ユーピテル学院の宿舎③ 初めての友達
15 8/24 サブタイトルを変更しました。
まだ夕食の鐘はならない。
暇を持て余していた俺は、明日の授業の確認をしていたのだけど、ガチャ――扉のドアノブを回す音が聞こえた。
すると、
「あ、もう来ていたんだ」
開いた扉から、声変わりの済んでいない少年のような、高い声の男が部屋に入ってきた。
「あんたが同室の?」
「うん。二年のエリシア・ハイネスト。エリシアでいいよ。キミも同じ二年なんだよね。今日から宜しくね」
エリシアは右手を差し出し握手を求めてきた。
「ああ。マルス・ルイーナだ。俺もマルスでいいぜ。こちらこそ宜しく頼む」
名乗り返し、エリシアの手をしっかりと握った。
男にしては小さな手が気になったが、エリシアもしっかりと俺の手を握り返してくれた。
随分と愛敬のあるヤツだ。
(……しかし……随分と線が細いな)
ちゃんと食べているのだろうか?
身長は俺より十センチメートルは低く、全体的に小柄だ。
俺を見上げる銀の瞳は、凛々しく利発的な印象を受けた。
誰が見ても、整っていると感じるだろう容姿をしているが中性的な顔立ちだ。
「どうかしたの?」
「いや、女みたいだと思ってな」
「あはは……よく言われるんだよね、でも、ボクは男の子だよ?」
辟易した態度から、如何に同じことを言われ続けていたのかがわかる。
エリシアを女だと思うのは、どうやら俺だけじゃないらしい。
(まぁ……この容姿では誤解もされるのは仕方ないだろうな……)
もしこれで服が女物であれば、女と言われても誰も疑うまい。
「もう少し身長があれば、余計な誤解をされずに済むのかなぁ……」
「髪が長いからってのもあるだろ?」
作り物のように美しい銀髪を、エリシアは一纏めにし紐で結んでいた。
男に対して美しいという表現は不釣合いだとは思うが、エリシアに関してはそう例えても問題はないだろう。
手入れを欠かさず美しい髪の女は多くいるだろうが、それでもエリシアの髪の美しさには遠く及ばない気がする。
「……髪はどうしても切りたくないんだよね。性別を間違われたとしても」
そう言いながら物憂げに髪に触れているエリシアの姿は、言ってはなんだが女にしか見えない。
男だと言われても十中八九首を横に振り誰も信じなさそうだ。
しかし、男らしく見られたいからといって、これほど美しい髪を切ってしまうのは確かに勿体無い。
「別に、切らなくていいだろ? こんな綺麗な髪なんだし。
どうしても邪魔だっていうなら止めはしないが、切りたくないなら切る必要はない。男らしく見られたいなら、他にいくらでも方法はあるだろうしな」
「……」
俺は変なことでも言っただろうか?
エリシアが不思議な物でも見るみたいに、目を丸くして俺を見ていた。
「あっ……いや、友達にそんなことを言われたのは初めてだったから、びっくりしちゃって……。でも、そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとね」
「友達……?」
それはもしかして、俺のことを言っているのだろうか?
「ボクはそのつもりなんだけど、いきなり、なれなれしかった?」
(なんだと……)
どうやら俺たちは、もう友達になってしまったようだ。
(知らなかった……友達というのが、こんなに突然できるものだったとは……)
なんの努力をすることもなく、友達を作るという目的が叶ってしまった。
「もしかして、迷惑だった?」
「い、いや、そんなことはないぞ。寧ろ、俺から頼みたいくらいだ。エリシア、俺の友達になってくれるか?」
「あははっ、頼まれることじゃないよ。言ったでしょ。ボクはもうそのつもりだって。改めて宜しくね、マルス」
微笑み、エリシアは改めて俺に握手を求めた。
笑ったエリシアの顔は少女のようにかわらいしい。が、当然そんなことを口に出して言うわけにはいかない。
彼を表す言葉としては、非常に適切だったとしても。
俺は差し出されたその手をしっかり握り返した。
こうして俺に、最初の友達ができたのだった。
*
それから直ぐに鐘の音が鳴って、
「マルス、良かったら食事に行かない?」
エリシアの言葉を皮切りに、俺達は食堂に行くことにした。
部屋を出ると廊下は生徒たちで喧々とし、三々五々と階段を降りていく。
「皆、食事の時間になると直ぐに移動を開始するんだよ。
学院の授業は実技も多いから、その分お腹も減るんだよね」
周りに続くように階段を降りながら、エリシアがそんな話をしてくれた。
実際、食堂に着いてみると、その言葉を証明するように多くの生徒で埋め尽くされている。
宿舎に住む種族の割合は、やはり人間が多いようだが、森人や狼人、鍛冶人、小人など、様々な種族が確認できた。
