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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
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初めての休日⑤ 戦いの後

 * マルス視点 *




「頑張ったな、ラフィ……」


 傷ついた彼女の姿を見れば、その奮闘は一目瞭然だった。

 着ていたローブは焼け焦げ、頬には擦り傷まである。

 命に別状はなさそうだが、自分がこの場を離れたせいでラフィを傷付けることになってしまった。

 二人を置いていくべきではなかった。

 共に行動していれば、こんなことにならずに済んだのだ。


 これまで一人、多くても師匠アイネと二人で行動することが多かった俺にとって、複数人での行動は初めてに近かった。

 まだまだ経験が足りない。

 身勝手な行動を取るべきではない。

 十分な反省をしなくてはいけない。

 

 ――だが、悔やむのは後だ。

 今は――


「ラフィ、待っててくれ」


 俺はもう一匹の魔物モンスターに目を向け疾走した。

 既にコゼットが、セイルの救援に向かっている。


「土の精霊さん、力を貸してください!」


 半森人ハーフエルフの少女が呼びかけると、コゼットの周囲の地面が光を放った。 すると、光の中から数体の小さな土の人形が姿を現す。

 人形――ではなく、あれが土の精霊なのだろうか?


 精霊は、大気中に存在する元素を生み出している存在などと言われている。

 言われているというのは、精霊について解明されていることがほとんどないのだ。

 精霊は元素と同じで、人の目に見えなければ触れることすらできない為、研究のしようがないのだ。

 唯一、森の妖精とも呼ばれる森人族エルフだけが、精霊と心を通わせることができ、契約を結ぶ事で精霊の力を借りることができるそうだ。

 森人エルフの上位の森人ハイエルフと言われ、精霊の王と呼ばれる存在と契約を結んでいる者もいると師匠アイネが言っていた。

 そこまで強力な精霊ではないにせよ、森人エルフの血を引いている半森人ハーフエルフならば、精霊魔術を行使できてもおかしいことではないのだろう。

 現にコゼットは、精霊魔術を行使したのだから。


 土の精霊が、まるで魔術を行使するように両手を伸ばすと、一斉に岩石のようなものを形成し発射した。

 セイルに気を取られていたコカトリスの両翼に岩石が命中する。

 翼を貫くまではいかなかったが、動きを止めるには十分だった。

 羽ばたくことすらできなくなり、落下するコカトリスに、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」


 セイルが雄叫びを上げ、落下するコカトリス目掛けて跳躍する。

 最高速度トップスピード狼人ウェアウルフが、右の拳を突き出した。

 その姿はまるで、一本の槍のようだった。

 そして、全身で突撃するセイルの鋼鉄の爪がコカトリスの喉元に突き刺さり。


「くたばれええええええええええええええええええっ!」


 突き刺さった鋼鉄の爪で、喉元を抉り掻き回す。

 それは間違いなく致命的な一撃。

 もう直ぐこの魔物モンスターの命の灯火は消えると確信できるほどの。

 だが、命の灯火が消えかけている魔物モンスターは、最後の抵抗とばかりに、蛇のような長い尾がセイルを抱くように巻き付いてきた。


「な――くそがっ!?」


 一切身動きが取れなくなったセイル。

 コカトリスは自分の体躯でセイルを押し潰そうとしているようだった。


 だが、


「セイル、お前の勝ちだ」


 俺はその場で大剣を振った。

 光速の剣閃により発生した刃が、コカトリスの尾を根元から切り裂き、激しい勢いで血液が噴出した。


 そして、身体の自由を取り戻したセイルが、


「!? ――風よ!」


 風の魔術をコカトリスにぶつけ、その風圧で自身の身体を吹き飛ばした。

 ダアアアアアン――! と地響きを上げ力なく地に伏せるコカトリスと、体勢を整え着地するセイル。

 コカトリスはピクリともせず、瞳は光を失っていた。

 その命の灯火は完全に消えたのだ。


「……はぁ……はぁ……」

「セイル、大丈夫か?」


 呼吸を整えるセイルに近付き、俺は声をかけた。


「オレは大丈夫だ。それよりラフィは!?」


 大慌てで掴みかかってくるセイルに、


「軽い怪我はしているが、命に別状はない」


 そう伝えると、セイルは安堵の息を吐いた。

 セイルの左腕は石化している。

 状態回復薬でもあればよかったが……。


「確か、ネルファに貰った回復薬があったよな?

 あれは状態異常にも効くって言ってなかったか?」

「……流石に石化までは……?」


 そう言いつつも、セイルは紺のスラックスの右ポケットから回復薬を取り出した。

 片手で器用にコルクを外し、石化した腕に数滴振り掛けると――


「う、嘘だろ……」


 自分の腕を見て、目を見開くセイル。

 鉱物のようにガチガチになっていた狼人ウェアウルフの左腕が光を放つと、石化状態が解けてしまったのだ。

 狼人は、手を握ったり開いたり、肩を回したりしながら腕の調子を確かめている。


「問題なさそうだ……」


 一通り確かめてポツリと呟いた。


「流石ネルファだな」

「……お、おう」


 驚愕を通り越したように唖然とした顔で回復薬を見るセイル。

 毒や麻痺などに効くと聞いていたが、万能薬(エリクサ-)の類だったのだろうか?

