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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
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初めての休日⑥ 敵の影

 修道女シスターユミナは、短時間でラフィの治療を終えた。

 事前に飲んでおいたネルファの回復薬が効いているのかもしれないが、ラフィの怪我は擦り傷と軽い火傷があるくらいの軽傷だったそうだ。


「これなら、今日一日、ゆっくり休めば問題ないと思います」

「はい、修道女シスターユミナ。ありがとうございました!」

「いえ、感謝するのであれば、我らが神ユーピテルに。

 ……ところで、そこにいる子龍は、どなたかの使い魔なのですか?」


 聖女の慈しみに溢れた視線が、隣のベッドに移された。


「子龍……?」


 ユミナの視線を追うように、ラフィも隣のベッドを見ると、


「……――っ!?」


 ラフィは目を見を丸くした。

 どうやら今まで気付いていなかったらしい。

 だが、それは当然だろう。

 この兎人ラビットの少女はさっきまで眠っていたわけだしな。

 ラフィは俺に目を向けた。

 これはどういうことですか? と少女は赤い瞳は訴えていたが、


「え、ええ……そんなところです」


 取り繕うようにラフィが言った。

 セイルは何も言わないが、表情を硬くしていた。

 森の中でコゼットが子龍を抱き抱えているのを目にしているので、ラフィよりは動揺は少ないようだ。


「使い魔がベッドを使うのはマズかったか?」

「誰か利用者がいるならともかく、そうでないなら構いません。

 ただ、いくら子供とはいえ、龍を使い魔にできる生徒がいることに驚きまして」


 俺は使い魔を使役したことはないが、使い魔を持つには使役したい魔物や動物と直接契約を結ぶか、何らかの触媒を利用し使い魔を召喚することで強制的に使役するかの二択だ。

 前者は何らかの方法で魔物や動物に認められる必要があり、契約を結べるかどうかは契約者と使い魔との相性も関係している。

 後者は強制的な使役できるが、強力な使い魔を使役する為には術者の魔力量が大きく関係している。

 どちらの方法でも使い魔を持てるという点は同じだが、その状況は異なる。

 龍族ともなると、相当な魔力量を保有していなければ使い魔にすることはできない。

 だからこそ、ユミナは驚いたのだと思う。


 そんな話しの直後。

 コンコン――と扉をノックする音と。


「入るわよ」

 

 ドア越しから聞こえ――ガラガラと扉が開かれた。

 医務室に入ってきたのはラーニアとコゼットだ。


修道女シスター、もう治療は終わっているの?」

「はい。幸いなことに軽傷でしたので」


 ユミナはラフィの状態を伝えると。


「ラーニア教官もいらっしゃったことですし、私は一度教会に戻りますね。

 ラフィさん、体調などが優れないようであれば、遠慮せずに相談してください」

「はい。

 修道女シスター、ありがとうございました」


 そう言って、軽い会釈をすると教会の聖女は医務室を出て行った。


「大したことないなら何よりだけど、本当に大丈夫なの?」


 ベッドで横になっているラフィを見る我らが担当教官。


「はい。

 なんだか出かける前よりも身体が軽くなっている気がします」


 それを証明するように、ラフィはベッドから身体を起こした。

 もう痛みは感じていないようだ。

 やはりネルファの回復薬による効果だろうか?

 機会があれば、どんなものを調合しているのか聞いてみよう。


「……ならいいわ。

 だけど、体調が悪いなら遠慮せずに言いなさい」

「はい」


 珍しく心配した様子を見せるラーニアに、兎人ラビットの少女は素直に頷いて見せた。

 それから、ラーニアは近くにあった椅子に腰を下ろし、


「少し話をしてもいいかしら?」


 この場にいる者達の顔を見回すラーニアに、俺達は首肯してみせた。


「コゼットからある程度話は聞いたわ。

 でも、あの森の奥に大樹の穴があるなんて報告は今まで一度も聞いていないし、見たこともなかった」

「学院の管理が意外と適当なんじゃねえか?」


 誰がどのように管理しているのかは知らない。

 だが、セイルがそう言うのも無理はないだろう。


「そう思われて仕方ないわね。

 実際、……そこで眠っている風龍ウィンドドラゴンの子供を見れば、あんたたちが言ってることは事実だってわかるし」


 子龍に見ながら、ラーニアは言った。


「あの森には魔物モンスターどころか動物の気配すらなかった」

「動物の気配も?」


 俺の問いに答えたラーニア。

 だが、その表情は険しい。

 何か思うところがあるのだろうか?


