休日明け初日
* マルス視点 *
あれから何事もなく、次の日の朝を迎えた。
朝食を終えて直ぐ、他の生徒よりも一足先に宿舎を出た。
(……教室に行く前に教官室に寄っていくか)
森の調査に向かったラーニアに、何か進展があったのか話を聞いておきたい。
そう考えて真っ直ぐ学院に向かう。
学院の正面玄関に着くと、生真面目な森人の横顔が見えた。
早朝の見回りをしているのだろうか?
「アリシア先輩」
「うん……ま、マルス君!? ……今日も早いのですね」
廊下を歩いていたアリシア会長が足を止め俺の声に答えた。
一瞬、驚愕するように眼鏡の奥の瞳が見開いていた。
急に声を掛けたせいで、驚かせてしまっただろうか?
「先輩もな」
「私はいつものことです。
生徒会の活動がありますからね」
当然のことのようにアリシアは言った。
そうでなければ学院の生徒代表は務まらないのだろう。
「迅速な行動を心掛けるのは悪いことでありませんが、
今から教室に向かうのでは、時間を持て余すのではありませんか?」
「教室に行く前に教官室に寄ろうと思ってな」
「教官室ですか?
用事があるのかもしれませんが、今は入室を禁止されていますよ」
「禁止?」
「ええ。
私も詳細は聞かされていませんが、緊急で会議が入ったと」
緊急会議?
それは昨日の一件が関係しているのだろうか?
「時間を持て余してしまうでしょうが、
余程急ぎでないなら日を改めるなりしたほうがいいかと」
「そっか。
先輩、教えてくれてありがとな」
入れないのなら仕方ない。
ラーニアに話を聞く機会は他でも作れるだろうしな。
だが、余った時間をどう使うか。
考えていると。
――ダダダダダと階段を下りてくる音が響いた。
「か、会長!」
アリシアを呼んだのは、生徒会の一年生セリカだった。
慌てているようで声が裏返り、凛々しい容姿を歪めている。
「どうしたのですか?」
「ま、マルス先輩とお話中でしたか。
突然話に割り込んでしまい、申し訳ありません。
二階の購買部付近にて怪しい人影を目撃したのですが、取り逃がしてしまいました」
「怪しい人影? 特徴などは?」
「はい。
声を掛けたところ直ぐに逃げ出してしまったので、しっかり確認はできていませんが、学院の制服を着用していませんでした。
現在、ネネア先輩が各階を捜索中です」
昨日の今日で学院に侵入者が?
だが、学院内にまで敵の侵入を許しているとは考えにくい。
この学院の中は学院長の領域だ。
何かあったとしたら、放置しておくはずがない。
だとしたら、その人影は学院の関係者なのではないだろうか?
はっきりとしたことは言えないが。
「教官方に許可を取ってから行動に移りたいですが……仕方ありません。
万一の可能性もあります。
セリカ、一度出口を封鎖しておきなさい。
私は二階に向かいます」
「はい!」
アリシアの指示を受け、セリカは直ぐに行動を開始した。
「マルス君、話しの途中ですが、私は侵入者の捜索に行きます」
「先輩、俺も付き合っていいか?」
「……いいのですか?」
その声音には、遠慮するような響きがあった。
生徒会に所属していない俺に、協力を頼むのが心苦しいのかもしれない。
「教室にいてもやることはないしな」
「……感謝します」
俺の言葉にアリシアは会釈を返し。
「まずは購買部に向かいます」
「了解」
二階の購買部に向かった。
すると、そこには人影――というか、人がいた。
「あ、マルスだよ」
「あ、マルスだね」
ウチのクラスの闇森人の双子だった。
怪しいというわけではないのだが、二人とも制服を着ておらず、なぜか黒いフード付きのチュニックを着ていた。
「お前ら、こんなところで何をしてるんだ?」
「購買に用事」
「不備があった。制服を交換する」
俺の質問に淡々と答えた。
手に持った縦長のバッグには制服が入っているのだろう。
「不備って、どうしたんだよ?」
「簡単に破けた」
「完全に不良品、交換を所望」
そんな簡単に破けないだろ? と思うのだが、詳しい事情を知らないがなんとも言えない。
「流石にこのまま授業を受けるとうるさい」
「リスティーに怒られる」
リスティーというのは、闇森人の教官のことだよな?
二人はあの教官と仲がいいのだろうか?
