初めての休日⑨ 調査
* ラーニア視点 *
学院長の指示を受けた後、あたしは学院の敷地内に立つ建つ図書館に来ていた。
当然、余暇に読書を満喫するつもりなどはない。
この場所に来た目的は一つだ。
「もう、教官てば子供みたいです」
「え~、先生に向かって子供なんて酷いよ~」
「プクッて膨れちゃって可愛い」
静寂であるべきはずの空間に姦しい声が響いた。
目を向けると、館内の一角で数人の生徒に囲まれている女がいた。
女と言っても、その容姿は幼い少女のようだ。
身長は低く小柄で、可憐と言って差し支えない。
ピンクの長髪は縦ロールになっており、その巻髪が肩に流れるようにかかっていた。
子供っぽい容姿に不釣り合いな黒いローブを纏い、物語の魔法使いが被っていそうな黒い三角帽を被っている。
あたしはそんな年齢不詳の女に歩み寄っていくと。
「あれ? ラーニアちゃん?」
丸い目があたしに向いた。
すると女は慌てて立ち上がり。
「ラーニアちゃ~ん!」
ダダダダダとあたし目掛けて猛進してきた。
あまりの勢いに、被っていた黒い三角帽が床に落ちるが、そんなの気にも止めない。
そんな猛牛のような女の頭をあたしは迷わずぶっ叩いた。
「おぶっ!?」
変な声を上げた猛牛が、頭から床に倒れ込んだ。
驚いているのか、楽しそうに談笑していた生徒達はその様子を見て茫然としている。
だが、それを全く気にした様子もなく直ぐ様立ち上がると。
「も~っ! いったいじゃないラーニアちゃん!」
女は唇を尖らせて、不服を申し立てた。
「いきなり突進してきといてよく言うわよ。
塵にされなかっただけ感謝しなさい」
「ぶっ~! 親友に対してどうしてそんな冷たい態度を取れるかなぁ!」
まるで子供のような態度を取っているこの女、ウチの学院の教官のリフレ・ロアだ。
年齢不詳の容姿をしているが実年齢は二十代で、三年のAクラスの担任を任されている。
「リフレ、学院長からあんたに命令。
今からあたしと、学院近郊の調査をするわよ」
もたもたしていても仕方ないので、さっさと用件を伝えると。
「調査ぁ~? めんどくさ~い。
今日は折角の休日なんだよ~」
「……いいからさっさと付いてきなさい」
本当にリフレの犯行なのだろうか?
疑いをかけるのがバカバカしくなるほどいつも通りのふざけた態度だ。
だが、それがまた怪しくもあるのだが。
「全く仕方ないなぁ~。
ごめんねみんな、ラーニアちゃんが一人じゃ寂しくて仕事もできないっていうから、
ちょっと手伝ってくるね」
誰が寂しいだ。ともう一度頭をはたいてやりたかったが自重しておく。
リフレは床に落ちた帽子を拾い頭に載せた。
「概要は門の外に出てから話すわ」
「りょ~かい」
あたし達は学院の外に出た。
「それで~学院長からの仕事ってなに~?」
暢気そうな間延びした声に聞かれ、あたしは今回の命令が下された経緯を簡潔に説明をした。
「コカトリスにバジリスク? それに森の奥で龍?
ラーニアちゃん、夢でも見てるの? それとも、熱でもある?」
本気で心配するように、リフレはあたしの額に触れようとした。
あたしは身を引いて触れさせはしなかった。
「正常よ。
実際、龍の子供は捕獲しているわ」
「……マジ?
でも~、わたしが先週見回りをした時には、そんなものなかったはずだよ?」
「だからこそ、今から確かめに行くんでしょうが」
鬱蒼とした森の中を進んでいく。
先頭を歩くのはリフレだ。
目指すのは、マルスたちが魔物と交戦したという場所だ。
週替わりの管理当番の際、何度も通っていて鮮烈に記憶に残っている。
なにせ森の中で唯一開けた場所を、美しい花畑が彩っているのだ。
当然、学院の周辺を管理している教官であれば、全員がこの場所を知っている。
だからというわけではないが、迷うことなく目的地に到着した。
「相変わらず綺麗だねぇ」
緊張感まるでなしのリフレ。
いつ見ても美しい場所だが、明らかにおかしいことがある。
戦闘があったというのに、その痕跡がまるでないのだ。
マルス達が倒したという魔物の死骸もなければ、
地面を削ったような跡も木々が倒れた様子もなく、焼け跡もなければ血痕すらない。
「ここで戦闘なんてあったの~?」
そう思われても仕方ない。
だが、あたしの生徒が嘘を吐いているはずはない。
「何もないってのが逆に怪し過ぎるわよ」
「確かに!」
その点については彼女も賛同のようだ。
素直なのか考えなしなのか。
こういった態度も含めて、この女の場合は全部演技の可能性もある。
リフレとの決して短くはない付き合いの中でも、あたしはこいつを全く理解できていない。
「ねえリフレ、はっきり言っておくけどあんた疑われてるわよ?」
「だろうね~。
話に聞いたような仕掛けがあったのだとしたら、それは昨日の今日ってわけじゃないもん。
先週この辺を管理してたのはわたしで、そしてわたしはその仕掛けを発見できなかった。
当然管理責任は問われるよねぇ」
ちゃんと状況は理解できているようだ。
「ならもう少し真剣になりなさい。
最悪犯人を捕まえないと、あんたはずっと疑われたままよ?」
「ラーニアちゃんやっさしい!
心配してくれてるんだね!」
動物のように飛びついてきた。
迷うことなくリフレの頭頂部にあたしは拳を振り下ろした。
帽子ごと頭をド突き、ぐらつく小柄な身体。
だが、その一撃に堪えながら見た目は可憐な少女が、あたしの胸に飛び込んできた。
「あ~ラーニアちゃんラーニアちゃ~ん!