「他種族が共存してるんだな、ここは」
「うん。ボクも最初は驚いたよ。でも、考えてみたら当然のことだよね。
ここは人間の学校じゃない。冒険者の育成機関なんだから。
種族なんて関係なく優秀な生徒を集めてるんだもんね」
さっき、ラーニアも言ってたっけ。気に入らなければ実力行使してもいいって。
完全実力主義の育成機関。
種族間での揉め事なんかも含めて、実力行使が許されてるってわけか。
「色々な問題はあるけど、それは生活していく上でわかっていくと思うから。それよりも、今は食事にしよっか」
エリシアは食堂のカウンターを指差した。
「あそこで皆が料理を受け取っているカウンターがあるよね? まずはあそこでトレイを受け取って、メニューが三種類あるからその中から選ぶ」
カウンターにはネルファが次々と料理を運んでいた。
そこにはメニューの看板が立て掛けられていて、
『本日のオススメ料理』
・鶏肉のソテー塩レモンバターソース仕立て
・白身魚のトマトソース煮
・野菜たっぷりラム肉のシチュー
どれも知識としては知っている料理だが、実際に食べたことがないものばかりだった。
俺は元々食事に拘りはなく、作る料理といったら自分で狩ったモンスターの肉を焼いて食べたり、山菜を採って食べたりと、料理というには非常にお粗末なものばかりだった。しかし、ここで出てくる料理は見目麗しく高級感がある。
カウンターに並んでいる生徒たちが次々に料理を受け取っていき、直ぐに俺たちの番が回ってきた。
「あ、マルスさん、エリシアさん」
忙しく料理を運んでいたネルファだったが、俺の姿を見かけると料理を運ぶ足を止め、わざわざ挨拶をしてくれた。
「いらっしゃいませ。同じ部屋の同居人同士、もう仲良くなったのですね」
「ああ、友達になったんだ」
「それは良いことでございます。では、お二人の友情の記念に、今夜は特別にサービスしますね」
「ボクもいいんですか?」
「はい、勿論でございます。まずは料理をお選びください」
「じゃあボクはシチュー頂きますね」
「畏まりました。マルスさんは?」
「どれも美味そうだが、ネルファのオススメはどれだ?」
「全て自信を持ってお出ししておりますが、
強いてあげるのであれば、マルスさんには鶏肉をオススメ致します。
本日編入されたばかりでお疲れだと思いますので、
肉体の疲労回復効果がある鶏肉とソースのレモンは、今のマルスさんにぴったりの料理です。
また、主食にはライスをオススメ致します」
と、即時返答。
正にメイドの鏡――メイドの中のメイドだな。
今後は心の中でパーフェクトメイドと呼ばせてもらおう。
「パーフェクトメイドが言うのであれば、それにしよう」
「はい?」
「……すまない、忘れてくれ」
思わず声に出してしまった。
(今後は気をつけなくては……)
俺は勧められるままに、カウンターに運ばれてきた鶏肉のレモンソース仕立てをトレイに載せた。
「それでは、これはお二人へのサービスです。食後のデザートとしてお召し上がり下さい」
俺とエリシアのトレイの上に、クッキーの入った袋が置かれた。
「うわぁ~、ありがとうございます。後で頂きますね」
「クッキーか……」
懐かしいな。物心着く前に、師匠がクッキーを買ってきたことがあった。
俺自身、食事という行為は、生きていく為の栄養補給程度に思っているので、嗜好品の類にはそれほど興味がなかったのだが、あの日、『食べてみろ』と言われ食べたクッキーの味は、とても甘く幸福感に包まれた。
(今思えば、そんなものを買ってきたのは、彼女の気まぐれだったのだろうな……)
「もしかして、甘いものはお嫌いでしたか?」
黙り込んでいた俺の様子が気になったのか、ネイファは心配そうに俺を見ていた。
「……いや、そんなことないぜ。クッキー、ありがとな」
「はい!」
俺の返答に、ネイファは満足そうに微笑んだ。
料理を受け取った俺達は、適当に空いている席を探し座った。
「それでは、頂こうか」
エリシアは手を合わせて「いただきます」と一言。
俺も習うように手を合わせ、そして食事を始めた。
ナイフで鶏肉を押さえ、フォークで食べやすいサイズに切りそのまま口に運ぶ。
「――!? こ、これは……」
鶏肉とは思えないほど、ジューシーな肉汁が口の中を満たしながらも、レモンソースの爽やかな味わいが油っぽさを打ち消している。
ソースはレモンだけではなく、塩……だろうか?
いくつかの調味料で味を調整してあるようだ。
鶏肉に合うソースになるよう調整してあるのだろう。
たった一口で、この料理に様々な趣向が凝らしてあるのがわかった。
これは食材から拘っているのだろうか?
