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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
77/201

初めての休日⑦ 一時の別れ

2015/10/06 リベットの名前をリフレに変更。

 ラーニアを先頭に階段を上っていく。

 学院長室は十階。

 俺にとっては入学試験以来、二回目の訪問になる。


 休日のせいもあってか、学院内はいつもより静かだ。

 カツカツと階段を上る足音がよく聞こえた。


「学院長室って、どんな風になってるんでしょうか?」


 俺の後ろを歩くラフィがそんなことを言った。


「ラフィは、学院長室に入ったことがないのか?」

「学院長室に入る以前に、学院長先生とお会いする機会がありませんから」


 確かにその通りだ。

 授業は教官が行う為、学院長自身に会う必要がほとんどない。

 あの爺さんは普段何をしているのだろうか?


「俺も一度会ったきりなんだよな。

 セイルとコゼットはどうだ?」


 歩きながら首だけ動かし、後ろを歩く二人に話を振ってみると、


「オレもだ。

 そもそも、学院長に会う理由がねえしな」

「わ、わたしもです。

 強いて言うなら、入学式の時くらいでしょうか?」


(入学式か……)


 俺は経験したことがないので具体的にどういうものかはわからないが、生徒が学院に入学した際に行うものなのだろう。

 一度くらいは経験してみたかったが、編入生である俺にはもうその機会はなさそうだ。


「何か行事の際には、学院長先生も出席されてますよね」


 コゼットの言葉に答えるようにラフィは言った。


 特殊な行事でもない限りは、学院長は表には出てこないのか。

 冒険者育成機関の代表を務めているくらいだから、日々多忙な生活を送っているのだろう。

 だがそう考えると、いきなり顔を出しても大丈夫なのか?

 実は部屋にいなかったいうことにならなければいいが……。


 そんな俺の不安をよそに、ラーニアは全く気にした様子もなく階段を上っていく。

 少なくとも俺よりは学院長の事情を把握しているラーニアがこの様子であれば、間違いなく部屋にいると考えてよさそうだ。


 長い階段を上り、十階に到着。

 俺達は学院長室に繋がる扉の前で足を止めた。

 が、その扉には明らかな違和感があった。

 数日ぶりに見たこの扉の見た目が、明らかに以前と違う。

 これは学院長の趣向だろうか?

 その証拠というわけではないが、ラーニアは特に驚いた様子はない。

 あの爺さんは厳格な見た目とは裏腹にお遊びが好きなようだから、ラーニア自身もこういった不意打ちを何度も受けているのだろう。


「ぜ、全員で入っても大丈夫でしょうか?」


 緊張しているのか、コゼットの表情は硬かった。


「もしダメならあんた達をここまで連れてきてないわ。

 そんな細かいことを気にするような人じゃないのよ。

 マルスがタメ口利いても笑ってるくらいだもの」


 苦笑するラーニア。

 入学試験の時のことを言っているようだ。


「流石ですマルスさん!

