、それは確信に代わっていった。
「でかい音が聞こえたから来てみれば、なんでこんなところにいるんだ?」
全く物怖じせず、俺達に声を掛けてきたのは。
「なんでって、ファルト先輩こそなんでこんなところに?」
生徒会の三年。
ユーピテル学院の当代最強と言われる生徒、ファルト・ハルディオンだった。