しかし、学生分の高級食材を用意するとしたらそれなりの資金が必要になってくるだろうし……。
この食材をどこで入手しているのか気になるところだ。
「ここの生徒は、普段からこんなものを食べているのか?」
「あははっ、マルスが驚くのもわかるよ。ネルファさんて料理が凄く上手なんだよね。噂だと王宮からも料理長にって誘いがきてるとか」
そうだとしても不思議じゃないと思えた。
これほどの料理を食べてしまうと食事の価値観が変わってくる。
これから毎日この食事が食べられると思うだけで、自分の人生が豊かになったようだ。
「他の料理も食べてみたいな」
「良かったら、ボクのシチューも食べてみる?」
「いいのか?」
「うん、いいよ。あ、でもスプーンが……」
「ん? だったらエリシアが使ってるスプーンを、貸してもらってもいいか?」
俺が手を伸ばすと、
「――っ!?」
エリシアは、何を驚いたのかビクッと身体を揺らし、持っていたスプーンをトレイの上に落とした。
「どうかしたのか?」
「え、あ、う、ううん。ご、ごめん、なんでもないよ。す、スプーン落としちゃったから、使わない方がいいかも」
「落としたっていっても、トレイの上だし、大丈夫だろ?」
「……あ、あ、う、うん、わかったよ」
なぜか恥ずかしそうに頬を赤く染めるエリシアに、俺は違和感を覚えた。
俺の発言に、何か問題があったのだろうか?
躊躇いながらもエリシアは俺にスプーン手渡してくれた。
そして、なぜかちらちらと俺を見ている。
まさか――
「エリシア、もし問題があるなら言ってくれ。イヤなら俺に食事を渡す必要はないぞ?」
「へ……?」
「確かに自分の食糧が減るのは面白いことではないからな」
一日の糧を得るには、それなりの対価が必要だろう。
本来であれば食材は金銭で取引するものだが、今、俺はエリシアに払うべき対価がない。
「編入したばかりの俺を気遣ってくれたのかもしれないが、なんの対価も払えない以上、これはお前が食べるべきだ」
「え、い、いや、違うよ! ボクが気にしたのはそういうのじゃなくて――」
何かを言おうとしたエリシアだったが、結局何も言えぬまま俺から顔を逸らした。
どうしてかまた顔が赤くなっている。
「と、とにかく、マルスは気にせず食べていいの!」
(なんだか、やけにムキになっている気がするが……?)
「……そうか? なら、ありがたく頂くぞ」
借りたスプーンでシチューをすくってパックと一口。
「美味い……」
「でしょ」
あまりの美味さに言葉を失っている俺に、エリシアは笑顔を向けてきた。
いや、美味いことは予想していたが、まさかここまでとは思わなかった。
スープのようで、しかしスープよりも遙かに濃厚。
クリームの味が下を包み込んでいくように広がっていく。
スープの味が染み付いた芋やラム肉の味と触感が、食事を取るという行為を楽しませてくれた。
「これほど美味い料理を一日に二品も食べられるなんて、今日は幸福な一日だ」
「そう思えるくらい、美味しいよね」
「食事の重要性を思い知ったぞ。エリシアにも感謝しないとな。この礼は必ずする」
「それはボクじゃなくて、料理を作ってくれているネイファさんにしないと」
「でも、実際自分の糧を分けてくれたのはエリシアだからな。お礼と言っちゃなんだが、もし何かあったら、いつでも俺に言ってくれ。必ず助けになる」
言って、スプーンをエリシアに返そうとしたのだが、
「……」
エリシアは何も言わず、ただ俺を見ていた。
ただ、その瞳はどこか虚ろで覇気がない。
ただ、それは本当に一瞬のことで、俺の気のせいだったのかもしれない。
「……そうだね。その時は、お願いするね」
エリシアは微笑み、スプーンを受け取った。
「そういえば、マルスはここに来る以前は、どこか別の学院にいたの?」
「いや、特別な教育機関には身を置いたことはないな」
なにせ、ここに来る前は無職だったのだから。
「そうなんだ。聞いているかもしれないけど、この学院に編入する生徒というのはかなり珍しいんだよな」
「らしいな。俺の場合は、かなり特殊な感じだとは思うが、たまたまここの教官と知り合ってな、それでここに編入することになった」
「へぇ……。推薦……なんだよね? 新しい入居者が来るってネイファさんから聞いた時に教えてもらったんだけど」
「ああ。推薦の生徒は珍しいんだろ?」
「うん……ボクたちの学年では、推薦で入った生徒は一人もいなかった。だから――」
エリシアが何かを言い掛けた時、
「へぇ――見かけない顔だと思ったら、お前、編入生なんだ」
突然、俺の左隣にトレイが置かれた。