予期せぬ事態
放課後。
夕暮れに染まる教室が、一日の授業の終わりを告げている。
三々五々と生徒達が教室を出て行く中で。
「それじゃあ、私は行くね」
「ああ、また明日な」
エリーは俺に一言声を掛けてから、教室を出て行った。
「マルスさんもう行きますか?」
トコトコと歩み寄ってきたラフィに尋ねられた。
セイルも席から立ち上がり、俺の方を見ている。
「そうだな。セイル、行けるか?」
「おう」
俺たちが教室を出ると、廊下で右往左往している半森人の姿が見えた。
「コゼットさん」
「ラフィ先輩、こんにちはです」
会釈するコゼットと共に、肩に座っていたプルも立ち上がりペコッと頭を下げていた。
まるでプルの中でも、ラフィとの上下関係が成立しているようだった。
「もしかして待たせたか?」
「い、いえ。
教室に伺うか、外で待っているか悩んでいただけなので」
悩んでいるうちに俺達が教室から出てきたということか。
少女の性格を考えれば、俺が迎えに行ってやった方が良かったかもしれないな。
もし次の機会があればそうしよう。
そして、俺達は四人一緒に教官室に向かった。
教官室に近付くと、扉を背もたれに赤髪の女が立ってるのが見えた。
あれはラーニアだよな?
人払いでもしているのだろうか?
「全員来たのね」
俺達の姿を視認し淡々と言って。
「とりあえず入りなさい」
ゆっくりと教官室の扉を開いた。
言われるままに教官室に入ったが、中には件の小人の姿は見えない。
中にいるのは、昼休みにも会った数人の教官だ。
「マルス君いらっしゃ~い!」
バタバタバタと縦ロールを揺らしながら飛びついてくる少女を、俺はサイドステップでかわした。
「うぎゃっ!?」
するとリフレは、開いたままの扉から廊下に飛び出てしまい、顔面を床に打ち付けていた。
だが何でもなかったように直ぐに立ち上がると。
「マルス君酷いよ~! 生徒は教官とコミュニケーションを取らないといけないんだよ!」
「そんなルールがあったのか?」
「マルスさん、騙されないでください! そんなルールありません!」
年齢不詳の教官の理屈を、ラフィは即否定した。
「ルールっていうか~、生徒の義務?」
「そんな義務ありません! 教官が生徒となれなれしくするのは問題があると思います!」
激しく抗議するラフィに。
「ぶぅ~! じゃあ代わりに兎ちゃんにハグしちゃうぞ~!」
肌で触れ合わないと納得できないのだろうか。
リフレはラフィに抱きつこうとした瞬間。
「少し黙ってなさい!」
「あがぁっ!?」
ラーニアに頭頂部をぶっ叩かれていた。
被っていた帽子はヘコみ、リフレは床でピクピクと身体を震わせている。
その後、教官室の扉を占めたラーニアは。
「この女のことは放っておいていいわ。
リスティー教官、この馬鹿を見張っておいて」
「わかったわ」
闇森人は艶っぽい笑みを浮かべ、何かを呟いた。
すると、年齢不詳の教官の足元が、闇の泥沼の中に飲み込まれていた。
その魔術を見て、俺は闇森人の双子を思い出した。
今朝、双子がリスティーの名前を口にしていたが、やはり関係者なのだろうか?
「ぎゃ~! リスティーちゃん酷いよぉ! 横暴だ~!
そこの狼君、可哀想なわたしを助けて~!」
「狼君って、オレのことか?」
戸惑うセイルだったが。
「放っておいていいから、付いてきなさい」
ラーニアに言われた狼は、リフレから目を逸らした。
そして部屋の隅に歩いていくと、ラーニアはしゃがみ込み床に手を這わせ、何かを呟くと、床が歪むとただの床だった場所に地下へと続く階段が現れた。
「か、階段が……」
驚きを口にしたのはコゼットだった。
ラフィは表情こそ変えないもののピクッと耳が動き。
セイルは睨むようにその階段を見ていた。
「地下牢にスミナ教官を捕らえているわ。
牢の中では魔術の行使が封じられている。
あなた達に危害を加えることはできないから安心なさい」
説明を終えると、赤髪の教官は地下に下りて行った。
「行くか」
俺の問い掛けに三人は頷いて、ラーニアの後に続いた。
先頭はラーニア、俺、コゼット、ラフィ、セイルの順番で地下を進んでいく。
階段は狭く、人が二人並んで進むことができないくらいだ。
周囲の石壁にはランプが掛けてあり火が灯ってはいるが薄暗い。
歩行するのには困らないが。
「あっ――」
擦れた声に振り向くと、コゼットの顔が近くにあった。
俺は慌てて半森人少女を支える。
どうやら躓いたようだ。
「す、すみません」
「暗いんだから気をつけろよ」
「は、はい」
「コゼットさん、ワザとじゃありませんよね?」
「も、勿論です!」
その声音からわかるくらいの激しい重圧に、狼狽えるコゼット。
「流石に冗談です。
ただ、ここで転んだらかなり危ないですから、本当に気をつけてくださいね」
「す、すみません」
ラフィは窘めつつも、優しい言葉を掛けていた。
「狼男、暗いのをいいことに、後ろからラフィを襲わないでくださいよ!」
「襲うかっ!」
それからはトラブルもなく暫く進み続けると。
「着いたわ」
ほんの少しだけ開けた場所に出た。
左右に二箇所ずつ牢屋が見え。
「スミナ教官」
ラーニアは左奥の牢屋の前に立つと、小人族の教官の名を口にした。
「……ラーニア教官」
力なく項垂れていたスミナがゆっくりと顔を上げた。
両手両足に拘束具が付けられ、牢の中には魔法陣が描かれている。
この魔法陣で魔術を封印しているのだろう。
「あなたが襲った生徒を連れてきた。
話をしたいそうよ」
「……」
スミナは何も答えない。
だが、顔を伏せることはなく俺達に目を向けていた。
「スミナ教官、嘘ですよね?