 大陸を救った英雄の一人に対しても、堂々と接することができるなんて!」


 ただ敬語ができないだけの俺に、陶酔するような眼差しを向けるラフィ。


「マルスなら学院長にタメ口でも違和感はねえな」


 セイルはそんなことを言った。

 違和感がないというのは、ただ俺が敬語で話してる姿を見たことがないからそう思うだけだろう。


「で、でも……し、失礼のないようにしないと。

 この子のことを許してもらわないといけませんから……」


 半森人ハーフエルフの少女はパタパタと飛んでいる龍の子を見た。

 まだおどおどとしてはいるが、この子龍を助けたいという意思は十分に感じられた。


「そろそろ入るわよ?」


 ラーニアは俺達全員の顔を見回した。

 全員が口を閉じる。

 それが準備のできた合図と捉えたのだろう。


 コンコン――と、二度扉をノックした。


「ラーニアです。

 少しお時間をいただきたいのですが宜しいでしょうか?」


 静寂。

 何も反応がない。

 以前来た時は勝手に扉が開いたのだが、今日は開く気配はない。


「おかしいわね……」


 赤髪の教官は首を傾げた。


「出かけてるんじゃないか?」

「学院の外に出てさえいなければ、学院長には聞こえているはずよ」


 どういうことだ? とは口にしなかった。

 あの学院長は本物の魔法使いなのだ。

 何ができたって不思議ではない。


「なら、どうして反応がない?」

「何か不測の事態があったのか。

 それとも……」


 その先を口にしようとはしない。

 しかし、ラーニアの表情に重さはない。

 学院長の心配など全くしていないようだった。


「……入るわよ」


 ラーニアが扉の取っ手を持った。

 緊急事態と考えたのだろう。

 ノブを回すと、難なく扉は開いた。

 まるで、鍵をわざとかけていなかったように。

 まるで、俺たちを誘っているように。


 扉の先を見渡す。


「……ぇ」


 消えるような声を漏らしたのはコゼットだった。

 だが、悲鳴をあげなかっただけ立派なのかもしれない。

 扉の先、部屋の床に鮮血に染まった学院長が倒れ伏していたのだから。


「……一体何が?」


 取り乱さずに、ラフィは部屋中を見回していた。

 セイルは学院長を注視している。

 対応は違えど、三人は少なからず動揺しているようだった。


 そんな中、ラーニアはずかずかと部屋に入り、学院長を侮蔑の目で見下ろした。


「学院長、こっちがクソ忙しいって時にくだらない遊びはやめていただけますか?」

「……」


 返事はない。


「そうですか、こんなくだらない遊びに付き合えと。

 五秒以内におふざけをやめないなら、この部屋ごと灰儘に帰すことになりますよ」


 赤い死神による死の宣告が始まった。


「五……四……三……二……」


 最後の一秒と同時に、


「一……」


 ラーニア仰向けに倒れる学院長に右手を向けた。

 その時――学院長の身体が消え、


「つまらんな」


 言葉の通り、心底つまらなそうな顔をした爺さんが部屋の奥で椅子に腰を下ろしていた。

 赤く染まっていた礼服は、染み一つシワ一つない美しいものに変わっていた。


「年寄りの遊びに付き合えんのか?」


 口振りと表情は、非常に不服そうだった。

 そんな爺さんに、


「学院長、次こんな下らないことをするなら、

 私はここの教官をやめさせていただきますよ?」


 口は笑っていたが、目は笑っていなかった。

 どうやらかなりブチ切れているようだ。

 しかし、そんな死神の怒りにも学院長は動じず、


「ただの冗談ではないか」


 ふははっ、と笑って。


「では、話を聞こう。

 といっても、事態は把握しているがな」


 机に両肘を付き、指を組んだ。

 急に真面目な顔を見せたが、俺を除く三人の生徒は呆然としていた。

 この流れに全く付いていけないようだ。


「……が、学院長先生は、亡者アンデットだったんですか……?」


 本気で怯えるコゼット。


「ふはははっ!

 ラーニア教官もこのくらい可愛げのある反応をして欲しいものだ」


 そんな学院長の愉快そうな表情とは対照的に、ラーニアは頭を抱えるのだった。

 普段は弱みなど見せないが、なんだかんだで苦労してんだろうなウチの教官は。


「安心しなさい。

 わしは亡霊アンデッドなどではない」


 学院長の言葉を聞き、コぜットは安心したのか胸を撫で下ろした。

 だが、その目にはまだ警戒の色が浮かんでいる。


「そう怯えるな。

 悪ふざけはもう終わりだ。

 本題に入るが、話しに来たのはその龍の件だな?」


 満足したのか、遊ぶのに飽きたのか、学院長はコゼットの傍でパタパタと飛んでいる子龍に鋭い眼差しを向けた。

 それだけで周囲の空気が引き締まるように感じた。

 特にコゼットは、先程まで怯えていたのが嘘のような真剣な表情を学院長に向けている。


「……既にご存知のようですが、この四名が依頼クエストで学院近郊の森に向かったところ、ここにいるマルスとコゼットが森の奥で大樹の穴を発見したそうです」


 ラーニアは俺達から報告されたことを、そのまま学院長に説明した。

 一通り話を聞いた後、学院長は口を開いた。


「……先週、学院近郊の管理をしていたのは誰だったか?」

「リフレ教官です」


 リフレ教官?

 聞いたことがない名前だ。

 この学院には俺がまだ出会っていない教官が多くいるのかもしれない。


「では、ラーニア教官はリフレ教官を連れて学院近郊の調査に行ってくれ。

 万一、リフレ教官が怪しい行動を取った場合は捕縛、それが難しいようであれば始末しろ」

「了解致しました」


 先程のふざけたやり取りが嘘のように、ラーニアは学院長の指示に従った。

 どうやら学院長は、先週学院近郊を管理していた者がこの事件の首謀者だと考えているようだ。

 それから俺達を一瞥し、


「この風龍ウィンドドラゴンの件はお任せして宜しいでしょうか?」

「元よりそのつもりだったのだろ?」


 それだけ聞くと、我らが教官は俺達を一瞥した後、学院長室を出て行った。


「さて、そこの龍の処遇だが……」


 熟考するように学院長は目を瞑った。

 コゼットは緊張に顔を強張らせつつ、


「お、お願いします!

 どうか、この子を助けてあげてください!

 悪いことなんて何もしてないんです!」


 心優しき少女は懸命に頭を下げた。

 なんとかこの小さな命を助けたい。

 その一心なのだろう。


「何を勘違いしておる?

