昼食での遭遇
「突然授業変更だなんて」
不思議そうにエリシャは言った。
特に理由は話されていないのだ、疑問に思うのは当然だろう。
他の生徒達は、突然の指示に多少困惑はしているものの、素直に指示に従い行動を始めた。
俺はその流れに背くように、教卓にいる赤髪の教官のもとに向かった。
「ラーニア」
声を掛けるとラーニアは俺を一瞥して。
「マルス、色々と聞きたいことはあるのでしょうけど、
今は指示通り授業をこなしなさい」
それだけ言って、赤い長髪を揺らしながら教室を出て行った。
今はということは、ここで詳細を話すことはできないということだろう。
今朝の緊急会議の件もある。
教官連中に何かあったと考えて間違いなさそうだ。
「マルス、どうかしたの?」
俺の様子が気になったようで、エリーが声を掛けてきた。
「やはり昨日の一件が関係しているんでしょうか?」
エリシャの後ろから顔を出したラフィの言葉に、俺は首肯した。
「昨日? 何かあったの?」
「購買部で依頼を受けたんだが、トラブルがあってな」
「トラブル!? 大丈夫だったの?」
そう尋ねたエリシャの瞳には不安の色が浮かんでいた。
「なんとかな」
「なら良かったけど……」
エリーは心配そうに俺を見ていた。
あまり無理はするなと言われているように感じた。
「取りあえず移動しませんか?
授業が始まってしまいます。
勿論、ラフィはこのままサボってマルスさんとデートしてもいいんですけど」
ラフィがそんな冗談を口にして。
「行くか?」
「うん」
俺達は教室を出て授業に向かった。
戦闘教練室での基礎訓練が終わり、魔術訓練、戦闘訓練と身体を動かす授業が続いた。 薬学の授業が変更があった以外は通常通りの授業日程だった。
担当教官も魔術訓練は森人のシーリスが、戦闘訓練はラーニアと変更はなし。
そして現在昼休み。
「マルス、食堂に行く?」
「ああ、そうだな」
「本当はラフィがお弁当を作ってこられたら良かったのですが……」
「む、無理はしなくていいぞ」
一瞬、悪夢が蘇りそうになり、意識が真っ白になりかけた。
あの味は表現しようもないほど強烈なものだった。
どんな下手物魔物もあんな味はしないというのに、何を使ったらあんな味に……いや、考えるのはよそう。
「そうだ、セイルも一緒にどうだ?」
丁度席を立ったセイルに声を声を掛けた。
「……オレは構わねえが」
セイルの目は俺の隣に立つ兎の少女を見ていた。
「なぜラフィを見るんです。
マルスさんが誘っているのですから、好きにしたらいいじゃないですか」
「……そうかよ」
こうして俺達四人は食堂に向かうことになったのだが。
「マルス、昼食の後でいいから一人で教官室まで来て」
唐突にラーニアに声を掛けられた。
何か話があるようだ。
昨日の一件についてだろうか?
だが、なぜ俺一人で?
「伝えたわよ」
それだけ言って、直ぐに立ち去ってしまった。
ここで話せることではない。
そういうことか。
「ラーニア教官、どうしたんだろうね?」
「……昨日の件じゃねえか?」
「だとしたら、どうして呼ばれたのが俺だけなんだ?」
「教官室に全員を連れていくわけにもいかない。
だから代表してマルスさんに説明を。
そういうことじゃないでしょうか?」
ここで勘ぐっても仕方がない。
「取りあえず、食堂に行くか」
俺達は食堂に向かった。
学院の多くの生徒が利用する場所なので、多少混雑しているのは仕方ないが、生徒が並び始めたばかりのカウンターには列ができていた。
席数はそれなりに多いので、列も直ぐに解消されるはずだが。
「マルスさん、宜しければラフィが」
「いや、今日は普通に並んでおこう」
今更かもしれないが、悪目立ちはしたくない。
「そうですか……まぁ、マルスさんが言うなら」
自分の提案を却下されたせいか、ラフィは少しだけシュンとしていた。
そして俺達は列に並んだ。
予想した通り、それほど時間もかからず列がはけていき、俺達も直ぐにカウンターで食事を受け取ることができた。
だが、席はすでに埋まっている。
ポツポツとは空いているのだが、四人まとめて座れる席がない。
「あ、マルス、丁度四人分の席が空いたよ」
四人組が席を立った。
これは行幸だ。
今のうちに席を確保しよう。
そう思い俺達が席に向かうと同時に、向かい側から動き出した者達がいた。
「にゃ? ――あ、お前は!」
俺を見て目を細めたのは、生徒会の三年生、猫人族のネネアだった。
「マルス先輩、こんにちは」
「今朝はお世話になりました」
生徒会の一年生、小人のカネドと、今朝も会ったセリカも一緒だ。
どうやら生徒会のメンバーで一緒に昼食を取るところだったようだ。
だが、アリシアとファルトの姿は見当たらない。
「アリシアは生徒会の仕事中。
ファルトは……あんなバカのことはしらにゃいにゃ!」
ご丁寧にネネアが答えてくれた。
喧嘩っぱやい猫ではあるが、意外と親切なのかもしれない?
「それはそうと、この前は世話ににゃったにゃ後輩」
「世話? なんのことだ?」
特に世話などしていないのだが。
相手を勘違いしているのだろうか?