「……バジリスクとコカトリス以外のモンスターは一匹も見かけませんでした。

 そうですよね、狼男?」

「おう、その二匹も唐突に気配を感じたんだけどな」


 ラフィとセイルが言った。

 そう、魔物モンスターの気配は確かになかったのだ。

 だからこそ、俺は二人をあの場に待機させてコゼットを追ったのだから。


「そんな魔物モンスターがいること事態がおかしいわ。

 本来ならこの辺りに出るのは下級の魔物モンスターだけだもの」


 それはこの場にいる全員が思っていることだ。

 なぜあんな化物があの場に現れたのか。

 しかも、交戦したのはバジリスクやコカトリスだけじゃない。


「俺とコゼットは魔方陣から召喚された魔物モンスターと交戦した。

 見たことがない魔物モンスターだった」

「こ、この子が、プルが大樹の穴の奥の部屋を見つけたんです。

 そこにあの子がいて……助けようと手を差し伸べたら急に魔方陣が反応して」


 あの時の状況をコゼットが説明する。

 一見扉には見えない、隠し部屋の存在。

 その中に描かれた魔法陣が、龍の子を助けようとした途端反応した。

 それは、あの龍を連れ去ろうとする者に仕掛けられたトラップのようだった。


「……状況はわかったわ」


 俺達の話に耳を傾けていたラーニアが、熟考の後、ゆっくりと口を開いた。


「今回の件、どう考えても人為的なものね」


 人の手が入っていると考えるのは当然だろう。

 自然に魔法陣はできたりしない。

 本来いるはずのない魔物モンスターがいた。

 これらのことが自然に起こったとは考えにくい。


「誰か、学院を狙う者がいるのでしょうか?」


 そう聞いたのはラフィだ。

 だが、そう考えるのが自然だろう。


「……その可能性もあるわね」

「だとしたら、どうしてオレたちが狙われたんだ?

 もし学院に被害を出したいなら、

 魔物モンスターを直接学院に送ったほうがいいんじゃねえか?」


 セイルの意見は最もだ。

 学院を狙っているなら、生徒である俺達を狙う意味はほとんどないと言っていいはずだ。


「勿論、まだ確定はできないわ。

 だからこそ、今は調査を進める」


 ここで考えているだけでは、疑問が浮かんでくるばかりだ。


「調査? あの森に向かうのか?」

「ええ、倒された魔物モンスターの死体も回収しておきたいし、

 大樹の穴の奥にあった魔法陣も確認したいわ。

 何か敵のヒントが見つかるかもしれない」


 もう少し余裕があれば、あの場に残り色々と調査を進めたのだが。

 あの時はそこまで余裕はなかったからな。


「ラーニア、俺も付いて行っていいか?」


 まだ危険があるかもしれない。

 ラーニアの実力であれば問題はないだろうが、戦力が多いに越したことはないだろう。 そう思い提案したのだが、


「あんたも一応、あたしの生徒なのよ?

 いくら強くたって、危険がある場所に生徒を連れていけるわけないでしょうが」


 却下された。

 生徒に頼るのは立場的にもマズいのかもしれない。


「念の為、教官の一人を連れていくわ。先週、森の周辺を管理してたヤツをね」


 敷地内を含めて、この辺り一帯を学院が管理しているらしいが。


「周辺の管理は学院の教官がしているのか?」

「ええ、毎週交代制でね」


 交代制で管理しているのに、今まで誰一人としてあの大樹の穴に気付かなかったのか? そんなことがありえるか?

 もしかして、あの大樹の穴自体、最近できたものという可能性もあるんじゃないだろうか?

 もしくは知っていて隠していた?


「内部の人間の犯行って可能性もあるんだよな?」

「……ええ。実際、部外者が学院の管理区域に入れば直ぐにわかるはずなの。

 この学院の管理体制を知り尽くしていなければ、好き勝手やれるわけがないのよね」

「この事件の犯人は、教官の中にいる可能性だってあるんじゃないか?