教官が犯人なんて、わたしは信じられません」
そんなスミナに最初に声を掛けたのはコゼットだった。
「……コゼットさん」
「いつも、優しくしてくれました。
この学院に入ってから、色々なことを教えてくれました」
「あなたにハーブを採集ポイントを教えたのは何故だと思いますか?」
「え……?」
コゼットの目には戸惑いの色が浮かんだ。
スミナの声に抑揚はない。
「あそこに生徒を呼び出して、一人一人を殺していくためなんですよ」
「……そんな……嘘ですよね?」
「嘘を吐く理由はないですよ」
事実だけを告げていく。
その言葉の真偽はわからない。
「そんな……だって……」
「あなただけじゃないんです。
あのポイントは複数の生徒に伝えていました。
そこで、たまたま最初に依頼に出たのがあなただった」
「嘘です!」
「信じる信じないは勝手です。
私はただ事実を話しているだけですから」
感情を排したようなスミナの言葉に、コゼットは言葉を失った。
「生徒を殺そうとした理由はなんなんだ?」
項垂れるコゼットの代わりに、俺は質問を続けた。
「ただの愉快犯ですよ」
「誰でも良かったのか?」
「ええ。
あなた方が死体にさえなっていれば、私が犯人だとわかるはずがなかったのに」
その口調は悔しさの欠片も感じさせない。
もうどうでもいいと、全てを諦めているような態度にも思えるが。
「今のままでは嘘か本当か確認しようがありませんね。
これではコゼットさんも納得できないでしょう」
スミナの態度に辟易したのか、ラフィがそんなことを口にした。
そして牢に近寄るとラフィはスミナの目を直視した。
一瞬だけ、スミナの瞳から光が消えたかと思うと。
「スミナ教官、なぜ生徒を殺す必要があったのですか?」
「……それは」
呆然としたまま、小人はゆっくりと口を開いた。
どうやらラフィは技能を使ったようだ。
女であればどんな相手も支配するという技能を。
「……そうする必要があったから」
「なぜですか?」
「……弟を助ける為」
精神支配を受けたことで、スミナはラフィの質問に答えていく。
「……え? ど、どういうことですか?」
素直に口を開くスミナの様子を見て、コゼットは驚いている。
ラーニアも関心を示したようで、牢の中のスミナに目を向けた。
「どうして生徒を襲うことが、弟さんを助けることになるのですか?」
「……条件を出されていました」
「条件? 取引ということですか?」
「……はい」
ラフィは俺に目を向けた。
「俺達を襲うように命じた誰かがいるってわけか」
「そのようです。
彼女がラフィたちを襲ったことに間違いはないようですが」
再びラフィはスミナに視線を移し。
「あなたに取引を持ちかけた相手は誰ですか?」
「……そ、それは……」
スミナは口を閉じた。
支配を受けた状態でだ。
技能に対抗しようとしている。
そんなことができるはずが。
「言いなさい」
「……あ、相手は――」
相手の名前がわかると、ここにいる誰もが思った瞬間だった。
「――!?」
意思を取り戻したように、スミナの瞳孔がカッと見開いた。
途端に、スミナを中心に膨れ上がる魔力。
魔術――いや、これは――。
「ラフィ、コゼット、離れろっ!」
何かが起こる。
そう感じた瞬間、俺とラーニアは動いていた。
俺はラフィとコゼットの身体を抱き寄せると、セイルのいる後方に下がり、全体を覆うように闇の魔術を行使した。
ラーニアが巻物を取り出したのまでは見えていたのだが、直後に牢屋の中に溢れ出した光が闇を飲み込み、視界は真っ白に覆われ、鼓膜を引き裂かれるような激しい爆発音が響いた。