 わしもその龍を殺そうとは思っておらんぞ?

 現代において生き残っている龍――それも子供の龍ともなればその存在は大変貴重だ。

 そんな貴い生命を殺すことなど出来るはずがない。

 可能であるならばその成長を見守りたいくらいだ」


 学院長の言葉にコゼットは物凄い勢いで顔を上げ、

 信じられないものを見るように目を見開いていた。


「ほ、本当ですかっ!?」

「生徒を悲しませるような嘘は吐かん。

 だが、そのまま放置しておくというわけにもいかん」


 それは当然のことだろう。

 あの魔法陣のような大掛かりなトラップを用意していたということは、この龍を連れ去られては困る者がいたということだ。

 当然、その者たちにとってはこの龍は重要な存在ということになる。

 敵が学院の関係者の可能性が高いとなると、すでに龍の生存を知り取り戻そうと暗躍しているかもしれない。

 だとすれば学院での生活に危険が付き纏う。


「で、では、この子はどうなるんですか?」


 半森人ハーフエルフの少女が真摯な様子で尋ねた。


「その風龍ウィンドドラゴンの子は、今回の一件が片付くまでわしが預かろう」


 学院長はそんな提案をした。

 妥当なところだろうか?

 学院長の元であればこの子龍は安全ではあるが、敵をおびき寄せることはできなさそうだ。


「もしくは、敵をおびき寄せる為に封印を施した部屋で飼うというのはどうだ?

 この龍が敵にとって重要な役割をになっているなら、必ず取り返そうとするだろうからな」


 要するに、敵を誘き出す餌に使うってことだな。

 危険分子をさっさと処理するのであれば、悪い選択ではないだろう。


「そうなると、この子は一人ぼっちになってしまうんですか?」

「一日の大半はそうなるな。

 だがそれも敵を捕縛するまでだ」


 迷うことなく肯定する学院長。

 そのことにコゼットは納得できないようだ。


「キュウ……」


 不安そうに龍の子は鳴いた。


「なんて言ってるんだ?」

「……ごめんなさい。と言ってます。

 自分が迷惑を掛けていると思ってるみたいです」


 ドラゴンは人よりも遥かに知能が高いと言われている。

 この大陸の歴史上、万物の王とまで言われていたのがドラゴンという種族なのだ。

 もしかしたら、人の言葉を理解しているのかもしれない。


「随分と懐かれているのだな」


 綺麗に切り揃えた顎髭を撫でながら、学院長はそんなことを言った。

 出会って数時間でコゼットと龍の子が心を通わせていることを不思議に思ったのかもしれない。


「この子龍に寂しい思いをさせたくないと言うのであれば、やはりわしが預かろう。

 その代わり、いつでもこの学院長室まで会いに来てくれて構わんぞ?」

「……本当ですか?」

「うむ。この龍にとっても、そのほうが良いだろう。

 この龍は、いつかキミの使い魔になるかもしれんしな」


 そんな学院長の提案は一人と一匹にとって嬉しい提案だったのだろう。

 コゼットと子龍は顔を見合わせ、笑みを浮かべた。


「使い魔なんかじゃなくていいんです。

 わたしはこの子と友達になれさえすれば……」

「なるほど。

 それがキミたち自身が選ぶ道であるなら、それもよかろう」


 半森人ハーフエルフの少女の返答に、壮健な老人は満足そうに頷いた。

 コゼットは別れを惜しむように龍の子の頭を撫でたが、


「学院長先生、この子のこと宜しくお願いします」

「うむ、責任を持って預かろう」


 なんとか一時いっときの別れを決心したようだ。

 これで話は付いた。

 子龍の処遇が決まったところで、


「それと、我々の至らなさからキミたち生徒を危険な目に合わせたことを謝罪させてもらう。

 キミたちを危険に陥れた者は必ず突き止めてみせる。

 そして制裁を加えることでせめてもの誠意を見せよう」


 学院長は最後の最後に、責任者らしい振る舞いを見せ。

 そして俺達は学院長室を出た。

 半森人ハーフエルフの少女は、扉が閉まりきるまで子龍に手を振り、子龍は寂しげな表情を向けていた。


 扉が閉まった後、コゼットは暫くその場に立ち尽くしていた。


「また直ぐに会えるさ」

「……はい」


 少女は小さく頷き、俺達と共に階段を下りた。


 コゼットはあの龍を友達だと言っていた。

 種族や見た目がまるで違い、本来であれば意志疎通すら困難な一人と一匹。

 普通は友達になどなれるなんて考えもしないだろう。

 だけど、あの別れ際の様子は本当に友との別れを惜しんでいるように見えて、その光景はどうしてか俺の心に不思議と残るものになっていた。

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