この学院は闇森人の生徒は少ないようだし、同じ種族ということもあって通じるところがあるのかもしれない。
「お話中申し訳ないのですが、お二人は一度ここを離れてください。
この辺りで怪しい人影を見たという報告があったのです」
双子の話を聞いていた会長が口を挟んできた。
確かにのんびり話している場合ではない。
「怪しい人影?」
「なんのこと?」
二人は同時に首を掲げた。
「生徒会の一年から報告があったんだ。
怪しい人影を見たって」
俺が言うと、人形のように無表情だった双子の顔に、ほんの僅かな変化が生まれた。
そして、長い耳が一瞬ビクッと揺れた。
「何か知ってるのか?」
「ルーフィとルーシィはずっとここにいた」
「私達、怪しい人なんてみてない」
二人は俺の目を見ず答えた。
さらに続けて双子は口を開く。
「でも、生徒会の人に声は掛けられた」
「猫人の女もいた」
どうやらルーフィとルーシィは見回りをしていた二人を目撃しているようだ。
だが、セリカからは双子を見たという報告はない。
「声を掛けられたけど、答えずに逃げた」
「闇の中に逃げ込んだから、見つからなかった」
二人はそんなことを言った。
まさかとは思うが。
「怪しい人影っていうのは、お前らのことか?」
「多分そう」
「間違いない」
双子はようやく俺の目を見て答えた。
目撃証言通り、確かに制服を着ていない。
「なんで逃げだしたりしたんだ?」
「色々聞かれそうで面倒だった」
「あの猫人はうるさそう」
眉を顰める闇森人たち。
確かにネネアとこの双子は相性は悪そうだ。
制服を着ていない双子を見れば、あ~だこ~だと文句を言いそうだもんな。
「先輩、セリカが見たっていう怪しい人影はこの二人みたいだ」
「……そのようですね。
セリカの証言とも一致しますし、間違いないでしょう」
昨日の今日だからと念のため警戒したが。
敵が学院内に侵入していたら、学院長が放っておくはずがないか。
「何事もないようで安心しました」
硬かった表情が緩み、アリシアは胸を撫で下ろしていた。
侵入者と遭遇する可能性を考えれば、やはり緊張していたのかもしれない。
「ですがお二人とも、学院に来る際は必ず制服は着用してください。
でないと、不審者に間違われても仕方ありませんよ」
「交換してもらったら勿論着る」
「破けたのが悪い」
普通、服は突然破けたりはしないはずだ。
そんな俺の疑問に答えるように。
「新調したばかりなのに、ちょっと訓練しただけで破けた」
「風の魔術に掠っただけで破けた。
耐久力がなさ過ぎ、不良品確定」
闇森人が制服が破けた原因を口にした。
「風の魔術を受ければ、破けるに決まってるでしょう!」
会長が即座に突っ込んだ。
「そんなわけないの」
「直撃しなければ普段は平気」
「確かに直撃しなければ大丈夫かもな」
「マルス君、あなたまでですか!
いいですか、服は直撃しなくても破けます! 布なんですから!」
俺まで怒られてしまった。
「……全く。
今日は仕方ありませんから、魔石を使って制服を形成しなさい。
購買部が開くのは授業と同時なので、ここで待っていたら授業に遅れます。
交換してもらえないかもしれませんが、購買部が開き次第制服のことを頼むといいでしょう」
軽く溜息を吐いた後、アリシアは的確な意見を双子に伝えた。
「なるほど」
「その手があったの」
素直に感心したように言う二人は直ぐに魔石を取り出し制服を形成した。
アリシアはそれを見届けると。
「では、私はもう戻ります。
セリカに封鎖を解くように言ってこなくてはいけませんので」
「ありがとうなの」
「会長さんはいい人」
どうやらこの双子に、アリシアは気に入られたようだった。
アリシアの後を追い、俺達は四人で一階に戻った。
一階の玄関口にいたセリカに、アリシアは封鎖を解くように伝えた。
外で待たされていた生徒の数はそれほど多くない。
思ったよりも早い解決になったので、これなら大きな不満もなさそうだ。
「マルス君、余計な手間をかけさせてすみませんでした」
アリシアは俺に向き直りそんなことを言った。
別に謝るようなことじゃない。
「いや、俺は何もしてないからな」
「ですが、付いてきてくれて助かりました。
ありがとうございます」
そして軽く会釈をして。
「私はこの後も軽く見回りを続けますので」
アリシアは俺に背を向けると、一階の見回りに戻って行った。
たった五人で生徒会の仕事をしていくのは大変そうだ。
人の手が大いに越したことはないだろう。
生徒会に所属するかは別として、また機会があれば手を貸すくらいのことはしよう。
「マルス、教室に行くの?」
「立ってても仕方ないの」
「そうだな」
言われて俺は、闇森人の少女と共に教室に向かった。
少しずつ時間が流れ、生徒が教室に集まっていく。
「また兎をからかうの」
「それは面白いの」
不穏な声が聞こえ、双子は俺の傍に近寄ってきた。
頼むから話がややこしくなるようなことはしないでほしい。
「マルス、おはよう!」
「おう」
エリーが教室に到着し、隣の席に腰を下ろした。
「ルーフィとルーシィも、おはよう」
「うん」
「おは」
自分達に笑顔を向けるエリーに、双子は軽く会釈をする。
「随分仲良くなってるんだね」
「もう恋人」
「ラブラブ」
いきなり何を言うんだこの双子は。
というかエリー。
なんで笑顔のまま固まってるんだ?
目が笑ってないから少し恐いんだが。
「マルスさん、おはようございま――!?」
教室に入ってきたラフィは、闇森人たちが俺の傍にいるのを見て、ダッシュで俺に近寄ってきた。
「あなた達、なんでマルスさんの傍にいるんですか?」
「ラブラブだから」
「一緒にいて当たり前」
「なっ!? は、離れなさい!」
挑発に見事に引っかかるラフィと、双子の戦いが勃発した。
それからセイルが教室に着き。
「おう」
「ああ」
軽く挨拶を交わした。
セイルはラフィと双子のやり取りを呆れるように眺めていた。
暫くして授業を知らせる鐘の音が鳴り。
「突然だけど、一時間目の薬学の授業は基礎訓練に変更よ。
全員戦闘教練室に向かいなさい」
早朝から行なわれていた、緊急会議とやらが関係しているのだろうか?
教室に入ってきた我らが担当教官から、突然そんな指示が下されるのだった。