めちゃくちゃフカフカだよ~。
あたしにはないこの脂肪が恨めしいよ~!」
すりすりと頬を擦り付けてくる。
極めて不快だ。
「調子にのるなっ!」
再び拳を振ると、リフレはサッと身体を引き攻撃をかわした。
「ふふん! ラーニアちゃん成分補給完了!」
「次やったら焼き殺すわよ?」
「じゃあ、今日はもうしませ~ん!」
本当ならここで滅殺してやりたいが、まだ調査の途中だ。
あたし達は周囲の調査を再開した。
だが、証拠として提示できるような物はなに一つなかった。
「ここには何もなさそうね。
龍を確保したってポイントに向かうわよ」
「りょ~かい!」
さらに森の奥へと進んだ。
だが、大樹はあるものの話に聞いたような大穴は見つからない。
位置は間違いないはずなのだが。
「証拠は完璧に隠滅されたわね」
「それから、わたしたちの目を誤魔化す為に、
魔術で物質を変化させて一時的に穴を塞いでいるか、この辺り一帯に幻術をかけている可能性もあるよね」
珍しく真面目な表情でリフレが言った。
「いっそのこと全部焼いちゃおうかしら?
そうすれば物質が変化してようが、幻術だろうが関係ないもの」
「乱暴者だな~。
でも、わたしはラーニアちゃんのそんなところも好きだよ」
純粋無垢な笑みをあたしに向けてきた。
前から思っていたが、こいつは時折あたしに強い好意を向けてくる。
それが友人に対してなのか、同性愛の類なのか判断がつかない。
「燃やすのは冗談として、どうする?
このままじゃなんの成果もないわよ?」
「相手が使っている魔術がわからない以上、魔術解除もかけられないしね。それとも、手当たり次第に唱えてみる?」
「時間がかかりすぎるでしょうが」
「でも~、他に何かアイディアはあるの?」
代わりとなるアイディアはなく、あたしは沈黙した。
「ほら~何もないんでしょ?
だったらやれることをやろう」
「今日中には終わらないわよ?」
「だいじょ~ぶ!
二人でやれば直ぐに終わるよ」
陽気に言うリフレだったが、何を根拠にそんなことを言っているのか。
「……森全体は無理よ。
報告のあった位置周辺に魔術解除をかけてみましょう」
「りょ~かい!」
本当は二手に分かれて作業できれば早いのだが。
あたしは見張りも兼ねているので、こいつを一人きりにはできない。
できることをすると決めたあたし達は、魔術解除をかけるだけの作業をひたすらこなしていった。
*
結局何の成果もあげられないまま、あたし達は学院に戻ってきていた。
夜の帳が下りてきて、さらに時間は過ぎていた。
本当は戻って眠りたいところだが。
「リフレ、学院長室まで一緒に来なさい」
「は~い」
その前に学院長に報告だ。
マルスたちが学院に戻ってからあたし達が森に向かうまで、それほど時間は経っていない。
だが証拠は全て隠滅されていた。
マルス達が依頼を受けていなければ、今も仕掛けが残ったままだったと思うと軽い苛立ちを覚えた。
冒険者育成機関に喧嘩を売るというのは、あたし達に喧嘩を売っているのと同義なのだ。
その愚者の狙いが何かは知らないが、もし見つけたならそれ相応の報いは受けさせてやろう。
学院長室に向かいながら、そんなことを考えているあたしに。
「ねぇ~ラーニアちゃん。
そういえばさ、なんでウチの生徒は依頼で森に入ったの?
購買で受けるような依頼なら、魔物討伐とかじゃないよね?」
唐突にリフレがそんなことを言った。
「ハーブの回収らしいわ」
「へぇ~。何度か行ったことがあったのかな?」
引っかかる物言いだ。
なぜそう考えたのだろうか?
「どうしてそんなこと聞くのよ?」
「だって~、あの場所にハーブがあるって知ってたわけでしょ?」
その言葉を聞いて、あたしはようやくリフレの言いたいことがわかった。
依頼人は一年生のコゼット。
依頼を受けたのはあたしのクラスの生徒でマルス、セイル、ラフィ。
四人はこの学院の生徒だ。
普段から学院近郊を探索しているならともかく、そんな生徒はいないはずだ。
しかも依頼人は一年生のコゼット。
入学して二ヶ月ほどの一年生が、あの場所を自分で見つけたはずがない。
「生徒にあの場所を教えた者がいるってことね」
「そうなるんじゃないかなぁ?」
あそこにハーブが生えていると知っているとすれば、学院の教官ということになる。
「ハーブの回収に行った生徒は魔物に襲われた。
たまたまにしては都合がよすぎるわよね?」
生徒を殺すことが狙いだったとでもいうの?
コカトリスやバジリスクまで用意していたことを考えると、そう考えるのは自然な気がする。
しかし、生徒が狙いだとすると、マルスが保護してきた龍の存在が謎だ。
罠まで仕掛けていたのに龍は奪われ、けしかけた魔物は倒されてしまったのだから、マルスの存在が敵の狙いを大きく狂わせたのは間違いない気はするが……。
「その一年の子に~、ハーブ採集の場所を誰に聞いたのか確認は取ったほうがいいんじゃないかなぁ?」
確かにその通りだ。
時間はもう遅いので躊躇われたが、今は緊急事態だ。
「学院長室に向かう前に、女子宿舎に寄っていくわよ」
「は~い!」
あたし達は女子宿舎にて、コゼットからハーブの採集場所は薬学の担当教官スミル・クロットから聞いたことを確認した。
そしてあたし達は学院長室で調査結果を全て伝えた。