 だとしたら他の教官と二人で行動するのは危険だと思うが?」

「もし襲い掛かってきてくれたら楽でいいわよ。

 そいつをぶっ倒して尋問すれば済むものね。

 ま、相手もそんな馬鹿じゃないとは思うけど」


 我らが教官殿は、自分が負けるとは微塵も思っていないようだ。

 慢心に捉えられてもおかしくはないが、冒険者として今まで生き抜いてきた実績に裏づけされた実力が、彼女の自信に繋がっているのだろう。


「学院長に報告した後、あたしは直ぐにでも調査に向かうわ。

 あんた達は、帰って身体を十分に休めなさい」


 そう告げて、ラーニアは立ち上がった。

 部屋を出て行くのかと思ったが、そのまま子龍の眠るベッドに近付き厳しい視線を向けた。

 緊張した面持ちの半森人ハーフエルフの少女が固唾を呑む。


「……この龍の処遇は学院長に一任するわ」


 言って、眠る龍に手を伸ばしたラーニアを、


「ま、待ってください!」


 コゼットが強い語調で止めた。


「こ、この子の処遇って、この子はどうなるんですか?」

「だから、それは学院長に一任するのよ」

「そ、それは、最悪殺す可能性もあるということですか?」

「可能性で言えばあるでしょうね」


 一切の躊躇はなく即答するラーニアの言葉に、半森人ハーフエルフの少女は息を呑んだ。

 嘘を言っても仕方ないことだ。


「……でも、この子は何も悪いことなんてしてないんですよ」

「そうかもしれない。

 だけど、今回の件が人為的な者なら、敵はこの龍を取り戻しにくるかもしれない。

 そのせいで、学院全体が危険に陥った場合、あなたは責任を取れるかしら?」

「……それは……」


 返答に窮し、コゼットは顔を伏せた。


「あたしは、この龍を連れてきたことを責めるつもりはない。

 この龍を助けようと助けまいと、敵が学院に対して何かを仕掛けてくるつもりだったのは間違いないと思うわ。

 実際、あんた達が依頼クエストに出なければ、敵の存在に気付くのがもっと遅くなっていたでしょう。

 だから、あんた達の行動は結果としてお手柄。

 ただ、その上でリスクを考えた行動をするのが責任者の務め」


 説明口調で淡々とコゼットを論すラーニア。

 だが、コゼットは納得できない様子だ。


「……だけど、そんなのってないじゃないですか。

 この子は助けてってわたしを呼んでたんです!

 あんなところで一人きりで……ずっと誰かに助けてもらえるのを待ってたんですよ。

 なのに……わたしたちの都合で殺すなんて」


 目には涙が溜まっている。

 今にも泣き出しそうなコゼット。


「……この龍を使って、敵をおびき寄せるこもできるんじゃないか?」


 危険の要因を取り除いてしまえば、この龍を殺す必要はない。


「そうね。

 使い方次第では、危険分子を一掃できるかもしれない。

 でも、それを決めるのはこの学院の責任者である学院長よ」

「……学院長は、この子を殺すことを選ぶでしょうか?」

「はっきりしたことは言えないわ。

 でも、覚悟だけはしておきなさい」

「な、なら! わたしも学院長室まで付いて行きます!」


 自分で学院長を説得しようとでも言うのだろうか?

 だが、コゼットの意思は固そうだ。


「……付いてきたいなら勝手になさい。

 でも、あなたがいようがいまいが、学院長の出す結果は変わらないわよ?」


 ラーニアも止めようとはしなかった。

 だが、このまま龍の子を見捨てるという選択肢はコゼットの中にはないのだろう。

 なら、


「俺も行こう。こいつを助けたのは俺だ。

 責任は俺にもあるからな」

「マルス先輩……」


 申し訳なさそうに頭を下げたコゼット。

 別に謝ることなんてない。

 実際助けると決めたのは俺の意思なのだから。


「マルスさんが行くならラフィも行きます」

「オレも行くぞ。ここでさよならってのも気持ちわりぃからな」


 二人も同行することに決めたようだ。


「皆さん……すみません……」


 謝罪の後、コゼットがベッドに近付き、子龍を抱き抱えようと手を伸ばす。


「……ぁ」


 空気が漏れたような小さな声。

 コゼットは何かに驚いたようだった。

 視線は龍の子に向いている。


「……キュウ」


 そんな鳴き声が聞こえたかと思うと、眠っていた龍の子が目覚め、ゆっくりと身体を起こしたのだ。


 風龍の子供は、その緑の瞳でじっと半森人ハーフエルフの少女を見つめている。

 そして、


「キュウ」


 コゼットの伸ばした手に、子龍は顔を擦り寄せていた。


「あ……」


 目を見開くコゼット。


「ありがとうって言ってます」


 俺には理解できない龍の言葉。

 だが、龍の子は俺達に顔を向けて「キュウ!」と鳴いた。

 その姿は、本当に俺達に感謝しているみたいだった。


「可愛いですね」


 ラフィが言った。

 こうして見ると、小動物とかわらない。


「はい……。それにいい子みたいです」


 コゼットが龍の頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。

 人に危害を加えたりはしなさそうだ。

 その様子を静観していたラーニアが、


「……行くわよ」


 逡巡の後、背を向け扉に向かった。


「は、はい。一緒に来てね」


 龍に語り掛けるコゼット。

 すると、その言葉に反応するように、パタパタと翼を羽ばたかせた。


「もう動けるの?」

「キュキュウ!」


 元気な鳴き声で返事をして、半森人ハーフエルフの少女の頬に自分の頭を擦り寄せた。

 コゼットは随分と気に入られたみたいだ。


「置いていくわよ?」


 急かすようなラーニアの声が聞こえ、俺達五人と二匹は学院長室に向かうのだった。

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