初めての休日⑧ 一段落
それから俺達は学院の正面玄関を出た。
まだ外は明るいが、そろそろ陽が沈み始める頃だろうか?
宿舎に戻るのは少し早いかもしれないが、ラフィとセイルの身体を考えれば、今日はもう帰って休むべきだろう。
そう思い俺が声を掛けようとした時だった。
「あ、あの、皆さん……!」
気弱そうな声が背後から聞こえ振り向くと、
「きょ、今日は、わたしのせいで、大変な目に合わせてしまって――本当に申し訳ありませんでした!」
コゼットが物凄い勢いで頭を下げた。
「わ、わたし、夢中になってしまって。
なんとかプルを捕まえなくちゃって。
龍(あの子)を見つけた時も、なんとか助けなくちゃってことばかりしか頭になくて、勝手な行動ばかり……」
自分の行動を振り返り、反省しているようだ。
プルもコゼットの肩から飛び降り、ペコペコと頭を下げていた。
「あんなことになるなんて、誰も予想できなかっただろ?」
全員の危機意識が足りなかった。
それは事実だ。
だが、どんな状況下でも冷静に対処するのは当然のことだ。
ましてや依頼人など、どんな突発的行動を取るか予想などできないはずだ。
依頼を引き受けた以上、命の危険に晒されることなど覚悟しておくのが当然のことではないのだろうか?
それがまだ候補生という立場だったとしても。
「だ、だとしても、わたしが依頼したクエストで皆さんを危険に晒したのは事実で……」
「それを言うなら、俺が依頼を受けなければラフィやセイル、そしてコゼットだって危険に合わずに済んでたろ?」
責任の押し付け合いをしたいわけじゃない。
責任がこの少女だけにあると思っていないと俺は伝えたいのだ。
ただ、本当に自分の行動を後悔し反省しているのだとしたら。
「それでもコゼットがどうしても納得できないなら、
今日の失敗をこれからの自分の成長に活かすことだな。
そしていつか、同じ過ちを犯しそうになったヤツがいたなら、そいつの過ちを正してやればいい。
生き残った俺たちには、反省を活かすチャンスがあるんだからな」
「……マルス先輩」
その表情は暗いままだったが、やっとコゼットが顔を上げてくれた。
「どうだ? できるか?」
俺が聞くと、コゼットは下唇を噛んだ。
目には涙が溜まっている。
もしかしたら、涙が零れないように堪えているのかもしれない。
(……キツい事を言ってしまっただろうか?)
そう考えたのだが。
「……はい! 必ず!」
少しの間は合ったものの、少女ははっきりと宣言した。
強い意志が伝わってくるほどに。
その瞳はまだ濡れていたけど、強い光が灯っている。
「なら、もう謝るのは終わりだな」
俺はコゼットに言った後、
「勝手に話を付けてしまったが、二人もそれでいいか?」
隣にいる二人に確認を取った。
「……何もねえよ。
マルスが言ったことだけで十分だろ」
無愛想な狼人は半森人を見ようとはしなかったが、決して責めるような態度ではなかった。
そしてラフィはというと。
「マルスさんがおっしゃるなら……。と、いつものラフィなら言うところですが。
コゼットさん、ラフィはマルスさんのように優しくはありません。
あの時コゼットさんとプルの行動で、我々全員が危機的状況に陥ったのは事実です」
二人の視線が交差する。
だがコゼットは目を逸らそうとはせず、その言葉をしっかり受け止めようとしている。 プルもしっかりとラフィの方を向いていた。
「もしかしたら、ラフィはマルスさんと添い遂げることもできずに死んでいたかもしれません」
添い遂げるって。
これは真面目な話をしてるんだよな?
なんだか話が怪しい方向にシフトしそうな予感がした。
「それではラフィは死んでも死にきれません!
亡霊になってでもマルスさんと添い遂げようとするでしょう!」
俺は亡霊になったラフィとも、友達でいられるだろうか?
「だからコゼットさん! プル!
あなた達はラフィの命令を一つ聞いてもらいます!」
一体、何を命じるつもりなのだろうか?
この場にいる全員が、ラフィの言葉に耳を傾けていた。
「――あなた達は、今後マルスさんに悪い虫が付かないように見張ってください!
泥棒猫がマルスさんに近付きそうなら、直ぐに連絡すること!」
悪い虫?
泥棒猫?
なんのことだろうか?