 余った回復薬をセイルは飲み干すと、体力も回復したのか勢いよく立ち上がった。


「もう動けるか?」

「おう、問題ねぇ。

 体調も万全だし、なんだか目が覚めたみてえだ」


 目が覚める?

 それほど爽快感のある味だったということか?

 まさかとは思うが、石化以外の状態以上にかかっていて、ネルファの回復薬のお陰でそれが治癒したとか?

 だとしたら、益々ネルファには感謝しないといけないな。

 完全復活した様子のセイルから視線を外し、俺はコゼットに目を向けた。


「コゼット、依頼クエストは途中かもしれないが、急ぎ学院に戻りたい」

「は、はい! 勿論です。早くラフィ先輩を医務室へ」


 依頼人クライアントであるコゼットからの許可を得たところで、俺達は学院まで戻ることになった。

 森の奥にある大樹の穴、翼龍の子供、バジリスクやコカトリスの出現、予想外の出来事ばかりだった。

 この件については学院の教官に相談するべきだろう。

 鬱蒼とした森の中を歩きながら、俺は不穏な感覚を覚えた。

 魔物モンスターの気配は感じない。

 だが、どうしてか嫌な予感が拭えなかった。


(この森は調査する必要があるかもしれない……)


 そんなことを考えつつも、今は学院に戻ること第一に行動した。




         *




 森から学院へ戻り、ラフィを医務室のベッドに寝かせる。

 安らかな顔で眠りに付いているラフィ。

 ここまで戻れれば、もう一安心だろう。


 セイルが教会までシスターを呼びに行っている。

 コゼットは教官室に向かった。

 先程の一件を伝える為だ。

 直ぐに俺達全員が召集されるだろうが、せめてラフィが目覚めるまでは傍にいてやりたかった。

 ラフィの隣のベッドでは、すやすやと風龍の子供が眠っている。


 コゼットはこの風龍ウィンドドラゴンを飼うのだろうか?

 龍騎士と呼ばれる戦士もいるらしいが、龍は飼い慣らすこと自体が難しいと言われている。

 使い魔として使役するのが一番いいと思うが、果たして契約を結べるかどうか。


 そもそも、この龍はなぜあそこに囚われていたのだろうか?

 あの魔方陣を書いたのは誰だ?

 この学院の者だろうか?


 疑問は尽きないが、考えてもわかることではないが、思考だけは続けていると、


「……ぅ」


 静かな寝息をたてていたラフィが、突然呻いた。

 白い耳がピクピクと震えている。


「……マルスさぁん」


 そして、なぜか俺の名前を呼んだ。

 夢でも見ているのだろうか?


「ま、マルスさん、ど、どこ触ってるんですかぁ」


 この兎少女は急に何を言い出すんだ?


「だ、ダメじゃないです。もっと触ってください」


 ……おい、夢の中の俺は一体ラフィに何をしているんだ?


「あ~、マルスさん。ラフィはラフィは~」


 起こしたい。

 ラフィを起こしてしまいたい。

 だが、戦いに疲れ眠る兎人ラビットの少女を起こすことは俺にはできなかった。


「……ら、ラフィは初めてなので……優しくしてくださいね」


 よし、部屋から出て行こう。

 部屋の外でラフィが目覚めるのを待つと決め席を立つと、


「――ちょ、ちょっとマルスさん! どうして出て行こうとするんですか!」


 ラフィが目を開けて俺を見ていた。

 何が不満なのか、プクッ――と頬を膨らませている。


「……起きてたのか?」

「ベッドに寝かされた辺りで。

 マルスさん、今のところはバッ! とラフィに襲い掛かるところではないんですか?」

 目覚めたばかりだっていうのに、いきなり何を言ってるんだ。

 体調だって良くはないだろうに。

 だが、元気な姿を見れてひとまず安心した。


「……身体は大丈夫か?」

「はい、少し痛みはありますが問題ありません」


 ラフィはニコッと微笑んだ。

 もう少し駆けつけるのが遅ければ、俺はもう二度と、ラフィのこの笑顔を見ることができなかったかもしれないのか。

 そう思うと、なんとも言えない感情に襲われた。

 この感情は、師匠アイネが他界した時に感じた気持ちに似ている。


(あまりいいものではないな……)


 危険だったのはラフィだけじゃない。

 セイルだってそうだ。

 もしかしたら、二人はあの場で魔物モンスターに……という可能性だってあったのだ。


「……ごめんな、ラフィ」

「? どうして謝るのですか?」

「俺のせいで、ラフィを傷付けることになった。

 一緒に行動していれば、二人を守ることができたのに」


 俺が言うと、ラフィはきょとんとした顔を見せたかと思えば、


「何をおっしゃっているのですか?