「生徒会室でのはにゃしだよ!」
「……ああ。
全身ずぶぬれだったけど、大丈夫だったか?」
「あれはもう最悪だったにゃ。
ファルトのバカが何度もウチを噴水に飛ばすからって、それはどうでもいい!」
この猫、面白いな。
「ね、ネネア先輩落ち着いてください。
皆さん見ています」
凛々しい面持ちを歪め、セリカは恥ずかしそうに諫言した。
近くに座っていた者達が退席していた。
周囲の者達は好奇半分、恐怖半分という割合で俺達を見ている。
「……し、仕方にゃいにゃ。
座れよ後輩」
「一緒に食おうってことか?」
「ここで言い争いしてても仕方にゃいからにゃ」
言って、俺達は向き合う形で席に着いた。
俺の右隣がエリシャ。
左隣がラフィ。
ラフィの隣がセイルだ。
生徒会側は、俺の正面にネネア。
ネネアの右隣にセリカ。
左隣がカネドという並びで座っている。
「……ネネアさん、久しぶりです」
「あん? にゃ! セイルじゃにゃいか?
お前、マルス・ルイーナと仲がいいのか?」
「ま、まぁ……はい」
なぜかセイルは畏まっていた。
獣人どうしの上下関係のようなものがあるだろうか?
「ふ~んそうにゃのか」
ネネアは俺とセイルの顔を交互に見て、何も言わずサンドイッチをかじった。
「そういや、ラスティーのヤツは元気かにゃ?」
「いや、それが最近は部屋からも出てこなくて……」
「にゃはははっ、あいつ引きこもりににゃってんのかよ!」
ネネアが愉快そうに笑った。
ラスティーっていうのは確か、エリーに喧嘩を売ってきた三年の狼人だったよな?
「もしかして、あの日からか?」
「……ああ」
俺は隣に座るエリーに目を向けた。
エリーはなんとも言えない表情を浮かべている。
まさか、エリーにやられたショックで?
「……お前らが気にすることじゃねえよ。
元々喧嘩を売ったのは先輩なんだからな」
「そうにゃ。
ラスティーの馬鹿が弱かっただけ。
もし悔しかったら、奮起すればいいだけだにゃ。
それもできにゃいにゃら、あいつもその程度だったてこと」
なんでもないようにネネアは言った。
奮起するか。
確かにその通りだ。
死んだわけでもないのだ。
強くなりたいと思うなら少しでも奮起すればいいだけの話だ。
「気持ちを整えているのではないでしょうか?
強いショックを受けたのだとしたら、切り替える時間は必要ですから」
カネドが口を開いた。
そういう切り替えは早ければ早いほうがいい。
何かに迷っている暇があるなら前に進むべきなのだ。
「ま、所詮は他人のことだから、余計な口出しすぎんにゃよ。
本人次第にゃんだから。
セイル、お前も暫く放っておいてやれよ」
結局は自分の中でケリを付ける問題か。
ネネアは結構気持ちのいいヤツかもしれない。
「ネネア先輩、あんた結構いいヤツなんだな」
「にゃ!? ご、ごほっ――」
食べていてサンドイッチを喉に詰まらせた。
「ね、ネネア先輩、飲んで下さい」
見た目通り真面目なセリカは、面倒のかかる先輩にすかさず水を渡していた。
それをゴクゴクと飲み干していく猫人。
「て、テメェー、ウチを殺す気か!」
「いや、そんなつもり全くないが」
なぜ怒られているのだろうか?
短気なのが玉に瑕だなこの猫人は。
「い、言っとくけどにゃ、あたしは別にいいヤツにゃんかじゃにゃいからにゃ!」
ビシッと人差し指を真っ直ぐに俺に向けそんな宣言をしてきた。
「そうか?
そんな自虐しなくてもいいと思うが?」
「べ、別に自虐してるわけじゃにゃいにゃ!
こ、ここでちょっと一緒に食事したからって、にゃかよくにゃたと思うにゃよ!」
仲良くなったと思うなよ。と言ったんだよな?
猫人の言葉は少しだけわかりにくい。
これは種族の特性のようなものだから仕方ないが。
「ふ、ふん。
食べ終わったから、ウチは行くにゃ。
お前らはゆっくり食べてていいからにゃ」
お前らというのは、生徒会の一年生二人に言ったのだろう。
なんだかんだ言って、結構世話焼きなのかもしれない。
そしてネネアは俺達より先に食堂を出た。
「やっぱ、いいヤツじゃないか」
「あの人は獣人の中でも特に喧嘩っぱやいが、
根は素直だし世話焼きで、気持ちのいい性格をしているから、獣人達や後輩には人気があるんだ」
そう言ったのはセイルだった。
自分も世話になったことがあるのかもしれない。
「はい。
それに仲間想いなんですよ。
生徒会のメンバーには特に優しい気がします」
「そうだね。
でも、その分敵には容赦ないけど」
生徒会の一年生二人の意見はこんな感じらしい。
「……ラフィには、ただのお馬鹿な猫にしか思えませんでしたが」
「あははっ。
でも、確かに私が生徒会に居た頃は、色々良くしてくれたよ。
訓練に付き合ってくれたこともあったし」
ラフィの思ったままの感想も。
エリーの当時の思い出も。
どれもネネアの一面なのだろう。
俺自身は付き合いはほとんどないが、結構面白いヤツかもしれない。
そう思った。
それから俺達は食事を終えて食堂を出た。
カネドとセリカの二人は俺達に一礼し、一年の教室に戻って行った。
俺は教室に戻る前に。
「それじゃ、ちょっと行ってくるわ」
エリー達と別れ、教官室に向かった。
扉に手を掛け開こうとしたところで。
(念の為、ノックしたほうがいいか?)
ここに入ってから、それくらいのことは学習している。
コンコンと二度ノックして。
「入るぞ」
俺は扉を開いた。