この学院に来てから虫や動物を見掛ける機会などほとんどないのだが。
「それで、ラフィも許してあげます!」
硬い表情が一瞬で崩れ、ラフィはニコッと微笑んだ。
今言ったのは、コゼットを許す為の口実だったのかもしれない。
ラフィの笑顔を見ているとそんなことを思った。
「わ、わかりました! 任せてください!」
だが、コゼットは真剣に頷き、プルも何度もコクコク首を縦に振った。
俺にはわけがわからない発言だったが、半森人の少女はラフィの発言の意図を理解したのかもしれない。
両手をぐっと胸元まで寄せて、十分が伝わってくる。
「なら、我々は今日から同盟です!」
「は、はい!」
握手を交わす二人。
よくわからないが、女同士の固い友情が結ばれたようだった。
それを見届けて、
「話も付いたみたいだし、今日はもう宿舎に戻るか?」
俺は話を切り出した。
「そうですね。
マルスさんと別れるのは名残惜しいですが、今日はゆっくりと休んでおこうと思います」
身体の調子は悪くないと言っていたが、精神的にも疲労しているのだろう。
「もし体調が悪いなら、無理せず相談してくれ」
「心配してくれるのですか?
だったらいっぱい甘えさせてくれたら直ぐに元気いっぱいになれるのです!」
ここぞとばかりに、ラフィは俺に抱き付いてきた。
普段なら引き離すところなのだが。
俺はラフィの頭にポンと手を置いた。
兎の耳はピクッと震える。
「もし本当に辛いなら、その時はいつでも言えよ」
それだけ伝えると、
「……はい」
ラフィは柔らかく微笑んだ後、自ら離れていった。
「宿舎まで送っていくぞ?」
「いえ、ラフィたちは大丈夫なので、マルスさんも今日は早く帰ってゆっくり休んでください。
ついでにそこ狼男も」
どうやら俺達を気遣ってくれたようで、ラフィとコゼットは二人で女子宿舎に帰っていった。
その背中を途中まで見送って。
「……じゃあ、俺達も帰るか」
「おう」
俺とセイルは男子宿舎に帰った。
「あ、お帰りなさいませ。
マルスさん、セイルさん」
宿舎の玄関に入ると、心地のいい声音でネルファが俺達を出迎えてくれた。
出迎えたというよりは、どこかに行こうとしている所に俺達が戻ってきたという感じのようだ。
「ネルファ、貰った回復薬を使わせてもらったが、
あれのお陰でかなり助かったぞ」
俺が感謝の言葉を伝えると、隣の狼男も軽く会釈をした。
「そうですか。
お役に立てたようなら幸甚です。
また何かありましたら、お声掛けください」
綺麗な動作で一礼して、ネルファは浴場のほうに向かっていった。
「なあマルス、あの人はなんで宿舎の管理人なんてやってるんだろうな」
「……確かにな」
家政婦として一流。
料理の腕もとんでもない。
さらにあれほどの回復薬まで調合できる。
これらの能力を考えると、本当に謎の多い人だ。
だが、一つだけわかっているとしたら。
「好きなんじゃないか? ここでの仕事が」
「そらそうか。
好きじゃなかったら、あんなスゲー人がここいるわけがねえわな」
言ってセイルは苦笑した。
ネルファは率先して、俺達に世話を焼いてくれる。
その時の笑顔はいつも眩しいくらいに輝いているのだ。
だったら、この仕事が好きでないわけがない。
理由はわからないけど、その気持ちはなんとなく伝わってくるのだ。
好きなことを仕事にできるというのは、きっと楽しいことなのだろう。
彼女の姿を見ているとそんなことを思えた。
それから俺達はそれぞれの部屋に戻った。
(……明日の朝、ラーニアから調査の結果を聞いておこう)
ベッドに寝転がりながら、そんなことを考える。
何か進展があればいいのだが。
考えなくちゃいけないのはそれだけじゃない。
生徒会への所属についても考えないとな。
コゼットは、生徒会に助けられたって言ってたよな。
生徒会がなくなると困る者がいるのは間違いないのだろう。
だが、ここは実力主義の冒険者育成機関だ。
力なき生徒は消えていくのは当然のことのはずだが、力なき生徒を助けるということが、生徒会が活動目的に掲げる最低限の秩序の維持ということなのだろうか?
アリシアの考えはわからないが、当然狙いはあるのだろう。
機会があれば、少し話を聞いてみたいな。
色々と考えていると、いつの間にか陽も落ちて夕食を知らせる鐘音が鳴った。
浴場で汗を流した後は夕食を食べ、残りの時間をゆっくり過ごした。
こうして、波乱の休日は終わりを迎えたのだった。