 マルスさんは、ラフィたちを助けにきてくれたじゃないですか」


 目を細めて柔らかい表情でそんなことを言った。

 確かに俺はラフィたちを助けることができた。

 結果だけ見れば全員無事だ。

 だが、ラフィとセイル、二人の友達を失いかけたのは事実で。


「ラフィはマルスさんがきっと助けにきてくれると信じていました。

 だから、諦めずに戦うことができたんです」


 全幅の信頼を寄せてくれるラフィ。

 その期待に答えたい。

 答えなくちゃいけない。

 俺は強くそう思った。


「だから、マルスさんが謝ることなんてないです。

 むしろ、感謝しなくちゃいけないのは助けてもらったラフィのほうです」


 俺がラフィを助けられたのは、ラフィが最後まで諦めなかったからだ。

 俺を信じて生き抜こうとしてくれたからだ。


「俺に感謝なんてしなくてもいいんだ。

 その代わり、どんな状況でも絶対に諦めないでくれ。

 俺はどこに居たって、必ずラフィのピンチには駆けつける

 次は必ず、もっと早く」


 ラフィの目を真っ直ぐに見つめる。

 真っ赤な兎人の目に、俺の誓いはどう映ったかはわからない。

 でも、


「はい!」


 ラフィは俺の言葉を一切疑いすらせずに、満面の笑みを向けてくれた。


「ところでマルスさん、その約束は愛の告白と捉えて宜しいのですか?」

「いや、そういう意味は全くないぞ」

「むぅ! どうしてそこで即答するのですか!」


 身体を勢いよく起こしたラフィが、


「あ、いたた……」


 痛みに表情を歪めた。

 そうだ、ネルファからもらった回復薬があったっけ。


「ラフィ、これを」


 俺はネルファ特製の回復薬をラフィに渡そうとした。


「飲ませてください」

「……自分で飲めるだろ?」

「なら飲みません」


 プイッと顔を背けるラフィ。

 兎人ラビットの少女の奮闘を思えば、そのくらいの願いは叶えてやるべきだろうな。


「わかった」

「口移しでお願いしますね」

「じゃあ、俺はそろそろ戻る――」

「じょ、冗談じゃないですか!

 もう我が侭言いませんから、ほらマルスさん、ラフィの隣に座ってください」


 ベッドをポンポンと叩いて、隣に座るように言われた。

 俺は言われるままに腰を下ろし、


「さあマルスさん! ラフィのお口に!」


 コルクを抜き、ガラス瓶の先端を近づけると、ラフィは舌を突き出してガラス瓶をペロペロと舐め始めた。


「おい、飲むんじゃなかったのか?」

「おみはすお」


 飲みますよ。と言っているようだ。


「舌を出すな」

「どうひてれすか?」


 どうしてですか? そう問われた。


「このまま流し込んだらこぼれるだろ」

「らいひょうふれす」


 言いながらも、ガラス瓶を舐めるのをやめようとしない。

 ペロペロと舐め、ラフィの唾液がガラス瓶に付着し糸を引いている。


「……このまま飲ますからな」

「ほえがいひはす」


 ガラス瓶を持ち上げて、ラフィの口に流し込んでいく。

 ただ、舌を出しているのでポタポタとベッドのシーツに垂れてしまい、赤い染みを作っていく。


「ぁ――ごく、ごく」


 ラフィが喉を動かし、ごくごくと回復薬を飲み干すと、


「はぁ……少し、苦しかったです」


 吐息を漏らしながら、そんなことを言った。


「普通に飲めないのかお前は?」

「え? なんのことでしょう?

 ラフィは普通に飲みましたよ?

 あわよくばマルスさんに襲っていただこうだなんて思ってませんよ?

 あ、でも我慢できなくなったらいつでも襲ってくださいね!」


 ニコッとラフィは微笑んだ。

 ……この調子なら、もう大丈夫そうだ。


 ――ガラガラガラ。


 と、医務室の扉が開く音と共に、


「だ、大丈夫ですか?」


 修道女シスターユミナと、セイルが医務室に入ってきた。


魔物モンスターに襲われたとか。

 怪我はしていませんか?」


 ベッドに横たわるラフィに、詰め寄る修道女シスターが、


「はっ!? ち、血が出ていますよ!

 早く止血を……!」


 ベッドのシーツに付着する赤い染みを見て、そんなことを言って。


「違います修道女シスター

 これはラフィの初めての証なんです」

「え――!?」


 なんて言うものだから、話は余計混乱するのだった。

 ちなみにラフィ曰く、初めて回復薬を飲ませてもらった証だそうだ。

 誤解を招く表現は、時と場所を考えて欲しいと俺は真剣に思った。

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